殿下、わたくし思うのです。
「殿下、わたくし思うのです。確かに国のために婚約を結んだわたくし達ですから反発を覚えるのも致し方ありません。しかしそれはわたくしも同じこと、正直に申しますと別に殿方として好意を抱いているわけではありません。けれど敬意をはらっていますし、側室でしたら作っていただいてかまいません。ですが手順というものがあると思いますの」
白い頬に手をあてて困ったように自らの婚約者に、話しかける美しい少女。
少女は話したように別に婚約者を好きでいるわけではなかった。しかし愛国心と王族への敬意により、王太子である婚約者に相応しい振る舞いを心がけていた。国王の妻が一人だけなんてことはめったにない。側室ができるであろうことはわかっていた。
だがしかしここ最近の婚約者の振る舞いは目に余る。ここは王妃になる者としてしっかりと話し合わなければ。
そういう経緯で少女は婚約者である王太子と話しているのである。
「敬意…?シャーロットお前、これのどこが敬意をはらっている相手にする態度だ!!」
王太子であるライアンの声はシャーロットの真下から聞こえる。かなり頭に血が上っている様子で、彼女は先程の話がはたして通じているのか心配になった。けれどここで折れるわけにはいかない。根気強く話し合うために逃げられないように、このような真似までしたのだから。
「どこの国に敬意をはらっている相手を椅子にするやつがいる!!」
そう、シャーロットは婚約者であるライアンを椅子にして話していた。
シャーロットとライアンは絵に書いたような政略結婚である。というのも彼女の母は隣国の王女であり、その縁を欲しがった国王が婚約を決めたのだった。
別段二人の仲は問題なく、シャーロットの両親ほどの仲の良さはないものの大したトラブルもなく日々は過ぎていった。
しかし学園に入学して、ある少女がライアンに近づいてきた。
その少女は男爵の愛人の子で平民暮らしが長かったせいか少々振る舞いに問題があった。一番の問題は婚約者のいる男性に気軽に接していたこと。普段婚約者からもボディタッチなどされたことがない貴族の子息たちはたちまち彼女の虜となった。
そしてそれはシャーロットの婚約者であるライアンもそうだった。
「シャーロット様、また彼女が殿下に近づいていますわ」
「そうですね、このままでは殿下も彼女も心配です」
ライアンは飛び抜けて天才ではなかったが、阿呆ではなかったはずだ。彼女を側室、愛人にしたければ貴族としての作法を教え自分との交流を図らせるようにするべき。
今は初めての恋に浮かれて理性を失っているが、きちんと話せば理解してくれるはずだとシャーロットは思っていた。
だが、そう簡単には上手くいかなかった。まずライアンに話しかけても鬱陶しそうに逃げてしまうのだ。あまつさえ、男爵令嬢に話そうにも悪意のある解釈をされ話にならない。
困り果てたシャーロットは、いつも優しく悩みを聞いてくれる母に手紙を書くことにした。
それから数日後、母から来た返事は綺麗な字でこう書かれていた。
「逃げられなくしてしまえばいいのよ」
「ですから、わたくし思ったのです。物理的に動けなくしてしまえばいいのだと」
「だからといって飛び蹴りをするやつがいるか!?」
母からの助言をしっかりと受け止め、早速シャーロットは行動を起こした。
ライアンを見かけた時、逃がさないように走って飛び蹴りをかましたのだ。ちゃんと周りの友人たちには「今からわたくしがすることははしたないので真似をしないでくださいね」と注意はしてある。
突撃の衝撃に倒れるライアンの上に、シャーロットは容赦なく座り今後の振る舞いについて話し合おうとした。少々高さが合わないが、王妃教育の賜物か優雅に己の婚約者の上に座った。
「そもそも俺にこんなことしていいと思っているのか!普通に不敬罪だろうっ」
「ご心配なく、既に陛下と王妃殿下の許可はもらっておりますわ」
「用意周到すぎる!」
母からの手紙の後、すぐに許可を得る手紙を王宮へ送った。
「ごめん」
「やっておしまい」
婚約者の両親ともに許可を得て、シャーロットは無事ライアンと話す機会を得たのである。
「ということで、殿下しっかりお話いたしましょう」
「わかった、わかったからまずこの体勢をどうにかしてくれ!」
「あら逃げられては困りますから、できればこのままがよろしいのですけれど」
「逃げない!逃げないからそろそろ周りの視線が痛い!」
気がつけばなんの騒ぎかと生徒たちが集まっている。その中には件の男爵令嬢もいたが、こちらをドン引きした目で見ていた。
確かにこんな状況では落ち着いて話ができない。とりあえずシャーロットはライアンの言葉を信じ、彼から降りた。
「それでは殿下、今後のことをじっくりお話いたしましょう」
「ああ…」
その後、別室に向かい男爵令嬢を側室や愛人にする気があるのか、そうであればどう行動するかなどを話し合った。ライアンは恋心を抱いているためできれば愛人にしたいと言っていたが、後日彼女と話してみると飛び蹴り事件も含めてシャーロットと一緒にいたくないとのことであった。ついでにそれまでの振る舞いを注意すると素直に頷いて、迷惑をかけた人達に謝罪していた。
初恋がやぶれたライアンは少々落ち込んでいたものの、シャーロットのサポートもあり下がっていた評価を上げるため努力していた。その影響か、徐々に評判は上がっていったものの影でシャーロットの尻に敷かれていることは広まっているようだった。
ともあれ問題はすべて解決し、母のいうことは間違いないとシャーロットは満足気に手紙を書いた。
「よかったわ、一時はどうなることかと思ったけれどこれで良い夫婦関係が築けそうね。やはり、シャロはわたくしたちの娘ですわね旦那様」
「そうだね、シャロはやっぱり君の娘だよ…」
愛娘のお礼の手紙を読み、にこやかに微笑むヴィクトリア。儚げな姿をしているが、その正体は元隣国の武闘派王女である。
シャーロットの父、アンソニーは昔将来のため隣国に留学をしていた。そしてその先でヴィクトリア王女に一目惚れされたのである。
アンソニーは侯爵家の出身ではあったが、三男であったため彼女からのアプローチを断った。自分は長男が家を継げば、貴族の身分などなくなってしまうに等しい。あったとしても子爵家や男爵家であり王女が嫁いでくるには分不相応だ。
だが、ヴィクトリアは諦めなかった。幾度となくアプローチをかけ、ついにはアンソニーを鎖で縛り逃げられなくして自分の父やその他大勢を説得したのである。
隣国の王は、アンソニーと結婚するため王位を狙うといった娘を嫁がせることを王位争いを激化させないために許可し、自国の王は王女が嫁ぐに相応しい爵位を用意した。
隣国でヴィクトリアの婿になって暮らすという案も出たがアンソニーが最後の最後まで抵抗した結果、今の形になった。
(あの時は驚いたなぁ…名前を呼ばれたと思ったらいきなり鎖で縛られたし)
というか逃げられなくしてしまえばいいと答える妻も妻だが、それで飛び蹴りをかます娘も娘である。薄々感じていたが、やはりシャーロットはヴィクトリア似であった。
これからのことを考えると、少しライアンに同情したアンソニーは相談されたら真摯に答えようと思った。
ちゃんとアンソニーはヴィクトリアのことを愛していますが、押しが強いんですよね。
シャーロットは無自覚に恋心を抱いています。