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102 リゼ、不思議な声を聞く


 テウメッサの狐が再度わたしに照準を合わせ――


 わたしはさらにヒラリと、隣の家に飛び移る。


 やっぱり! この技、ちょっとタメがある!


 わたしは屋根の反対側に降りて、テウメッサの狐から見えない位置でにこっそりと『姿隠しのマントタルンカッペ』を着た。


 ディオール様にもらった薬草を急いで頬や腕に塗りたくり、匂い消しの魔道具を作動させる。


 わたしはブーツの力で、反対側に飛んだ。


 テウメッサの狐には見えていないはず。


 それでも、わたしの足音を聞きつけてか、狐はきなくさそうに鼻をひくつかせ、わたしのいるあたりの位置を見た・・


 この狐、耳もいいし鼻もきくけど、結構視覚だよりだよね。


 わたしはマントの透明効果の下で、深夜に開発したばかりの魔道具を鞄から取り出した。


 魔法書のページを開く。


***


 王都の一角に生じた巨大な魔力の光。


 ディオールたちは罠をしかけた森から急いで戻る途中で、その光の残滓を見た。


「……今のは……?」

「大きな魔術だ」


 ハーヴェイと王子が口々に言い合う。


 ディオールもその光を見ながら、笑い出したいような衝動にかられていた。


「……本当にやったのか」


 あれこそはリゼの作った魔道具。


 大魔術を使用可能にする魔法書だった。


「目撃者が多すぎる。さすがにこれは、隠し通せないだろうな」

「これもリゼルイーズ嬢の魔道具なのか、ロスピタリエ公爵?」

「それ以外に何がある?」


 ディオールが挑戦的に返すと、アルベルトは息を呑んだ。


「……なんてすさまじい……」


 アルベルト第一王子は、いつまでも魔力の残滓が消え去った青空を睨んでいた。


***


 撃ち終わったあと、わたしは威力の大きさに自分でもびっくりしていた。


 テウメッサの狐は、氷漬けになった。


 魔術はかなり遠くまで見えていたらしく、魔術を使い終わったあと、たくさんの人が一斉に窓から顔を出して、わたしの方を見ていた。


 マント着ててよかったぁぁぁぁ!


 そうでなきゃ注目されて赤っ恥かいてたところだった。


 ――昨日の夜。


 わたしはディオール様に、魔道具の説明をした。


「先日作ったギュゲースの指輪を覚えていますか?」


 ディオール様は言わずもがなというようにうなずいた。


「あのとき作った魔銀と砂鉄の合金を見た時から、これは攻撃用の魔道具に転用できるとずっと思っていたんです」


記録レコード】の機能を持つ魔鉄。


 すぐそばで使われた魔術の構造を記録し続ける性質。


 魔道具も、内部に蓄えられた魔術式を、適切な出力装置で発動させて使用する。


 つまり、魔術の記録ができるのなら、それは魔道具として利用可能なのだ。


 魔鉄の弱点は、【記録】の制御ができないこと。


 使いたい魔術だけを覚えさせておければ、これは万能の魔道具に化ける。


 どうにかして制御方法さえ分かれば――


 わたしは暇なときに、魔術式を記録する条件をひとつずつ探っていた。


 まず、魔道具の魔術式には【記録レコード】が反応せず。


 次に、わたしが生活魔法で使っているような、パントマイム式の振りつけを用いた無詠唱魔法なんかでも反応せず。


 魔術は魔術でも、遠く離れすぎた位置からでも反応せず。


 近くの魔術には反応するけれど、省略された無詠唱部分は記録できず。


 どうやら、周囲に魔術の詠唱があると、その影響を受けて記録を始めてしまうようだということが分かった。


『詠唱する声を聴いている』のだ。


 なので、複数の魔術師が同時に詠唱を開始すると、でたらめに混ざってしまう。


 そこで思いついたのが、おばあさま作の『エコーの声』に接続する方法だった。


 この装置は、かなりの精度で特定の物音だけを聞き分けて、録音することができる。


 試しに録音機能を接続したところ、これがぴたりとうまくハマってしまった。


 録音のスイッチが、【記録レコード】のオンオフを切り替えるスイッチとして利用できる状況になったのだった。


 そうすると残り必要なものは三つ。


 攻撃魔術を記憶できるだけの大きな容量。

 動力源。

 出力装置。


 動力源は魔石からいくらでも取れる。


 でも、容量を確保しようとすると、分厚い鉄の塊と、巨大な魔力の出力装置になっちゃう。そこに外部装置の魔石動力をつけるともう持ち歩ける魔道具には絶対ならない。


 そこで思いついたのが、『魔法書スクロール』にすること。


 一般的な魔法書は、動力源と出力装置を使用者に設定するよう回路ができている。


 問題は、硬い金属を巻物もしくは閉じた冊子の形式にどうやって乗せるかなんだけど……


 ページの一枚一枚に合金の塗料を塗ることで解決した。


 現時点では塗料の質が悪すぎて、一回書き込みと読み込みをすると、ダメになっちゃうのが難点。


 一冊につき、魔法一回の使い捨て『魔法書スクロール』だ。


「攻撃用の魔道具を作るには、わたしには攻撃魔法の知識が足りません。でも、この魔道具なら――」


 この魔道具に、ディオール様の魔術を込めることができたなら。


「これに、ディオール様の魔術を記録させてもらえませんか? 【記録レコード】には、実際に魔術を使ってもらう必要があって」

「それはもちろんできるが。大丈夫なのか、その魔道具は? 暴発したりは」

「分かりません。小さな魔術でのテストでは成功しました。でも、わたしの魔力で扱えないほどの大魔術を、魔石で補いながら……というのは、前例がありません」


 ディオール様の大魔術なんて、本当なら、使わない方がいいに越したことはない。


 でも、わたしには攻撃魔法が使えない。


 魔道具も用意できない。


 それなら――望みのある方法にかけてみるしかない。


「フェリルスに吸収させながらなら、どれだけでも威力は増やせるが、どこまで必要なんだ?」


 わたしは覚悟を決めた。


「テウメッサの狐に届く魔術を」


 ――そして氷漬けのテウメッサの狐ができあがったのだった。


 逃げ惑っていた人たちも、少しずつ顔を覗かせ始めている。


「リゼ! どうなってるんだ? それはご主人の魔術じゃないか!」

「はい。力を貸していただいたんです」


 フェリルスさんは天才なので、それだけでだいたいの事情を察したらしかった。


「……見事な一撃だった! 脆弱なるヒトにしては知恵を働かせたな!」

「はい!」


 フェリルスさんにお褒めの言葉をいただいて、わたしはついにっこりしてしまったのだった。


「ご主人たちが戻ってきたら、氷を解こう! それまでは、このままで――」


 フェリルスさんが言い終わらないうちに、テウメッサの狐がキラキラとした光を発する。


 わたしは突然、目の前が真っ暗になった。


 一切の物音が消え失せ、冷たく暗い空間にひとりぼっちになる。


 ――贄を……


 天使のようなささやき声がした。


 女の人の声だ。


 ――贄を捧げなさい……


 聞いたことのない声。でも、どこか懐かしい。


 ――野獣狩りウェーナーティオーを始めましょう……!


 わたしは彼女の声を、何度も聞いたことがあるような気がした。


 ――あなたに力を……


 天使の女性がそうささやいた瞬間、わたしはハッとした。


 ……もとの道路に戻ってる。


 フェリルスさんが、バウバウとけたたましく吠えていた。


「テウメッサの狐が消えた!! おいリゼ、どうなっている!? 今のは……!」

「わ……わたしにも何がなんだか……」


 ――氷漬けのテウメッサの狐は、あとかたもなく消失していた。


「ヒトや精霊の仕業では断じてない! それならこの俺が見逃すはずもないからな! 何かいるのか……!?」


 きょろきょろとあたりを見渡すフェリルスさん。


 わたしもつられて見回したけれど、何もなかった。


 目撃者らしき人たちも、ざわついているのが遠目に分かる程度。


「……女の人の声がしませんでしたか? こう、しゃらしゃらっとした、ウィスパーボイスの……」

「何も聞いてないぞ! そうだ何も聞いていない! 俺の耳はどんな小さな物音でも聞き逃すはずはないのだからな!」


 わたしにだけ聞こえたのかな?


 狐につままれたような心地だった。


 ――こうして、テウメッサの狐は、爪一枚も残さず、きれいさっぱり消えてしまったのだった。



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