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後片付け

 翌日、緊張しながらダイニングに降りると黒いオーラを纏ったカルロが居た。


 魔力が見えるとかそんなもんじゃない、もっと禍々しい何かだと思う。


「おはよう……」


 窺うようにカルロに挨拶するとずい、と半量のコーヒー入りカップが差し出された。ネルドリップのはずなのにエスプレッソのような濃さで、全てを飲み込む暗黒を湛えていた。



「昨日は遅くまで遊んでたらしいな。楽しかったか?」


「え?」


 顔が熱くなる。カルロは何のことを言っているんだろう。色々ありすぎた。


「昨日、ユリィが王都で結婚式に出席したあと、爆発騒ぎにモンスターの侵入と、ずいぶんな騒ぎが起きたそうじゃないか。俺にまで報告があった。ユリィが関わってるんだろ?」


「あ、その話……?うん、まあ」


 私はなんとも微妙な返事をする。

 カルロは牧場勤めだけじゃなく防衛隊にも属している。そして防衛隊の中では一番強いので、王都でモンスターが暴れているとなれば報告が行くのも当然だ。


 だけど昨日カルロには化学肥料を遠方に運んで配る仕事を頼んでいた。遠くへ行って帰ってきたら王都に火灰狼が侵入して公爵邸を襲っていたとかいう報告を受けたカルロの気持ちを考えるとかなり申し訳ないと思う。


 火灰狼、と言えば私とミルだし、公爵とは因縁がある。


 私はいつも通りのカフェオレにしようとカップに牛乳を注いたが激濃コーヒーは明らかに白に打ち勝っている。一口飲んでその苦さに噎せながら私は言う。


「えっと、長い話になるから作業しながら話すね……」





 陽が昇る前に、朝露に濡れたトウモロコシをひたすら収穫する。昔と違って背丈の伸びた私は楽々とトウモロコシをもぎとることができるようになった。


 ただ、手の動きに反比例するように口は重いけど、私はぽつぽつと昨日の出来事をカルロに説明した。あまり誤魔化してもあとでばれたときに怒られるだけなので出来るだけ正直に話した。





「なるほど……子供に眠り薬を飲まされて拉致されたけど脱出して、今度はその子供が口封じか何かで殺されそうだと公爵邸に乗り込んだ、と。そこにユリィの帰りが遅いのを心配したミルが仲間を扇動して屋敷を破壊して火をつけた……」


 カルロが眉と目がくっつきそうな程に顔をしかめながら低くうなる。


「そのクソガキと公爵を闇討ちしたい気分だけど今は我慢しておく」


「怒らないの?」


 私の迂闊さを怒られると思っていたので、意外な反応に手が止まってしまう。


「不可抗力だろ。それに怒るっていうかかわいそうになってきた」


「か、かわいそう?」


 かわいそう、と正面切って言われるような内容だったかと私は記憶を反芻する。


「俺はもっと結婚式で楽しんでるのかと思ってたけど、そんな子供についていくほど悲惨な状態とは知らなかった……」


「あ!あー聞きたくないそれは言ったらだめなやつ」


 私はトウモロコシを収穫する手を完全に止めて両耳を塞ぎ、首を激しく振る。


「違うのきっと公爵の謀略だから!私に話しかけるなって長年こそこそ手を回してるせいだから!」


 首を振りすぎて気持ち悪くなってから私は止まった。


「うえっ」

 回る視界をこらえるため、膝に手をつく。


「悪かった、言わなくてもいいことを言った。気晴らしになること何か考えておくから暴れないでくれ」


 カルロを見上げると、かわいそうなものを見る目をしていた。でも私はそんなこと気にしない。プライドなんて畑の肥やしにもならない。


「ほんと?私、また男装してどかんとやりたいな」


「わかった。だから本当に、ひとりで危ないことはするなよ。あと知らない人についていかないこと」


「はーい」


 もう一度言うがプライドなんて畑の肥やしにもならない。カルロは本当に大人になったなあと自分の精神年齢を棚に上げて私は思った。まあ、私の体だけは15歳だ。この体はまだホルモンバランスが乱れがちで心を御しがたいせいだ。




 夕方、指定された時間帯に私は王城を訪問した。昨日はお互いの都合が会わなかったので一日ぶりだ。


「ジェイク!来たよー」


 執務室を覗き込むと、駆け寄ってくる仔犬のようなジェイクの姿に胸が温かくなる。


「ユリィ!昨日大丈夫だった?ごめんね僕のせいで……」


 ぎゅうぎゅう抱きついてくるジェイクの背中を撫でて私は気づかれないように少し息を吐く。

 困ったなあ、ジェイクに責任を感じて欲しくなかったのに。公には私の名前は一切上がっていないけどジェイクが勘づかない訳がないようだった。まあ騒ぎがあった場所は元財務大臣宅と公爵家だし。


「何でもなかったから大丈夫。別にジェイクのせいでもなくて、公爵は私がなーんか気に入らないみたい」


 有能すぎる執事のエトヴィンがジェイクにも私は無事だと連絡を入れてくれていたらしい。無闇に動かぬよう、と釘を差しつつ。


 また、ここに来る前にグラソー家に寄って確認したところ元財務大臣ゼローラも、公爵ディセンバルトも、取り調べに際して私の名前は一切出していないそうだ。


 だから謎の爆発事件と謎の火灰狼(コールティコ)襲撃事件として表向きは幕を閉じるはずだ。


「ユリアレス、聞きたいことがある」


 エミリアーノ王陛下が、いつもの騎士に伴われて入室してきた。やっと健康的な体重に近づきつつある陛下だけど今日は目の下の隈が一段と濃い。私が忙しくさせてしまった可能性が高いので少し罪悪感がある。


 陛下がふらふらと私に歩み寄り、間近から見下ろされた。


「今回の騒ぎは、ユリアレスがここに通っていることと関係あるか?」


「……」


 私は咄嗟に目線が泳いでしまった。ディセンバルト公爵が最後に言い捨てた、女の武器を使って陛下に取り入ってどうこうという最悪な台詞を思い出したせいだ。まずい。これが公爵の罠か。


「そうか」


「で、でも私はやめませんからね!陛下!私相手に逃げても隠れても無駄とご存知でしょう!」


 そもそも陛下は、毒殺されかけてそのトラウマで王宮で出される食事がほとんど食べられないから、私はせっせとお菓子などを運んでいる。


 私も今回、眠り薬入りの紅茶でとてつもなく面倒なことになった。もう砂糖入りの紅茶は二度と飲めないだろう。しかし気持ちがわかってしまった以上、ますますエミリアーノ陛下を放っておけなくなったのも事実だ。



「しかしだな……」


 暗い目をしてまた心を閉じようとしてる陛下に私は歯噛みする。会いたくないなどと言われてまた城壁を登るはめになるのは面倒なのだ。折角のお菓子も崩れるし。


「陛下、いつまでもという訳ではないと以前お伝えしましたよね?もうすぐ毒よけのお守りの材料も揃いますから」


 モンスターを倒してお守りを作るための素材となる石を集める作業は本当は忙しくて全然進んでいないけど、私は早口でまくし立てた。それについては別の予定を立てている。


 陛下は数度瞬きをして、眉をひそめた。


「そうだったな」


「ええ、そうです。あと少しの間ですから」


「……」


 今度は薄い唇を引き結び不満そうな顔をする陛下に、私は心の中だけでため息をついた。あれもいやこれもいやって子供返りかな?遅れてきた反抗期か?


「とりあえず、お菓子がぬるくなるので早く召し上がってください」


 今日は氷鳥の鱗を大増量してアイスクリームも持ってきた。私は暑さを感じない身となっているけど、陛下もジェイクもこの夏でも長袖なのでうっすら汗をかいている。


「そうですよ陛下、そうしましょう」


 ジェイクが穏やかな声を出す。絶対ジェイクの方が精神的に大人じゃないかと私は思った。そういえばジェイクは私以外には結構しっかりしてる。


 私は部屋に置かれているワゴンを引き寄せ、アイスクリームに桃のコンポートを乗せ、タイムというハーブを添えた。それから夏野菜のケークサレ、紅茶カステラ、トウモロコシプリンをテーブルに並べる。今日は一日ぶりなので少し多くした。


「ユリアレス……前から思っていたがこれらの褒美は何がいいんだ?」


「陛下はお優しいですね」


 やっぱり桃のコンポートとアイスの組み合わせは最強なのか、珍しくゆっくり味わっている様子の陛下に私は少し笑ってしまう。


「な……!!ま、また農業施設がいいのか?ジェイク!予算に余裕はあるのか?」


 なぜか慌てて視線を彷徨わせ、ジェイクをロックオンした陛下は強い語調で質問する。あまりジェイクをいじめないで欲しい。


「あちこちに着服されていて財政は厳しいですがユリィのためなら再計算して捻出します!」


 ジェイクは前半は陛下を見ていたが、後半から私へと視線を向けた。決意に燃えた瞳だ。


「いけません、壁に耳あり障子に目ありですよ……私はもう何もいりませんから」


「しょうじ?」


 ジェイクは知らない単語に不思議そうに首を傾げる。


 私もこの時間は楽しいと思っているけどもうすぐ嵐――黒嵐竜がくる時期だ。また忙しくなるなと私は一口、アイスクリームを口にした。これはバニラビーンズがないけれど、桃とタイムの芳香が合わさって秘密めいた中毒性がある。

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