女嫌いの俺は陰キャの皮をかぶることにしたのだが、どうも上手くいかない。AV女優顔負けの小玉スイカ美人教師が俺に食いついた。
【⠀感謝・御礼 】
皆さんの温かい声援を頂きまして、日間一位となる事が出来ました。本当にありがとうございます!
8/20連載版を開始致しました。
続きが気になる方はぜひそちらもご覧下さい。
彰と浅見先生のその後の学園ライフをお楽しみ頂けます。
高校生活初日の朝。
俺は洗面所に立ち、念入りに準備を始めた。
昨日、白髪染めで染めた髪は多分もとの色より黒い。七三分けにしてみてーなと思わず笑ってしまったが、そこまでしなくてもいいだろう。あちこち跳ねまくった寝癖はそのままでよし。
そして下町のメガネ屋を数店舗巡ってようやく見つけた瓶底メガネを装着。
「全然見えねえ」
度は入っていないんだが厚みのせいで視界がぼやけて見える。まあ、少しズラして覗けばなんとかなるだろ。
そして真新しいワイシャツに袖を通し、首の一番上まできっちりボタンを留める。
「う〜なんか息苦しい〜」
せめて二つは外したい。そう思わずにいられないが、首周りを少し引っ張って我慢する。そしていつもまくっていた袖のボタンを全部留めると、途端に暑ぐるしくなった。
「うお〜っ! よくこんな格好してられるよな」
思い出すのは中学時代の陰キャ共だ。校則を守り、入学当初の制服姿を卒業まで維持した強者たち。これってある意味拷問じゃね?
いままで腰下ではいていたズボンはウエストまでしっかりと上げて、学生用の黒いベルトを通す。ブレザーもきっちりとボタンを留めると、なんとも着心地が悪く、制服という鎧を着ている気分になった。
しかし、これでどこをどう見ても地味な隠キャ君の出来上がり。女の子と手を繋いだこともなさそうな、勉強とアニメ鑑賞だけが趣味のオタク。そう見えればオーケーだ。
「我ながら完璧だな」
人生で初めて見る自分の姿を鏡に映し、角度を変えては姿をチェックして満足気にうなずく。
高校デビューなんて言葉が流行ったのは、何年前だったか。
冴えない中学時代。
陰キャグループに埋もれて慎ましく、そして地味に、無難に日常を過ごしていた奴らが高校入学と同時に突然アタマのネジがぶっ飛んだように風貌を変える現象のことだ。
校則違反なんか一度もしたことがなかった奴が茶髪にしてピアスをあけ、制服を着崩し言葉遣いを変える。
すべてはモテるため。中学時代の地味な自分とおサラバして心機一転、モテキャラに変身して再スタート。というのが、いわゆる「高校デビュー」なわけだが。
しかぁし! 俺はこの機に真逆のデビューを飾ると心に決めていた。
アオハルなんて興味の欠片もない。俺は地味に穏やかに慎ましく高校生活を謳歌できれば満足だ。
親から受け継いだ顔に文句をいうのは悪いと思うが、やたらと整ったこの顔のせいで俺は幼少の頃から女という生き物に恋という名の暴力を受け続けてきた。
近寄る女のせいでありもしない噂話をまき散らかされ、ボディタッチという名目でセクハラに勝る暴行を受けたこともしばしば。女同士のバトルに巻き込まれ、なぜか俺ひとりが傷を負う。
クラスメイトだからとダチに俺の連絡先を聞き出す女どもは、朝から晩までどうでもいいチャットを送ってくる。
そして隣のクラスの名前も知らない女子は、「隣のクラスだから」と連絡先をゲットし、下級生は「先輩だから」とゲットする。俺のプライバシーというものはどこまでも末広がりのようだった。
「モテる男はつらいねえ」と腹を抱える幼なじみの陽平は、俺が真面目に愚痴るたびにそう返す。自慢でもなんでもなく、真剣に嫌がっているのを知った上でだ。
「彰は目立つからしょうがないんだよ。顔もよし、スタイルもよし、そして極めつけは陽キャだからな。それだけモテて男から敵作らないなんて神だぜ、まじで」
「男は嫌いじゃないからな」
嫌いなのは女だ。女、女、女。ああ、本当にどうしたらいいんだ。
「男子校に行くか」
「まあ。それも手だろうな。だけど女子を舐めるなよ~? 女子にはイケメンセンサーがついてるんだ。同じ高校じゃなくても見栄えのいい奴が歩いてれば、居所なんてすぐにゲットだぜ!」
「なんで楽しそうなんだよ」
ウンザリしながら俺はうなだれる。同じ高校でもないのに、待ち伏せなんてされたらドン引きだろう。そんなことが起きたら俺は一生学校から出ないからな。
「つまりな。発想の転換が必要ってこった。女子を避けるんではなくてな」
「避けるんではなくて?」
「女子から避けられる男になる!」
天に向かって拳を突き上げた陽平が、とても輝いてみえた。
「おまえ! 天才かっ!!」
というわけでだ。俺は念願の陰キャデビューをここに果たした。
限りなく陰キャとして目立つため、校則が緩いと噂の花咲学園を選んだ。あたまのてっぺんからつま先に至るまでオシャレに制服を着こなした生徒の中に混じり、陰日向で生き抜くためだ。
こういうのは周りが輝けば輝くほどいい。陰キャとなるにあたって心配だったのはイジメだが、俺はあいにく菩薩のような心は持っていない。万が一にでもイジメられるようなことがあれば、倍返しでやり返す心持ちであった。
「陰キャは喧嘩しねえだろ」
桜吹雪の下、同じ高校の制服を着た陽平はバカかよといって笑う。陽平は校則が緩いことをいいことに、初日から制服を着くずしワックスで整えた髪にピアスをつけて、堂々としたイケメンぷりを発揮している。
同じデザインの制服でも着こなし方ひとつでこんなに違う服に見えるのかと思ってしまうが、それこそが俺の狙いなのだから問題ない。問題なのは、こいつだ。
「バカなのはおまえだろ。なんで同じ高校にするんだよ。おまえは陽キャだ。あっちにいけ。近寄るな」
しっしと手を振ると、陽平はわざと肩を組んで寄りかかってきた。
「こんな面白いもの。見ないわけにいかねえじゃんか。俺、高校はどこでもよかったし」
「俺は真面目なんだ。おまえと一緒にいると目立つんだよ。いいか、陽平。学校では絶対に俺に話しかけるなよ」
「ええ~。陽平さみしい~」
「きっも」
よく見えない瓶底眼鏡を少し下にずらして昇降口をくぐる。正面には五枚ほど大きな張り紙が貼られてあり、その前は生徒たちで埋め尽くされていた。やったー! 同じクラスぅ! と手を取り合ってはしゃぐ女子を見るからに、クラス分けの張り紙だろう。
「ちょい。おれのクラスどこだか見てきてよ」
「陰キャが陽キャを使うなよな」
爆笑しながら陽平はクラス分けの張り紙をみに行った。すっげえ人混みでそばにいるのも疲れる。俺は少し距離を取って、昇降口の外で待つことにした。
「いや~。まじで見えないなこの眼鏡。もうちょっと薄いのにすれば良かったかなあ」
視力が悪いわけではないので、視界がぼやけるだけで目が疲れる。思わずぼやくと、
「度が合わないのは問題ね。大丈夫かしら?」
突然隣から声がかけられた。しかも口調がやたら色っぽい。嫌な予感がして振りむくと、眼鏡美人がそこにいた。
腰まで伸びたサラサラのストレートヘアに面長の顔立ち。眼鏡の奥の切れ長の瞳は艶かしく、ふっくらとした厚めの唇の横には小さなホクロがあった。
シンプルな白いワイシャツにパツンパツンに押し込められた小玉スイカは、胸下で閉じられたジャケットから半分以上溢れている。
AVとかに出てきそう……
初対面の印象はそんなもんだ。
だが肉食系女子に人生を蹂躙されてきた俺からすると、この手の女は苦手な部類に入る。いやどんな女も大概苦手だが。
「今日はまだ授業がないけど、明日からは通常通りなのよ。眼鏡が見えなくちゃ困るじゃない」
「そう……ですね。いや、前の席にして貰えれば見えるので」
危うく、そうっすね。と言いそうになって言葉遣いを改める。
陰キャ陰キャ。俺は陰キャだ。
言葉遣いに陰キャカテゴリがあるか知らんが、できる限り大人しく見せておいたほうがいいはず。
「そうね。その位なら担任の先生も融通してくれるんじゃないかしら? クラスはどこ?」
「えーっと」
「彰!! おまえBだった! 俺、C!」
「あ。陽平くん。見てきてくれてありがとう」
「……くん?」
昇降口を飛び出してきた陽平はキョロキョロと辺りを見渡して俺を見つけると大声で叫んだ。その直後、こてんと首をかしげて俺をみる。
先生もつられて陽平を振り返ったので、俺は分厚いメガネの奥で「合わせろ合わせろ合わせろ」と呪いのように念じながら陽平に笑顔をむけた。
隣に先生がいることに気付いた陽平は、ポンと手を打ってから口元を押さえ、くるっと背中を向ける。肩が震えているところを見ると、あいつ笑ってるな。
そしておそらく息を整えた陽平はこちらを振り返り、全面的に爽やかさを演じながら歩み寄ってきた。
「あ〜……当然じゃないか、彰くん。僕たち友達だろ?」
(何キャラだよ)
互いに同じことを思ったに違いない。
「彰くんっていうのね。お友達とはクラス違いで残念だったけど、隣だし合同実習もあるわ。わたしは浅見玲香。これからよろしくね。彰くん」
「はい。よろしくお願いします」
桜吹雪に黒髪をなびかせた浅見先生は、にっこりと笑うとその場を後にした。それまで胡散臭い爽やか笑顔を貼り付けていた陽平は途端に表情を崩し、鼻息を荒くして俺に飛びついてきた。
「すっげー美人! な、見た!?」
「見たに決まってんだろ。なにいってんの、おまえ」
「おまえが何いってんだよ。あんなセクシー女教師見てハァハァいわねーなんて、本当に残念な男だな」
ガクッとうなだれた陽平をシカトして、俺は陽平の肩に手を置く。
「はいはい。じゃあ行きましょうね〜陽平くん」
「くん付けはやめろ。鳥肌たつわ」
「慣れろ」
「やだ」
笑顔の中に殺意を抱いて、俺たちは静かに押し問答を繰り広げながら互いの教室にたどり着いた。
「んじゃ、うまくやれよ。彰」
「如月くんと呼べ」
「ぜってぇヤダ!!」
でっかい声で全面拒否をしてC組に入っていった陽平をジト目で睨みつけ、俺はBクラスの扉をくぐる。
すでにグループを作った女子や男子がドアの音に振り向いた。
「うわ。だっさ」
「きも。わたしムリー!」
茶髪にミニスカの女子たちが、俺を見るや否や笑いながら堂々と声を上げる。男子の中にそんなことをいう奴はいなかったが、興味なしとばかりにさっさと視線を逸らされた。
(掴みはオッケー!!)
俺はふつふつと込み上げる笑いをこらえながら席につく。最初は苗字の五十音順なので仕方ないんだが、丁度「き」の字が折り返し点になってしまったようだ。
俺の席は窓際の一番後列。さすがにマズイな。すでに黒板の文字が見えねえ。でもまあ、一番最後の席なら眼鏡をズラしても素顔はバレないだろう。
しばらくすれば席替えもあるだろうしな。少しの我慢だ。
俺はキャッキャと騒ぐクラスメイトから目を背け、青空を見上げた。ああ、誰にも話しかけられないってなんて自由なんだろう。実に素晴らしい。ずっと手に入れたかった俺の時間。
陽平。おまえには感謝する。マジでありがとう!
心の中でしみじみと陽平に祈りを捧げていると、予鈴がなった。みんなも慌てて席につき、担任が現れるのを期待の目で待ち構える。
チラチラとドアに視線が集まる中、ガラッとドアが開いた。
全体像が見えるより先にお出ましになったのは、白いシャツから突き出た小玉スイカだ。
そんなことで判断するべきではないとわかっているが、判断出来てしまったのだから仕方がない。
「うお……っ! マジか!」
隣の男子が口を押さえて声をもらした。他の男子もみな似たような反応だ。ガッツポーズをして立ち上がった奴やスマホで写真を撮ってる奴までいた。
俺は大した感動もなく、先生をみつめる。
「みなさん、入学おめでとうございます。わたしがみなさんの担任となりました、浅見玲香といいます。これから一年間よろしくお願いしますね」
にっこり笑ったAV女優浅見先生は、その笑顔で男子生徒の心を鷲掴みにしたようだった。
奇声を発して大きな拍手をする男子たちに笑顔を向ける先生が、不意に俺を見た気がした。瓶底メガネのせいで表情なんてわからねーんだけどさ。なんとなくそんな気がしたって感じ。
だけどそれが気のせいじゃなかったと気づくのは、それほど後のことじゃなかった。
ダルい自己紹介を笑いなくして無難に終えた俺は、一呼吸つく。どうも、こういう場面になると笑いをかっさらいたくなるのは陽キャの悪い癖だ。自虐ネタなんざポンポン思いつくもんだから、無難に終えるということがどれほど難しいか身をもって知ることになった。
「席替えはもう少し後にする予定だったけど、明日から授業は始まるし、目の悪い子は手をあげて下さい。その子だけ先に移動させるわね」
一通り自己紹介が終わると浅見先生はそう切り出した。目の悪い子、と言われてイマイチピンとこなかったのはご愛嬌だ。元々目は悪くないからな。中学のときはずっとそれで後ろの席をキープしてた。前の奴の背中に隠れて寝るために。あと前の席だとやたらと先生からチェックが入るだろ。あれが嫌なんだよ。
だから本心としては前に行きたくない。
だけど、そのとき浅見先生が俺を見てることに気がついた。んで、あ。俺のことか。と思ったわけ。
「はい」
マジで行きたくねえ。そう思ったが、昇降口での会話があるため誤魔化しが効かない。この先生が担任なのは、俺にとっては運が悪かったとしかいえないな。
諦めて渋々手を上げると、浅見先生は一番前の席の子に俺と変わるように声をかけてくれた。
声をかけられた男子は、えーっと文句をいっていたが、文句をいう意味がわからねぇ。
後ろの席最高じゃんか。
「じゃあ、彰くんはここね」
「はい。ありがとうございます」
せっかく窓際最後尾という最高の位置取りだったのに最前列中央に移動することになった俺は、まったく感情のこもらないお礼をいった。
先生はそんな俺の態度をおかしく思ったのだろう。
「具合悪い?」
「え? いや、別に。じゃない。大丈夫です」
気乗りしない返事をしたせいか、体調が悪いと勘違いしたみたいだ。瓶底メガネで隠れた俺の顔を覗き込む。この分厚い眼鏡でも先生の口のホクロが見えたから、よほど近づいたんじゃないのか。この眼鏡遠近感狂うな。
「そう? 度が合わないっていってたから。合わないと頭痛とかするでしょ? 具合悪くなったらいってね。保健室に案内するわ」
「はい。ありがとうございます」
眼鏡の隙間から前かがみになった先生の小玉スイカが机の上に乗っているのが見えた。
隙間から見るとか変態かよ。わざとじゃないからな。俺はさっさと視線を逸らし、頭を下げた。
初日はレクリエーションや部活見学。委員会の説明など、陽キャにしてみたら目立ってナンボのイベントが目白押しだった。
俺も内心ワクワクがとまらなかったが、出来るだけ無表情で振る舞うことに専念した。もしかしたら目は輝いていたかもしれないが、そこは瓶底メガネ様々である。
途中で部活見学に出たC組とすれ違って陽平と目が合ったが、知らぬ振りをした。陽平は笑っていたけどな。部活はなんにしようかな。
「彰くん」
テニス部の見学に赴き、みんながコートを囲んで女子部員のスカートに食い入っている中。ひとりで日陰に入り体育館の壁にもたれかかっていた俺は、その声に振り返った。見れば浅見先生が隣に並び、遠くに生徒たちを見守っている。
「先生」
「部活は決めた?」
「いえ」
「朗読部とか入る気ない?」
「朗読部?」
なんだその陰キャ的な部活は。そんなものがこの世に存在するのか。若干口元がひきつりそうになったが、なんとかこらえた。
「そう。わたしそこの顧問なの。放送部みたいなものなんだけどね。お昼にリクエストの音楽を流して雰囲気にあった台詞を読んだり、朝夕の放送をするのよ。あとは大会とかもあるし。時々遠征にも行くわ。毎年入部者が少なくて困ってるのよ」
意外だ。見た目がエロいだけに。でも言われてみれば、声も滑らかというか。どうにもAVから離れなれないんだが、声だけで性感をくすぐるスキルは持ち合わせていると思う。
この声で艶めかしく囁かれたら陽平曰くハァハァするんだろうが、俺は違う意味でゾクゾクするだろう。
「先生、声もエロ……いいですもんね」
「エロイイ?」
「言ってません」
「言ったわよ。耳、いいもの」
「気のせいです」
「絶対いいました」
クスクスと笑う先生は、俺の脇腹を肘で小突いた。俺はそっと一歩横に移動する。
それに気付いた浅見先生が不貞腐れたように俺を小さく睨む。
「どうして離れるのよ」
「あー。えっと、俺女性が苦手で」
上手い言い訳も思いつかず、素で返した。嘘じゃないし、それで納得してくれ。
「本当に珍しいタイプよね、彰くんって」
「そうですか? よくいますよ、こんなの」
女子テニス部には何人か可愛い先輩がいたらしい。男子が肩を組んで女子テニスのコートに走っていく様子を眺めながら何気なくそう返すと、先生はまた笑いだした。
「こんなのって。他人事みたいにいうのね」
それに対してはスルーだ。これ以上喋ると墓穴掘りそう。俺はテニス部の見学に集中するフリをすることに決めた。
「ねえ、知ってる? ここの学園ね。生徒と先生が結婚する確率高いんですって」
「へー。そうなんですか」
「毎年必ず一組は卒業と同時に先生と結婚するのよ」
「へー」
「ここを受ける男子生徒はそれを狙ってるって噂もあるんですって」
「へー」
「彰くんは興味ないの?」
「まったく」
最後だけやたらと力が入った。校則が緩いとは聞いていたけど、そんな噂まであるのか。まあ、正しい高校デビューをした奴らから見たら綺麗で可愛い女教師と結婚なんて夢だろうな。
全員が狙ってるわけじゃないだろうが、少なからず夢抱いてる奴らは多そう。加えて校則も緩いってなれば、そりゃみんな見た目に気合い入れるわな。
しかし卒業と同時に結婚なんて、在学中に先生と隠れて恋愛するってことだろ?
想像するだけで面倒臭い。無理。絶対無理。
「おまえそりゃ、男の浪漫だろー!!」
帰り道。瓶底メガネをしまって、こめかみをグリグリと揉みほぐす俺の横で、陽平が天に向かって絶叫した。
「大人の色気溢れる知的な先生と学園ラブだぞ!! 夢しかねーだろうが!!」
「あっそう」
あー。あたまいてぇ。黒板見るタイミング、あまりなかったのに初日からこれで大丈夫かな。
「しかもおまえんとこの担任、あのエロい先生だろ。名前なんてったっけ」
「浅見玲香」
「そうそう! あの先生すんげー人気あるらしいぜ。うちの学校に赴任してまだ二年目って聞いたけど、入学説明会で一目惚れして受験したってクラスの奴がいってた」
「女を追いかけて入学するとか、マジでありえねえ。俺は逃げたいんだ」
「ああ、そうね……」
陽平はガックリと首を落とす。毎度毎度、乗ってやれなくて悪いな。いや、本心ではないけど。
「で、おまえ。部活どこにするか決めた?」
「あー。朗読部」
「なにそれ。なにすんの」
「放送部みたいなもんだっていってた。顔見せねーから丁度いいかなって」
嘘偽りない理由だった。あの後、色々考えてみたんだが。朗読部って悪くねーんじゃないかって。聞こえるのは声だけだし、部員も少ないっていってたし。マイクに向かって話すだけだろ? おチャラけなければ陰キャを貫き通せる……はず!!
「はー。なるほどね。いーんじゃね? 俺はバスケ部〜」
「ずっとやってたしな」
「ホントは戦力的におまえが欲しいんだけど」
「お断りします」
「ですよね〜」
そんな軽口を叩き、一人暮らしのアパートに戻って速攻で。制服を脱ぎ捨て、Tシャツとハーフパンツに着替えた俺はベッドに倒れ込んだ。
「マジで疲れた」
何が疲れるって、この根っからのおチャラけ癖を押し殺すことだ。ことある事に笑いを取りたくなる衝動を抑え込むのが、ホントにしんどい。
あと瓶底メガネ。あいつは強敵だ。顔を隠すために必要なんだが、ずっとぼやけた視界の中にいるってのは酷だ。頭痛が酷い。
ガンガンと痛む頭を抱えて、俺はそのまま飯も食わずに爆睡した。
翌日。
「腹減った」
「朝飯は」
「ギリギリまで寝てたから食ってない」
「今夜うち来るか? 母さん喜ぶと思うし」
相変わらずの寝癖と瓶底メガネで隣に陽介を並べて、俺は雷みたいな音を繰り返す腹をさすった。
実は四月という新年度を迎えた親父は北海道に転勤が決まり、母さんもウキウキ観光気分でついていったので、俺は一人暮らしをしながらこっちに残ることになったのだ。
カップラーメンさえあればやっていけると思っていたけど、一人暮らしってなるとカップラーメンを作るのも面倒臭い。
でも陽平の家が近いから、おばちゃんにいつでも食べにおいでーとは言われているんだよな。
「今夜お邪魔するかなぁ」
「おう。来い来い。けど今日から部活行くから帰りは別々になるかもな」
「あーそっか。じゃあ帰ったら連絡ちょうだい」
「はいよ」
という通常運転の会話を校門前で終了した俺は、また猫を被って昇降口をくぐるわけだ。
何人かクラスメイトとすれ違い、当たり障りのない朝の挨拶を交わし。思わず肩に引っ掛けてしまいたくなる鞄をキチンと手に持ってだな。
だっる。
と心で呟きながら歩く。
「彰くん!」
教室に入る前。呼び止められた。昨日クラスメイトとはロクに会話もしなかったし、名前で呼ぶ奴なんていたか? と少し眉を寄せたが、振り返ってゲンナリした。
「浅見先生。おはようございます」
「おはよう」
なぜ朝から小玉スイカ美人を見なければいけないのか。眼鏡、スイカ、口ボクロの三点セットにしか目がいかない。いや、十分だな、しかしそれは決していやらしい理由ではなく、その三つが異彩を放って存在しているからだ。
「部活、どう? 入部してくれる?」
「ああ。はい。今日、入部届け出そうと……」
「ほんと!? じゃあ、いまから来て!」
「どこに……ですか」
「放送室よ」
なんというか。浅見先生は黙っていると、いかにもAVの教師コスをした美人なんだけど、わりと表情は豊かで笑うと可愛い笑顔になる。
これがいわゆる、ギャップ萌え。
ギャップ萌えの原理は理解しているが、だからといって萌えるかといったらそれはまた別。
何度もいうが、俺は女という生き物にいい思いをしたことがない。特に笑って近づく女は、背中に黒いオーラを背負っているように見える。
それならまだ喧嘩口調の女の方が気を許せるが、あの類もまた面倒臭い。急に態度を変えて泣き出したりする特異体質だからだ。
結果的に女はどんなパターンでも嫌いだ。うん。
女嫌いを再確認しながら、俺はみんなとは真逆の方向に進む。放送室があるのは二階だが、教室が並ぶ校舎とは別棟になる。距離、確認しとくんだった。
浅見先生の後を追いかけながら、いまさらそんなことを考えたが、人の目を避けることを考えればこれはこれで好都合だと思い直した。
「今日ね、いつも朝の曲を流す子が休んじゃって困ってたのよ。朝は30分になったら曲を流さなきゃいけないんだけど、その時間はもう職員室にいかなきゃならなくて」
チラッと腕時計を確認したらもう40分だった。今日はたまたま早めに出てきたんだが、丁度よかったな。
「やり方教えてくれればやっておきますよ。8時になったら止めていいんですよね」
「ええ。簡単だからすぐ覚えると思うわ」
放送室のドアを開いた先生が、カチッと入口の電気をつける。
「おお……」
思わず素で声が出た。放送室なんて入ったことなかったし、どーせ小さい個室でマイクと向き合うだけだと思っていたんだが。
これ、完全なスタジオだ。ガラスを挟んだ奥のスペースには高性能のマイクとヘッドホンが設置されてるし、手前のブースは多分音量調整とかだろう。
うちの学園にこんな物があったとは驚きだ。
「ふふ。驚いたでしょう? この学園、放送室に本格的なスタジオがあるのよ。このガラスもちゃんと防音なの。普段は使わないんだけど、コンテストに参加する時は録音するために使ったりするのよ」
「凄いですね。でもちょっと、もったいないな」
こんな立派なスタジオがあるのに、部員が少ないってどーゆーことだ?
いや、答えは簡単だな。朗読部なんて響きからして陰キャだからだ。「部活どこにした?」「朗読部」って。まともな陽キャなら口にしにくい。
だいたい朗読部ってネーミングが悪いよ。これなら放送部でいーじゃねーか。この設備で放送部ならプロフェッショナルな感じするし。
「そうよね。学園長の趣味らしくて、ここだけは本当にこだわったみたいなの。でも誰も見学に来てくれないのよね。黙って音楽かけるだけじゃないから、照れくさいのかもしれないわ」
いや、朗読部ってネーミングのせいだろ。こーゆーの好きな奴結構いると思うんだが。
だって浅見先生って人気あるんだろ? それだけで入部希望者なんて沢山来そうなものだ。それでも敬遠されるのは、どう考えても名前しかねぇ。俺も最初聞いたとき引いたしな。
「もう行かなきゃ。あのね、ここがOAスイッチで、こっちが停止ボタン。これがリクエスト表。今日は好きなのかけてくれていいから。時間になったら教室に戻ってね。頼めるかしら」
「はい」
浅見先生は口早に説明するとパタパタと走っていった。スカートの後ろに入ったスリットから、わりと太ももがモロみえなんだが。
てか浅見先生、体にフィットした服装好きだよな。初めて見た時も思ったんだけど、あれいつかはみ出ると思うんだ。色んなものが。
パンツ見えそうだし。
浅見先生が背を向けているのをいいことに、俺は瓶底メガネを少し下にズラして彼女の後ろ姿を眺める。
「いいケツ」
さ。仕事仕事。時間はとっくに過ぎてるけど、あと15分くらいはあるな。なら4~5曲くらいイケるか?
ブースの椅子にどさりと腰を下ろし、鞄はその辺にぶん投げてリクエストに目を通す。
「このリクエストってどーやって取ってんだ? ドビュッシーってクラシックだよな。こっちも? うわ、全部クラシックじゃん。上がんねーわ〜」
ここから好きなの選べって……好きなのないんだけど。そーゆー時はどーすりゃいーの? こんなの朝から聞いたら眠気増長するだけだろ。
俺はリクエスト表を睨みながら唸る。だいたい曲名見てピンとくるやつがない。好きなの、と言われたらセンスが問われるだろ。悪いがこーゆーところで妥協できる人間じゃねーんだな。
「待てよ……」
ふと閃いてブースのコンソールに目を走らせる。そして見つけた。USBポート。
このリクエストを見るに朝はクラシックをメインにしているよーだが、何も王道の曲にしなくてもいいだろう。いまやJPOPだってクラシックにアレンジしてあるものは山ほどある。ちなみに俺のスマホの目覚ましはそれだ。原曲だと朝はうるさ過ぎるんだよな。
とゆーわけで。放り投げた鞄を膝の上に乗せて、中身をゴソゴソ。充電器も入れてたからケーブルはあるしな。
「あったあった」
USBポートにケーブルとスマホを繋ぎ、目覚まし用のプレイリストを開いてスワイプしていく。
「どーれーにーしーよーうーかーなー」
朝だしテンアゲするヤツがいーよな。
「よし。これにすっか」
最近JPOPランキングで上位に入ってきた曲だ。月九のドラマに使われてるから、知らねー奴はいないだろう。原曲はだいぶテンポが速いが、クラシックだとそれほどでもない。
そのまま曲を流そうと思ったけど。ふとOAのスイッチに伸ばした手を止めた。
別にここで喋ってもいいんじゃねえかって。顔はバレねぇんだし。昨日は喋らな過ぎてストレス溜まったしな。
「我ながらナイスな発想だ。ストレスはよくねーからな!」
うんうんと一人で納得して、俺はマイクを掴みOAのスイッチを入れた。
「皆さん、おはようございます。今週の『セカンド・キス』は見たかな。ヒロインの夏希ちゃんがコケたとこで画面停止して、パンツ見えないか確認した奴は手を上げろ。SNSじゃピンクだと騒がれているが、俺はギリ見えてないと思う! 今日はそんな『セカンド・キス』から『晴れの日』をお送りします。みんなでこれを聞いてテンションあげてこうぜ!」
ポチ!
マイクから曲にスイッチを切り替えて『晴れの日』を流す。
「あー! すっげぇスッキリした!」
俺は満面の笑顔で両手を上げて背伸びをした。陽キャたるもの喋らないと死ぬ。瓶底メガネも外して昨日の鬱憤を発散した俺は流れる曲に鼻歌を刻む。
曲が終わる頃に次の曲を選択し、あとは時間までその繰り返しだ。
「悪くねーな、朗読部」
毎朝こうしてストレス発散できるなら文句はない。ひともいなし瓶底メガネも外せる。そして喋り放題。
「うむ! 素晴らしい!」
こうして意気揚々と次の曲を選び始めた俺の知らない所では。
「ちょっとウケる。なにいまの」
「えー、ピンクだよな!?」
「いや。あれは影だ」
「ほんっとギリギリなんだよな。何回見てもわかんねえ」
「わたしこの曲好きー!」
「ピアノバージョンいーね。これDLしよ〜」
各教室で笑いが巻き起こり、夏希ちゃんのパンツ論争が繰り広げられていたとは、知る由もなかった。
そしてC組では。
「いまの声って……」
爆笑の渦に囲まれて、陽平は教室のスピーカーを見上げて引き攣り笑いを浮かべる。
「陰キャはどーした」
そして8時。OAを切り、再び瓶底メガネを装着。誰も来ないことをいいことに、第二ボタンまで外した制服とワイシャツを直し。
キリッとした陰キャを作り上げた俺は放送室を後にした。
教室に入るとクラスメイトの何人かが『晴れの日』を口ずさんでいる。
あれ覚えやすいから1回聞くとあたまに残るんだよな。わかるわ。
笑いたくなるのを堪えて席に着く。しっかし、この一番前の席なんとかならねーか。せっかく楽しかった気分もこの席についた瞬間に、だだ下がりだ。
ため息をつくと、ガラッと教室のドアが開いた。そして浅見先生が名簿を脇に挟んで入ってきたわけだが。
なんか、俺のこと睨んでません?
気のせいだろ。俺はそっと先生から目を逸らした。
「どういうことか説明してもらおうかしら」
「それはいいですけど、なんでここなんですか」
「相談室が空いてなかったの」
「はあ」
放課後。みんなが部活に繰り出したのを見計らって、浅見先生から放送室に来るようにと短く告げられた俺は、嫌な予感を抱きながらここにやってきた。
朝に俺が使った椅子に浅見先生はすらっとした足を組んで座っている。だからスリットがな。パンツみえそう。
「朝のあの放送って彰くんがしたのよね?」
「はい。そうですけど」
他に誰がするんだよ。
そう心で突っ込みながら答える。
「あんな話し方するように見えなかったから、違う人に頼んだのかと思ったわ」
ああ。なるほど。俺が頼んだことを放棄したと思ったのか。しかしどう言い訳するかな。
「ひとと話すのは苦手なんですけど、一人語りなら得意なんです。それで少し人が変わったように感じたのかもしれません」
数秒ほど悩んで出た答えは適当なものだった。まあ、一人でも喋れるってのは間違ってない。
「凄くおとなしそうなのに、驚いたわ」
「そうですよね。わかります」
「でも、素敵じゃない。あなたのその才能は朗読部に入るためにあるようなものよ。そう思わない?」
「思います」
間髪入れずに同意する。あのストレス発散タイムは実に素晴らしいものだった。俺に手放す気はない。
先生は目を輝かせる。
「凄く嬉しいわ! こんな才能のある子が入部してくれるなんて!」
「はは。ありがとうございます」
微妙な顔をしてお礼をいうと、先生は笑顔をひっこめて真顔で俺を見た。
「でも」
「はい」
「朝からパンツの話はダメです」
「……はい」
朝に睨んでた原因はそこか? 一応教育の場だからな。ちょっとマズかったか。
「でも……少し意外。彰くんも女の子のパンツに興味持ったりするのね」
「は?」
説教タイムに流れるかと思った俺は、思わずマヌケな声を出した。
先生、分かってないな。あれは同性と話題を合わせるスキルのひとつだ。俺は夏希ちゃんはタイプでもないし、パンツなんかに興味なんてない。ただ盛り上がるって分かってる話題だったから振っただけ。それだけです。
そう力説したかったが、それを言うと陰キャの皮が剥がれる。こーゆー場合、陰キャはなんて答えるんだ?
そもそも陰キャはパンツネタなんて話さねーだろ。
いまさら気づいたが後の祭り。なんとか言い訳を考えねーと。えーと。
「そんなこと先生に言えません」
結果的にいい言い訳も思いつかず、突っぱねる形になってしまった。頼むから納得してくれと変な脂汗がでたが、先生は妙に色っぽい微笑を俺に向けて眼鏡の奥で「ふーん?」と流し目を向ける。その仕草がいちいちAV女優ぽい。先生仕事間違えたんじゃないのか?
「恥ずかしいってこと?」
いや? 俺は先生にだってパンツ見せろといえる人間だ。興味はないが、いえる。それは意識してなからこそいえる強みみたいなもんだ。
「まあ……そうですね」
でも都合良く解釈してくれるならそれでいい。微妙な同意を返すと、先生はふふっと笑った。
「彰くんもやっぱり、男の子なのね」
艶のある声で含みのある言い方をする浅見先生。俺は瓶底眼鏡の奥で目をすわらせる。どう見ても男の子だろう。いくら陰キャを装っていても女を装ったつもりはないぞ。
「じゃあ……いまも、気になってたりする?」
なんのことすか。瓶底メガネに隠れて顔を顰めた俺の前で、コンソールに肘を置いて頬杖をつき、眼鏡の奥で細めた目を俺に向けた先生は、つま先を高くあげてゆっくりと足を組み直した。
それがまたスーパースローモーションで。なんでそんなにゆっくり足を組み直すのか疑問を抱いてしまう。浅見先生、腰でも悪いのか? これコマ送りにしたら絶対どこかにパンツが写ってるぞ。
だが至近距離にいながら俺にそのパンツを捉えることは叶わない。なんせ瓶底メガネが俺とパンツの間にモザイクをかけているからだ。
特に興味もないのでちょうど良かったと思う。
誘導されてる感じが否めないが、視線で追いかけたとバレたらなにを言われるか分かったもんじゃない。
「気になるって……夏希ちゃんのパンツですか? そこまでずっと考えたりしませんよ」
だからわざと視線をそらし、気づかないフリをした。
「もう。違うわよ。大人の女には興味ないのかしらと思って。彰くんはやっぱり同世代の女の子がいいのかしら」
「興味ないですね」
さっきのパンツの話と矛盾していると思ったが、女に興味があるのかと聞かれて反射的に否定してしまうのは、もう俺の性だとしか言い様がない。
「興味、ないの?」
「まったく」
「へえ。じゃあ……わたしは、どう?」
どう、とは。嫌な空気だ。俺は何度かこういう空気を体験したことがある。ここは逃げるが勝ちだな。直感的に悟った俺は、強制的に話を切り上げることにした。
「先生、話が終わったなら帰ってもいいですか?」
「だめよ」
なぜ。
説教タイムは終わったはずだ。そう思ったが、ダメと言われてしまっては出ていけない。
「他になにか用事でもあるんですか」
「あるわ」
「なんです」
声がだんだん低くなる。俺の警報アラートが爆音で鳴り続けている。早くここから出たい。
「わたしね。少し悪い癖があって。追いかけられると逃げたくなるのだけど、冷たくされると追いかけたくなっちゃうの」
浅見先生は椅子から立ち上がるとドアに手をかけた俺に一歩一歩、歩みを進めた。嫌な予感が的中したことを悟った俺の額は、じんわりと汗ばむ。コツコツと鳴るヒールの音が悪魔の足音に聞こえた。
そういえば陽平がいってたっけ。この学園は生徒と先生がデキる確率が高い。もちろん狙っているのは男子生徒が大半だろうが、ここに赴任する先生に若いひとが多いのは先生の方もそれを狙ってるからだって。
俺はげんなりした。浅見先生のタイプはこーゆー根暗そうな陰キャだったのか? グイグイくる陽キャではなく、控えめで性に興味がないようなウブな男。なるほどね。自分がもはやAV女優みたいなもんだから、ない物ねだりなんだろうな。
とすると、俺の取るべき行動はなんだ。
根暗でウブな陰キャがお好きなら、嫌いになるのはその逆。先生もそういってたしな。
仕方ない。ここなら他の奴にはバレないだろうし。
俺は心を鬼にして瓶底メガネに手をかけた。目にかかるボサボサの髪を上に掻き上げ、ネクタイに指をひっかけて緩め、シャツのボタンを何個か外す。
そして真後ろに近寄った先生を振り返った。
俺の肩に手を伸ばそうとした先生の細い手首をパシッとつかみ、腰に手を回して引き寄せる。すっぽりと腕の中に収まった先生は驚いた顔をして俺を見上げた。間に挟まる小玉スイカがとても苦しそうに潰れているが、気にしない。あたまひとつ分はデカい俺と先生の目が至近距離で交わった。
先生の存在感もたいしたものだが、本来の俺も負けてない。メガネも外して視界も良好。苦しかった首元も開放的。うざったい髪も邪魔しない。あるべき姿に戻った俺は先生が頬を赤らめるのを冷めた目で見ながら、一番嫌がりそうな言葉を必死に思い浮かべる。
正解はどれだ!
「彰くん?」
「俺が女に興味ないってマジで信じたわけ? そんな歩く性兵器みたいな体して、俺が興味持たないと思った? 遊んで欲しいなら遊んでやるよ」
マジで腹が立つ。俺は女から離れたいんだ。クラスメイトとの距離感はうまくいったのに、なんで先生とこうなるんだ!?
内心であたまを抱えて絶叫しながら俺様モードを発動した俺は、先生の手首をつかむ手に力を入れて赤く濡れた唇に口を近づけ、
「彰く……!」
問答無用でキス……する寸前で動きを止め、嘲笑してみせた。
「嫌なら、もう俺に構うな。いいな?」
キスなんかしてたまるか。上手い具合に誤魔化した俺は、目を丸くした先生を腕から解放する。ショックを受けたようにふらりと後ろによろめく先生を一瞥し、再び瓶底メガネを装着して髪の毛をおろし、ボタンを留める。ああ、苦しい。そして腹が減った。早く陽平んちに行きてえ。
任務は無事に完了した。これで明日からは俺に近づかないだろう。
「じゃあ、また明日。さようなら先生」
今度こそ俺は放送室を後にした。背中でバタンと重いドアの音がして、ドデカいため息をはく。
「すんげえ辛いカレーが食いてえわ」
一方。
ひとりで放送室に取り残された浅見は、ふらふらとよろめきながら椅子に腰を下ろした。
「なによ、あれ……」
いまどき見ない厚底メガネをかけて、校則なんてあるようでないこの学園で唯一まともに制服を着こなす彼は、オシャレにも女の子にも無頓着なのだろうと思っていた。
バカのように騒ぐクラスメイトとも一線を引き、決して目立つことをしない。だけどそれはこの学園において、逆に目立つ。
だから誰にも相手にされない彼に興味をそそられたのは、必然的だった。日々、男子生徒からセクハラまがいのボディタッチや告白を受けている浅見からしてみると、彼はほっと一息つける人物だったのだ。
ちょっと肘で小突いたくらいで逃げるようなウブな子。ついつい可愛いと思ってしまって、悪戯心に火がついた。反応がとても新鮮だったから。
それなのに。
「なによ、あのイケメンっぷり!」
至近距離で見つめ合ったときを思いだして浅見は顔を赤らめる。
「そして、急な俺様!」
つかまれた手首に残る鈍い痛みは、彼の男らしい息づかいを確かに刻み。
「好きっ!!」
浅見の心をごっそりと奪い去った。
笑えた、楽しかった、続きが気になる!という方はぜひブクマと★で評価をお願いします!
感想もどしどしお待ちしています☆
今回は『入部編』として気まぐれで書き綴ってみましたが、好評でしたらその後の『部活編』も書いてみたいなと思っています。
最後までお付き合い下さった読者の皆様。
本当にありがとうございました!




