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101 魔狼、チキンを食う


 ディオール様たちがテウメッサの狐狩りに出発し、わたしはフェリルスさんと一緒にお店で待っていた。


 お昼時にクルミさんがチキンの丸焼きを差し入れてくれる。


 フェリルスさんは店内を百周くらいして遠吠えしていた。


「お前の煮つけたチキンも実にうまいが、いつもの味もいい! ゥワオォォーンッ!」


 食欲の権化なフェリルスさん。


 フェリルスさんて、言葉が喋れる以外は普通のわんちゃんにしか見えないよねぇ。


「ごはんより、狐の心配をしましょうよ」

「あんなの、俺がご主人を呼び戻せばひとひねりだっ! 恐るるに足らぁぁぁぁずっ!」

「フェリルスさんが倒すんじゃないんですか」

「俺は精霊だぞ? 殺生は基本的にしない!」

「精霊って……?」


 フェリルスさんはふと真顔になった。


「精霊とは何か……か。難しい問いだな! 俺たちは生きとし生けるものすべての味方だ! 魔力によって不当に荒らされた環境を保全し、傷ついた命を救うことを主命としている!」


 と言いながら、フェリルスさんはチキンをがつがつ貪り食っていた。


「……チキンの命も守ってあげないんですか?」

「俺は精霊である前に一匹の魔狼だ! 魔狼としてうまいものはうまいというし、昼寝も散歩も大好きだっ!」

「魔狼と精霊ってどう違うんですか?」

「いい質問だ!」


 フェリルスさんはバリボリとチキンの骨をかみ砕きながら言う。


「魔獣を始めとして、あらゆる生命体には寿命がある! 精霊体にはそれがない! 環境保全の使命を果たす代わりに、精霊界からさまざまな恩恵を受けている! つまりこの俺は、精霊に昇華されたエリート魔狼というわけだっ!!」

「さすがフェリルスさん!」

「くるしゅうない、くるしゅうないぞ! アオォォォォンッ!」


 フェリルスさんは調子に乗っているみたいで、自慢をとめどなく続ける。


「精霊界に接続すれば、あらゆる知識が湧いてくるようになる。言葉も自然と解するようになるのだっ!」


 わたしはそこで思い出した。


 フェリルスさんにクイズ大会で惨敗したときのことを。


「あーっ! じゃ、じゃあ、カンニングしてたってことですかぁ……!?」

「だから人間ごとき敵ではないと言ったのだっ! ピエールめっ!」


 フェリルスさんずるっこー!


 何でも分かるんだったら勝負にならないじゃん!


 精霊便利すぎ!


「すごいのはフェリルスさんじゃなくって、精霊ってことですね」

「なにをぉぉぉうっ!? 生意気なことを――」


 わたしとフェリルスさんがじゃれていたとき。


 それは音もなく忍び寄ってきた。


 ――グワオオオオオンッ!ッ!


 ずしっと軽い地響きがして、すさまじい獣のうなり声が響き渡る。


「な――テウメッサの狐か!?」

「違います、これは――フェリルスさんの録音!」


 警報システム、ぴよぴよに戻すの忘れてた。


 うるさいので速攻切った。


「警報に反応ありってことは、何か来てますね」

「俺の鼻にもびんびん来ているぞっ!」


 慌てて屋上に出る。


 青空をバックに、巨大な獣が静かな目でうちの店を凝視していた。


 ぎろりと睨まれ、身が竦む。


「テウメッサの狐――来たか……!」


 テウメッサの狐が大口を開けてわたしたちに噛みつこうとする。


 しかし結界に弾かれて、バチッと音を立てた。


「ご主人を倒せないとみてこっちに来たに違いない! ハーヴェイとかいうやつも、魔力量だけなら強そうだったからなっ!」


 そしてフェリルスさんはウルルルルルッと低く威嚇しながら、つぶやいた。


「……クソッ、まずいな。テウメッサの野郎、俺から手を出せるほどの悪事はしていない」

「悪事の有無で手を出すかどうかを決めるのですか……?」

「精霊はそういうものだ。魔獣が人間を食い、住処を荒らすのは自然の摂理だから、精霊の修正対象ではない! 一万人近く食い殺したというのなら何とか……」

「なるほど、じゃあ無理ですね!」

「ご主人を呼ぶ間、足止めをするっ! リゼは結界で粘れ!」

「あいあいさーっ!」


 精霊さんにとっては自然の摂理でも、食べられる人たちにとっては一個一個が大事な命!


 わたしも命を大事にしていきたい……!


 わたしは急いで階下に降りていって、結界維持用の魔石を確認した。


 昨日慌てて増産した魔石に床を占拠されている。


 まだまだ大丈夫!


 これなら、ディオール様が帰ってくるまで余裕で持つかも?


 ガラス窓の外を見たら、フェリルスさんと戦っているテウメッサの狐の、大きな瞳と目が合った。


 テウメッサの狐は大きく鳴いて、フェリルスさんを前足で追い払う。


 そして――


 あたりに、禍々しい魔力のオーラが漂い始めた。


 こ、これは、超強い魔術師にしか出せない例のオーラ!


 も、もしかして、テウメッサの狐が出してる……?


 ゾッとしたわたしが床に伏せるのと、テウメッサの狐が咆哮とともに真っ黒なブレスを放つのとは、ほとんど同時だった。


 ――均一の卵殻状にしか張れない結界は脆い。


 いつだったかのディオール様の発言が蘇る。


 激しい音と地揺れがして、わたしの家の結界システムは貫通され、一部の壁が粉々に砕け散った。


 衝撃でガラスが割れて、展示品が散乱する。


「きゃああああ!」


 け、結界、再生!


 わたしはその場で壊れたシステムをつなぎ直し、結界を再生。


 鼻先を突っ込ませようとしていたテウメッサの狐が押し戻されて、距離ができる。


 これがあれば入ってこれないけど、このままだとまた一点突破される……なんとかしなきゃ!


 一生懸命書き換えながら、テウメッサのオーラがまた膨れ上がるのを見て、わたしは机の下に引っ込んだ。


 頭上のガラスが割れて、あたり一面が破片だらけになる。


 もはやうかつに動けない有様に。


 こんなんじゃ、書き換えてる暇なんてないよ!


 魔獣ってこんなに強い魔力を持っているものなの?


 震えながらテウメッサの狐の禍々しい魔力のオーラを見ていて、わたしはふとある疑問がよぎった。


 これ……テウメッサの狐がうちにある魔石を食べて成長したら、えらいことになるんじゃ……?


 魔獣は魔石を食べるから、いざというときは全部燃やしなさいとはおばあさまの談。


 ちょ、調子に乗って三百キロとか用意しなきゃよかった……!


 もしかして……もしかしてなんだけど、狐さん、それが目当てってこと……ない?


 わたしは今度から、大きな魔石を用意するのはやめようと思った。


「とんでもない瘴気だ! リゼ、逃げろ!」


 フェリルスさんがちっちゃな身体でテウメッサに張り飛ばされても張り飛ばされても懸命に近づいていき、喉笛に噛みつこうとする。


 でも、体格差がありすぎて、あまり勝負になっていないようだった。


 逃げたいのはやまやまだけど、危険物は置いてけない……!


 わたしはテーブルの下から這い出して、屋上まで駆け抜けた。


 テウメッサの狐が、屋上のわたしを睨む。


 そしてまた、禍々しいオーラがうねって、テウメッサの狐に収束していくのを感じた。


 あれの直撃を食らえば、わたしは結界もろとも粉々にされる。


 わたしはテウメッサの狐の鼻先を飛び越えて、反対側の民家の屋根に着地した。


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