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1 泣き言を言っても始まらない


「君の作る魔道具はすばらしい」


 と、金髪碧眼の王子は言った。


 絵に描いたような美男子だ。うっすらと興奮まじりに頬を上気させ、対面のツンとした美少女を熱っぽく見つめている。


「君が王妃になってくれれば、わが国は魔道具の分野で世界を大きくリードするだろう」


***


「リゼ! いつまで寝ているの?」


 早朝に、姉・アルテミシアの金切り声がわたしを叩き起こした。


「頼んでおいた魔道具、ちゃんと作っておいたんでしょうね?」


 姉が美しく整えた眉を吊り上げ、わたしに詰め寄る。


 わたしは両手をあげて、おどおどと返事を返す。


「……言われてたとおりにできました……でも、少しだけ失敗しちゃって、少しだけだけど、わたしの魔力紋が出ちゃって」


 最後まで言い終わらないうちに、姉の手が飛んできた。


 姉は何度もわたしの頬をひっぱたき、髪を引っ張ったあと、最後におなかに蹴りを入れてわたしを突き飛ばした。


「リゼ、お前、分かってるんでしょうね? わたくしが玉の輿に乗れなかったら、また毎日パンと水だけで暮らす極貧生活に逆戻りなのよ?」

「ほ、本当にごめんなさい……」


 だめ。泣いたらもっと怒られる。


 わたしはひくひくとしゃくりあげそうになる喉を必死で抑えた。


 姉は一通り魔道具を動かしてから、フンと鼻を鳴らした。


「……ちょっと見ただけでは分からないようだから、ひとまずこれでいいわ。わたくしが帰る前に、わたくしの魔力紋を完璧に模倣できるように、みっちり練習しておきなさい」

「はい……」


 幸い姉は急いでいたようで、それ以上の追及はなかった。


***


「王妃だなんて、そんな」


 アルテミシアは恥じらい気味にうつむいた。


 彼女は高慢だが、王子の前では恋心を隠し切れず、しおらしい態度になる。


「わたくしはただの魔道具師の娘ですわ」

「しかし君の祖母は元王女。つまり君にも、王家の血が流れている」


 魔道具づくりの才に恵まれていた、変わり者の元王族。

 それがアルテミシアの祖母だった。


 祖母は周囲の大反対を押し切って出奔し、魔道具店を始めた。


 祖母は王女の身分を隠して店をやっていたが、こしらえる魔道具はどれも一級品だったので、隠れた名店として王国にその名が知れ渡っていた。


「まあ、そんなことまで調べがついておりましたのね」

「もちろん。私は本気で君を妻に迎えたいと思っているんだよ、アルテミシア……私の月」


 アルテミシアは王子が理想とする条件をすべて兼ね備えていた。


 申し分のない血筋に、優れた魔道具作りの腕前。


「魔術師個人の力量に頼る時代はきっと終わる。これからは誰にでも簡単に扱える魔道具が、国の明暗を分けるだろう」


 彼は魔道具の技術を何よりも欲していた。


「……しかし、この魔道具、すべて君が作ったわけではないようだね。一部に、別の人間の魔力紋が出ている」


 アルベルトは手にした簡易測定計を見ながら言う。


 数値は九割二分ほどを示しており、一部に他者の手が入っていることがうかがえた。


 アルテミシアは後ろめたそうにギクリとした。


「いや、分かっているよ。君の店は家族経営なんだろう? パーツを分担して作るのは理にかなったことだ。ほとんどの部分は君の模様だから、君がメインで作っていることは分かるけど……やはり、結婚を周囲に説得するためには、すべてを君が一から作ったものがほしい」

「もちろんですわ、アルベルト殿下」


 アルテミシアはぎこちなく微笑みを浮かべる。


「すぐにでもお持ちいたします。次は何をお作りいたしましょうか?」

「そうだなあ……次に私が必要とするのは――」


***


 姉は帰ってくるなり、わたしの部屋兼工房に来て、メモを投げつけてきた。


「王子からの新しい依頼よ。今度こそ魔力紋を痕跡も残さず消して作りなさい。どこからどう見ても、100パーセントわたくしが作ったように見せかけるのよ。いい?」

「はい」

「できあがるまで、この部屋から出るんじゃないわよ」


 姉への返事は、常に「はい」だ。


 そんなの無理! って、心の中で思っていても。


 魔力紋は、その人固有の魔力のパターンが現れたもので、魔道具に残る魔力紋を見れば、誰が作ったものなのかが分かる。


 姉とわたしの魔力紋も、当然違う。


 でも、わたしは凄腕の魔道具師だった祖母から教わって、魔力紋を人に似せながら魔道具を製作することができるという特技を持っていた。


 似せることはできる。


 でも、完璧な模倣は無理。


 祖母だって、機械で測ったときに、百パーセントの一致率を示すほどの贋作は作れたためしがなかった。


 だからわたしはいつも、九割超えでなんとか納得してもらおうと、姉を説得してきたのだ。


 でも、今朝の姉は、ちょっと怖かった。


 さんざんぶたれた後だったから、無理だと言い出す勇気がなくて、結果、安請け合いをしたみたいになってしまった。


 どうしよう。


 わたしは半泣きで、ともかく作るもののメモを確認した。


「……うわ……難しすぎ……!? ど、どうしよう……」


 姉が押しつけた魔道具は、最高級品のグレードだった。


 ちゃんと作るなら、軽く見積もっても、三か月以上はかかる。


 三か月もこの部屋から出してもらえなかったら……


 し、死んじゃう、かも。


 わたしは姉から加えられてきた数々の暴行を頭に思い浮かべて、カタカタと震え出した。


「……どうしよう、まだ他の仕事もいっぱい残ってるのに……」


 山のように積み上がっている未加工の材料。


 これを使えるようにするのもわたしの仕事だ。


 できなければ、今度は父母に叱られる。


 耳を塞いでも、父母の怒鳴り声の幻聴は鮮明に聞こえてきた。


 ――まったく、お前は使えないねえ!


 ――雑用すらろくにできないなんて! 誰に似たんだろうね、ええ!?


 姉も怖いけれど、父母に叱られるのも怖かった。


 姉の課題をクリアしても、雑用をこなさなければ、今度は父母から食事を抜きにされてしまう。


「ま、まずは、いつもの仕事を……」


 わたしは姉の依頼をいったん置いておいて、魔糸紡ぎから始めることにした。


 【魔糸紡ぎ】は、魔力持ちの人間が一番簡単にできる仕事だとされている。


 わたしも、四歳のころからずっとやらされている。


 加工の指示を書いたメモを確認して、わたしは魔糸紡ぎの魔術を始めた。


 糸巻に何回か巻き付けてから、魔術を加速。


 ――二十倍で、高速起動スピードアップ


 さらにその魔術を、いくつも重ねがけ。


 ――二十の魔術を、多重起動マルチアクティベートする。


 空中に沢山の糸巻が浮かび上がり、クルクルと高速回転して、糸を巻き取っていく。


 ……このペースでいけば、およそ一時間で魔糸は揃う。


 大急ぎで染色を……何色が何メートル必要? 織りは? 刺繍は?


 わたしは作業に深く没頭していて、母親が来ていたことに気づかなかった。


「……ゼ、リゼ!」


 バチンと強く頬を叩かれ、ハッとする。


「お……かあさま……」

「呼んでるのに無視しやがって、ふざけた子だねえ!」

「ご……ごめんなさい、ちょっと、集中してて……」


 わたしは魔道具づくりに集中しすぎて、周りの物音が聞こえなくなることがよくあった。


「頼んでいたものはできてるの?」


 わたしは出来上がりの箱を指さした。山のように入っている。


「またごちゃごちゃと散らかして……整頓してから渡しにきなさいっていつも言っているでしょう。まったく……」


 母親はざっと並べると、怖い顔をひっこめた。


「揃っているわね。今度は言われる前に持ってくるのよ」

「はい」

「まったく、いくつになっても雑用しかできないんだから。私があんたくらいの年のときはもうおばあさまの仕事を半分は肩代わりしていたってのにさ」

「すみません、お母様……」


 母親はふいに、わたしの机の上にあるメモ書きに目を留めた。


「おやまあ! また王子から依頼されたの?」

「はい」

「やったじゃない、ちゃんとがんばるのよ?」

「う……でもこれ、ちょっと難しくて……」

「泣きごとでおまんまは食えないよ? うまく行けば何不自由ない生活が約束されてるんだから、死ぬ気でやること。いいね?」


 父母に対する返事も、だいたいは「はい」以外許されない。


 だったら、せめて雑用を手伝ってほしい、と思ったけれど、そんなことを言おうものなら、殴られるのが常だった。


 母親は浮かない顔つきのわたしが癇に障ったようだ。


 また怖い顔になった。


「お前は危機感が足りていないようだから、できあがるまでパンと水以外禁止しようか」

「そ、そんな……」

「おいしいおまんまが食べたければ努力することだね」


 母親はぴしゃりと言い残して、どこかに消えた。


「うぅっ……雑用は終わったから、とにかく王子の依頼品をこなそう……」


 わたしはぐずぐずと泣きそうになりながら、とにかく魔道具の構造を考えて、紙に書き出していった。


 泣いていても、終わらない。


 手を動かしていれば、いつかできる。


 それが父母のありがたい教えだった。


 アクセサリーのデザインは、得意な作業なので、すぐに決まった。


 あとはこの通りに作っていくだけ。


 ……魔力の波長を、完璧に姉のものと同調させながら。


「無理だよぉ……」


 また泣きそうになった。


 それは天才魔道具師と言われていた祖母にしかできなかったことなのだ。


 わたしだって、毎回成功させられるわけじゃない。


「練習に時間を取られすぎて、他の作業も全然進まないし……うっ、うっ、こんな技術、身に着けるんじゃなかったぁぁぁ……」


 わたしはさめざめと泣きながら、ともかくも鋳型を探してきて、高温炉に火をつけた。


「うっ……うっ……泣きごとを言っていても始まらない、手を動かせばいつかは終わる……うぅっ……」


 わたしは呪文のように自分に言い聞かせながら、作業に取りかかった。


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