夜襲
二日後の夜、ついに麻薬加工場破壊作戦の決行が決まった。
「絶対に身元がバレないように男装して」
とカルロに言われたのでキーラに手伝ってもらってサラシなどを巻いてもらっている。キーラは元諜報部なので、男装には自信があるらしい。
「こうやって胸を寄せ上げて胸筋っぽくして、肩パッドして、くびれもなくして、お尻も膨らみが目立たないように……」
「ちょっと動きづらいかも」
「ユリィならそのくらいで十分よ。身のこなしでバレなくなるし」
下準備を終えて、カルロが持ってきた装備品を身に付ける。ベルトがいくつも付いていてアサシンっぽくて格好いい。鏡に映る姿に惚れ惚れとする。
「顔も塗るわね。久しぶりにこの塗料作ったのよ」
キーラも楽しそうに私の顔に黒、茶の塗料を塗りたくる。髪も紐でくくり、まとめて帽子にしまいこんだ。身長も私は男としては小柄になるので特定されないよう、上げ底のブーツを履く。
どれもサイズがぴったりなのはカルロの姉、ソニア作の装備品だからだと思う。ソニアはモンスター素材の加工工房に勤めていて、定期的に私の身体のサイズを計ってもらっている。
「わあ、昔のキーラみたい」
別人になったようで面白くて、鏡の前でくるくる回る私を見て、キーラが急に首を傾げた。
「何か変?」
「いえ、これもいいけど本当にこれでいいのかしらと。今度デートとかするなら言ってね。私、髪を結うのも得意だから」
「私はそういうのはちょっと……」
「でも思い出しちゃうわ。ゼフは昔そんな格好の私にキスしてきたの。もう、作戦中なのに困っちゃうわよね」
「あ、はは……」
キーラはゼフさんと結婚して何年にもなるけど、隙さえあればのろけてくる。でもゼフさんは私の前では割と堅苦しいのにそんな一面があるんだなあと思うといつもこっちが照れてしまう。
ノックの音がしたのでドアを開けると、同じような格好をしたカルロが立っていた。私の姿にちょっと驚いたように目を見開く。
「どう?かっこいい?」
私はくるっと回ってみせる。
「ああ、まあかっこいいんじゃないか?でも目は見られないようにな。暗いから大丈夫だと思うけど」
「あ、うん」
私は帽子を目深に被り直した。私の赤い瞳はかなり珍しい。怖いと言われることもあるので正直あまり気に入っていない。
「じゃあ行くか」
「はーい!行ってくるねキーラ。ミルをお願いね」
「カルロもユリィも気をつけてね」
白銀の被毛で巨体のミルは目立つのでお留守番だ。ミルは置いてきぼりにされる気配を察したのか、不貞腐れて丸まっていた。
外に出て、夏の夜の濃い草の匂いを胸いっぱい吸い込む。目的の加工場はやはり公爵領の外れにあるそうなので、ここから少し遠い場所になる。
カルロの鹿色の馬、ディープ号のカルロの後ろに騎乗する。ディープ号は一声嘶くと速度を上げ、夜空に翔け上がった。
夜風を頬に受けながら、男装はいいなと思った。胸もがっちり巻いてあるので、上昇のときに多少ぶつかっても全く気にならない。
「流石キーラだな。さっき本当にパッと見男に見えた」
「そう?カルロは女装しなくて良かったの?」
「無理があるだろ」
下らない会話をぼそぼそしながらも計画の確認をしている間に公爵領にある村が眼下に見えるようになり、村の外れに静かに着陸した。
「はーい二人とも、今夜はおしゃれだね?」
カルロの友達のナザリオが村に溶け込みそうな地味な服を着て、手を振りながら近づいてきた。ナザリオはあとで憲兵に通報する役らしい。憲兵はこの国の警察に当たる。
「ディープを頼む」
「はいはい。気をつけてね」
ナザリオからランタンをひとつ受け取って、徒歩で私とカルロはゆるい山道を登った。今夜は新月でランタンの灯りに照らされた足元以外はほとんど見えない。はずなのだけどなぜか木々の葉ひとつひとつがはっきり見える。ふと、こちらを見ている夜行性の鳥を見つけて私は足を止めた。
梟に似たモンスターは、樹上から羽毛を丸々と膨らませて私を威嚇している。だけどすごく小さくて、ちょっとかわいいくらいだ。
「どうした?」
カルロが足を止めた私を振り返る。
「何だか私……夜目がすごく効くみたい」
「そのまま、じっとして」
カルロはランタンを地面に置いて、私の顔を覗き込みに来た。両手で顔を挟まれて色々な方向に動かされる。カルロの瞳は夜だというのに早朝の空を切り取ってきたような澄んだ水色で、羨ましいなと思った。
「人間の目ってこんなに光を反射するか?」
「変?目立つ?」
鏡なんて持って来てないし、お互いに比較することが出来ない。瞳を映すものは瞳だけで、しばらく見つめあっていた。
「手、塗料で汚れるんじゃない?」
「あ、ああ……とりあえず行こうか。煙玉の数を増やそう」
落ち着かない気持ちになってきたので私は顔に塗ってある塗料を言い訳に手を離してもらった。
闇に溶け込むはずの黒い装備を着たカルロの姿も私ははっきりと視認できる。後ろを歩きながら、さっきのキーラさんの話が頭によぎった。
あんなに堅苦しいゼフさんでさえそういうことをするということは、ストイックが服を着て歩いてるようなカルロだってそういう対象の相手ならそういう気持ちになるのかともやもやした思考が湧いてくる。
というかカルロが修行僧のように禁欲的な雰囲気になってきたのはいつからだっただろうか。昔はもっと私への当たりも雑だったし、飲んでいたお酒もいつの間にか飲まなくなっていた。
「ねえ、カルロは国境地帯の山で麻薬のイビヌを見たとき、何ですぐわかったの?」
まさかカルロがイビヌを使ったことがあるとは思わないけど良く知っていたなと急に疑問に思った。
「俺はイビヌを何度も見てきた。これはユリィに言ってなかったけど、防衛隊を怪我して辞めたやつがイビヌなんかに手を出して、もっと最悪になるんだよ」
「そんな……」
「隊の任務中の怪我なら辞めてからも支給される金があるっていうのを嗅ぎ付けて売人が来るらしいな。だから俺も、麻薬に関わるやつらは叩き潰したい」
「う、うん。がんばろう。がんばる」
そんな事情があったなんて知らなかった。軽いのりで連れてきてもらって邪魔をしてしまったかと私は反省の気持ちでいっぱいになる。
「ユリィ」
「え?」
カルロが足を止めて私の顔をまた覗き込む。私は上げ底のブーツを履いているのでいつもより顔が近い。
「ユリィがいなかったら、俺もそんな風にモンスターにやられて怪我して麻薬中毒になってたかもしれない。でもユリィに関わって俺はすごく強くなれたし、ユリィが倒したモンスターの装備品で隊も怪我人が減ってるから」
「そんな、どうしたの急に……」
「それだけ。さあここからはもう喋るなよ」
気をつかわれてしまったけどもう目的地が近いらしい。私はカルロの後ろを黙ってついていく。
藪を掻き分けて粗雑な石を組み上げた建物の近くにたどり着いた。少し前から、森の匂いではない人間の生活臭のようなものがしていた。周りには薪や大きな壺が散らかっている。
カルロが私に弓矢を1本渡すので、私はその先端を用意してきた油に浸す。弓をカルロが構えるのに合わせ、ランタンの火をつけて渡した。火矢が闇夜を照らしながら、建物の小さな窓に吸い込まれるように侵入した。




