104 リゼ、アルマンデルの書の開発者となる
頭に浮かんだことを言うと、アルベルト王子が笑ってくれた。
「ふふ、かわいらしいね」
「若い娘らしいというか……しかし、よいのか? これはおそらく、キャメリア王国史に名を刻むぞ」
「ええっ……!?」
「後世にまで残る名前がコピーキャットでは、ちょっとかわいらしすぎるかもね」
確かに。
後世の人からもモノマネ猿って呼ばれるのはちょっと恥ずかしいかも。
でも、性能的にはこれ以上しっくりくるネーミングなんてない。あと名前に猫ちゃんが入るとかわいい。
「……では、私が名付けようか」
アルベルト王子がくすくす笑いながら、提案してくれる。
「『アルマンデルの魔法書』と」
アルマンデル。
それは昔の筆記具のことだ。
銀をとがらせたペン――銀筆で、反応剤を塗った盤面に書きつける。
鉛筆が普及する以前には、銀筆が絵の下書きに使われていたこともある。もちろん本物の銀なので、ラピスラズリに並んで高価な、画家泣かせの道具だった。
セレブな古代の魔術師が、複雑な大魔法を打つときに愛用していた筆記具の名前――
毎度魔術を【記録】している魔法書には、ぴったりかもしれない。
そして王様は、ふたりだけのナイショ話のように、アルベルト王子を見ながら言う。
「アルベルトよ。そなたがかねてから言っておった騎士団の設立を許そう」
「! 父上……ありがとうございます」
何のことだろうと思っていたら、王様は視線をディオール様にも向けた。
「ディオール。そなたも名を貸せ」
「は」
ディオール様、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してる。
「最低でも隊長クラスで考えておくがよい」
「し、しかし、私には未解明の謎を解き明かす仕事が……」
完全に想定外だったんだね……
ディオール様がうろたえてるの、珍しいかも。
「王命である」
無敵のひと言で、ディオール様は何も言えなくなったみたいだった。
「何も魔獣狩りに毎度遠征し、奉仕せよというのではない。魔法書のメンテナンスにそなたの魔術が必要であろう。力を貸せ」
「……御意に」
「それはそれとして、強力な魔獣の討伐遠征にはさすがに加わるがよい」
「承知いたしました」
ディオール様はいつもの無表情を取り戻していたけれど、わたしには分かる。
これは結構がっかりしているときの顔だよ。
「魔道具師リゼ、そなたにはこたびの栄誉をたたえ、四級・魔獣素材級魔道具師を名乗ることを許す。近く宴に呼ぶゆえ、馳走でも食っていくがよい」
「ありがとうございます!」
晩餐会! 晩餐会! 宮廷の晩餐会!
わたしは天にも昇らんばかりに舞い上がった。
こうして。
テウメッサの狐事件は、大口の契約をもらい、王様にもお褒めいただき、ご馳走の約束までしてもらうという、わたし的に大満足な結果に終わったのだった。
***
アニエスはリゼから聞き取った内容で契約書を作成しながら、思わず書く手を止めてしまった。
王宮からの大口の受注。
それも、守秘義務の特約が山ほどついている。
こんなもの、誰でも分かる。
絶対に普通の契約ではない。
「ねえ、リゼ……商品は一体何なの? 『アルマンデルの魔法書』とあるけれど……」
概要は、アニエスにも聞かされていない。
しかし、魔法書とあるからには、魔術師の詠唱をサポートする攻撃的な魔道具なのだろう。
「それが、あんまり喋っちゃいけないらしくてですね。知った人にも危険が降りかかるからって」
「じゃああなたはもっと危ないんじゃないの?」
内容を知っただけでも危険な魔道具。
アニエスには疑問だった。
そんなものを、この少女に扱いきれるのだろうか。
誰かが止めてやるべきなのではないか?
「『ギュゲースの指輪』のようなものなの?」
「そんなところです」
「……」
リゼが変わった魔道具を作ることは知っていた。
魔法学園で一通り魔術の基礎を習っただけの、魔法学はほぼ初心者なアニエスにも、リゼの魔道具が生半可な腕前で作れるものではないことは分かる。
そしてこの金額。
もしもこの魔道具が字面から想像できる通り『武器』となる魔法書であるのなら、王家との独占契約はかなり危険であるかもしれない。
第一に、買い叩かれる。
第二に、脅威とみなす人たちが絶対に出てくる。
同じ性能のものが手に入らず、リゼの唯一無二の才能で作られていると判明すれば、脅威を暴力で排除しにくることも考えられる。
はたして、王家はリゼの秘密を隠し通せるのだろうか?
製作者のリゼ本人にも不安が残る。
この少女は可愛らしいが、隠し事には向いていない。
万が一のことがあったときのために、王家にはもっと重い条件をつけるべきなのではないか。
「ねえ、リゼ、この契約、少し危ないんじゃないかしら?」
「アニエスさんもそう思います?」
リゼもことの重大さはわかっているのか、少し不安そうだった。
「でも、王様は、ちゃんと考えるから大丈夫って……」
「……」
王命はもちろん守らなければならない。
そうでなければ、今度は王家から身柄を拘束されてしまう。
「ねえ、契約に、護衛をつけてもらうことはできないのかしら? ダメなら、うちで雇うことも考えた方がいいかもしれないわ。金貨六万枚の契約をひと月でこなせるのならば、お金を惜しまずに、最低三人からで常に身辺を守ってもらうようにした方が……」
「王女様みたいですねぇ」
「あなた、今、王女様よりも人気者なのよ。分かっていて?」
リゼは人気者と言われてうれしかったのか、「いやぁ~そんな~」なんて言って照れているが、のんきなことを言っている場合ではないのだ。
リゼはさもいいことを思いついたというように、手を打ち合わせた。
「そだ、ディオール様を雇うのはどうでしょうか?」
「……え?」
「ディオール様に護衛隊長をしてもらえるなら金貨六万枚全部あげてもいいです! あ……でも」
そしてリゼは急に落ち込み始めた。
「ディオール様にもやりたい研究とかありますよねぇ、きっと……わたしのお守りなんてつまんないかぁ……」
「……そうね。彼に護衛の相談を持ち掛けたら、六万枚どころじゃない金額をはたいて小さめの騎士団ごと雇ってくれそうだわ」
「あーそういうのはちょっとぉ……でも、ディオール様極端だからなぁ……うかつに相談したらほんとにやりそう」
「愛されているのね」
リゼは狐のように目を細めた。
「な……なに? 嫌なの?」
「嫌じゃないんですけど、ディオール様は何を考えてるのかよく分かんないんですよねぇぇぇ」
そうだろうか、とアニエスは思う。
彼はあからさまにリゼを気に入ってる様子だったが。
ただし、あまり人からそこをつつかれたくもないようだったので、リゼのような子とは一生進展しないのではないかと思えてしまう。
「とりあえず、契約の担当者を指名するように王様にお願いしてちょうだい。護衛について聞いてみるわ」
「分かりました! またお会いする予定なので、そのとき聞いてみます」
リゼはきょろきょろとお店を見渡しながら、うーんと悩み始めた。
「護衛の人に来てもらうなら、その人用のくつろぎスペースも必要ですよねぇ……」
「いらないんじゃないかしら……? 護衛って、護衛対象の邪魔にならないように躾けられてるものよ」
「いやー、絶対いりますよぉ! 三人分かぁ~……父母の部屋を片付けて入ってもらうようにしようかなぁ?」
リゼは楽しそうに間取りの改造図を書き始めた。
アニエスはその様子を見守りながら、どうしても職人の神に祈らずにはいられなかった。
――どうかこの契約で、この子の未来が、悪いものになりませんように。