103 リゼ、王様に謁見する
ディオール様たちと合流し、テウメッサの狐を倒したこと、その後、跡形もなく消えてしまったことを説明してから数日後。
わたしはディオール様やハーヴェイさんたちと一緒に、王宮に呼び出されて、国王陛下にことの次第をすべて説明することになった。
……なんか、前にもこんなことあったなぁ。
「……テウメッサの狐の死体は、かけらも残っておらんのか? せめて毛の一本でも見なければ、にわかには信じがたい」
ごもっとも。
「狐とあいまみえる魔狼の目撃証言はかなり報告が来ておるから、まったくの世迷言とは思わんが……」
「魔狼にも、何が起きたのか不明とのことでした」
フェリルスさんも連れてきて直接お話させられたら早かったんだけどね。不敬罪が心配なのでお留守番させるってディオール様が言ってた。
王様はとっても困っていた。
「ギュゲースの指輪師どのを疑うわけではないが、魔獣の素材は爪一本が脅威的な武器となりうる。もしも隠しておるのなら、あまりためにならんぞ」
密猟者みたいに言われてるぅ。
「本当に、きれいさっぱり消えてしまったのでごじゃ……です」
お嬢様言葉難しい。
今日一日でも噛みまくってるわたしに、王様の向ける視線がだんだん生ぬるくなってきた。
「今なら、報告さえすれば、すべて不問とし、魔獣素材もそっくりそなたにくれてしんぜよう。しかし、何の申告もしないというのは、いかん。それだけは容赦せぬ」
めっちゃ疑われてるぅ……
「陛下、この娘は、器用に嘘をつけるような性格ではありません」
ディオール様が助け舟を出してくれる。
「陛下に疑いを向けられるまで、魔獣が儲かる素材であることさえ思いつかなかったに違いありません」
「そ、その通りです!」
「リゼルイーズ嬢はとても純朴な娘です、父上」
王様は若干の怪しみを見せつつ、わたしから目を離して、隣にいる側近らしき男性に話しかける。
「魔獣の遺体消失――過去に前例はあるのか?」
「頻繁にあります。が、どれも密売の言い訳であると解釈されておりまして」
「本当に消失していると思われるケースだけを洗い出せんか?」
「かなり骨の折れる作業になるかと」
「ふむ……」
王様は考えて、何かの結論に至ったらしく、「まあよい」と言った。
「むしろ好機じゃ。テウメッサの狐は、誰に討伐されることもなく、みずから王都を去った――そう見せかけるとしよう」
「恐れながら父上」
アルベルト王子が遠慮がちに質問を差し挟む。
「王家の手柄とはしないのですか? 民草はテウメッサの狐の跋扈を王家の怠慢だと見なしています」
「勝手に言わせておけ」
どういうこと?
それとなくいろんな人の顔色を窺ってみたけれど、何の話をしているのか、全然分からなかった。
早く終わってまたおいしいランチおごってもらえないかなぁ。
ぼけっとしていたせいか、王様に「魔道具師リゼ」と呼ばれたとき、ビクッとなってしまった。
「ななな、なんでしょう?」
「そなた、魔道具を用いて魔獣を撃退したとか」
「はい」
「現物は……それか」
側近の人が手にしている『魔法書』を受け取って、ぱらぱらとめくり、わたしに使い方を質問した。
「まずは褒めてつかわす。そなたの魔道具にはこれまでにない可能性がある」
「ありがとう、ございます……」
王様じきじきのおほめの言葉は、最近調子に乗り気味だったわたしも神妙にさせるくらいの重みがあった。
「しかし、時期尚早であったな。王家を快く思わぬ者たちにとって、『魔獣を魔道具で討った』という事実は、格好の攻撃材料になる」
「……?」
首をかしげていたら、アルベルト王子がそっと小声で説明を付け足してくれる。
「『精霊と魔獣をぺてんにかけてはならない』、という聖典の教えだね」
「な、なるほど……?」
そういえば、そんなことをユーダリルさんとも話し合っていたなあ。
もうずいぶん昔のことみたいに思えるけど、全然最近のことなんだよねぇ。
「そなたの作った魔道具はいそぎルキア神殿の大神官に祝福させ、よいものであるとの太鼓判を押させる。ゆえに、それまで、テウメッサの狐が倒れたこと、そなたが倒したことはここだけの話にしておくがよい」
はは~……
王様はいろんなことを心配しないといけないんだなぁ?
わたしはキリッとした顔を作って、ついさっき教えてもらった上流階級の言葉を口にする。
「かしこまりました!」
今の、デキる女の人っぽかったかな? どうかな?
うれしくなって横にいるディオール様をチラッと見ると、ディオール様はうつむきがちに笑いをこらえていた。
「して、リゼルイーズ嬢よ。この魔道具、一冊いくらの値をつける?」
わたしはぽかーんとしてしまった。
わたし以外の誰かがこれを使う、ということを、今の今まで考えたことがなかったのだ。
「この魔法書は、まだ未完成で……魔法は一度限りのものですし、使用者本人の魔力総量を超える魔術は使用できませんので、実用性は低いと思います。とても陛下にお売りできるようなものでは……」
「実用かどうかはわしが決める。値段をつけるとするならば、いくらだ?」
い……いくらだろう?
わたしは使う魔銀と鉄の量や、冊子を製本する手間賃、魔石動力源の外部装置などをもろもろ考えて、
「キャメリア金貨で……百枚くらい?」
「来月末までに何冊用意できる?」
わたしはうなってしまった。
量産するだけならば、【複製】を使えばいくらでも増やせる。
「中に何も吹き込まれていないまっさらな魔法書でよければ、月に百冊でも二百冊でも」
「では三百冊」
わたしはちょっと言葉が出なかった。
「……現金払いで、などと言わぬのであれば、一冊につき二百枚出してもいいが」
「ふぇ……」
そうするとこれは、金貨六万枚の発注となる。
ちょっとした男爵家並み……おそらくわたしはもう一生遊んで暮らせるだけの財産だ。
でも、この魔法書は――
ディオール様の大魔術も、再現しようと思えばできるのだ。
もしもこれを、三百人で同時に使えばどうなるか。
わたしにだって簡単に想像がつく。
ビビりまくっているわたしの様子を見て、王様が少し優しい声を出した。
「これは王命である。そなたはいくらで請け負うかだけ考えればよい。使いどころはわしが考えるゆえ、そなたが心配するような危険はおそらく何もない」
「……はい……」
「そなたはよい働きをしたのだ。憂えることはない。王命を直々に受けること、誇りとせよ」
わたしは難しいこととかは何にも分からない。
けれど、少なくともマルグリット様やアルベルト王子は、色んなことを考えているんだなーって感心してしまうような人たちだった。
きっと王様なら、わたしが考えるよりもはるかにうまく使ってくれるはず。
それでも、わたしはうまく笑えなかった。
王様はわたしの気分を変えてくれようとしてか、急に明るい口調になった。
「ところでそなた、この魔法書にもう名はつけたのか?」
「名前……ですか?」
「さよう。この魔法書を他と区別する固有名だ。なんぞないのか?」
「……コピーの魔法だから……【モノマネ猿の魔法書】……とか?」