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「出来た……出来た!!」


 私はベッド5台分ほどの広さの金型を前にひとり叫んでいた。ついに完璧なビニールを作成できた。私は、魔力制御を完全に成し遂げた。昨日黒い竜に会ってから今までの不調が嘘のように体が軽い。


 一枚がこれだけのサイズなら、張り合わせ回数も少なくビニールハウスが作れるだろう。透明で薄く均一で、日光を遮ることなく雨から守り、温度を保ち野菜を育む――とにかく素晴らしいものがこの世界に完成した。


 これで品質のよい作物が収穫できる。冷害の影響も受けづらい。隣室で糸を紡いでいる女性たちが、私の大声でお喋りをやめるのも気にならなかった。


「あっ、マルチもできるかも」


 マルチとは露地栽培で使う黒いビニールだ。保温や雑草防止などに使う。先に透明なものが出来てしまえば黒くするのはどうとでもなる。炭の粉でも混ぜればいい。


 今までも麦藁を敷いたりはしていた。

 でもビニールの方がどう考えても楽だ。それにこれは、浮刺胞(プライン)の粘液と雷牙狼(スペロウガ)の角しか使っていないので、燃やしても有毒なガスは発生しない。


「きちんと予定を立てなきゃね」


 私はビニールハウスをどこに建てるか、計画を練ろうと片付けて家に帰った。今まではジェイクに何となく概要を話せばきちんとまとめてくれたけど、これからは自分ひとりでやらなければいけない。

 ひとりごとが増えるのも仕方ないと思う。


 私は地図を片手に計画書を作成しながらお菓子をいくつか焼いた。


「あっ、ビニールハウスがあればこの国でもカカオとかバナナとか栽培できるかなあ?」


 にやにやが止まらないながらも私は早めに家を出た。

 ジェイクと陛下に会う前に、アンジェラのところへ寄ろうと思っている。黒い竜について聞いてみるためだ。


 アンジェラの家に行くときはなぜかいつも曇っている気がするな、と思いながら私はゴシック建築に似た邸を見た。複雑な装飾は骨を組み合わせて作ったように不気味に思える。


 動く彫刻のような美しい顔の執事に案内されてアンジェラのいる応接室に入る。


「アンジェラ、ちょっと聞きたいことがあって来たのだけど」


 アンジェラは初めて会ったときからちっとも変わらず、大きく膨らんだ胸元を黒いレースと赤いルビーで飾っている。


「何かしら?相談料はもらうわよ」


 アンジェラは黒一色で描かれた花模様のティーカップを傾けて答えた。


「足が4本で翼が4枚で赤い瞳のモンスター知ってる?」


 ガチャン、とティーカップとソーサーが大きな音を立てた。

「………会ったの?どこで?」


「私の村の、北の山の頂上辺りにいた」


 アンジェラは真っ赤な唇を一瞬噛んだ。


「ああ……何でそんなところに。ユリィが呼んだのかユリィが呼ばれたのかわからないけど……それは始祖よ。昔お話したわよね?神は最初にふたつの生き物を作ったと。強さの化身として竜を、賢さの化身として人間を……」


「あれっておとぎ話じゃなかったのね」


 私が口を挟むとアンジェラは頭を抱えた。


「おとぎ話だなんて私は言ってないわよ!!」


 アンジェラがティーカップを再び持ち上げようとして、彼女の手が震えているのに私は気がついた。


「もう遅いかもしれないけど……私はこれでもユリィを可愛がってるつもり。だから普通の人生を送りたいなら、絶対に、彼を触ったりしちゃだめよ」


「………」


 もう遅いなと心から思った。しっかり触ってしまったし夢のような魔力の世界を覗いてきてしまった。私の沈黙は充分な答えとなったらしく、アンジェラは緑色の双眸を閉じて何かを考えている。


 だけどもうかなり前から普通の人生は諦めているし、そもそもアンジェラに可愛がられたことなんてない気がする。


「で、でもユリィ。彼に触れるにはたくさんの障壁があるはずよ。直接触れてないわよね?」


「そんな障壁ってほどのものはなかったような………」


 変化した湖の水や絡み付く黒い草、始祖を覆っていた白い膜、どれも障壁というほどではなかった。


「ええ、やだ触っちゃったの?」


「触ったらどうなるの?」


「言いたくないわ」


「気になるから言って!!」


 アンジェラはとても女子っぽいところがある。私相手にくねくねしてもしょうがないと思うけれど、なぜか唇を触ったり瞳を潤ませたりしている。


「だめよ!言えないわ!!」


 両手で顔を覆ってアンジェラは叫んだ。


「あ、そう。もういい。私行くところあるから帰る」


 付き合ってられないので私は席を立つ。時間の無駄だったようだ。


「ユリィ!これだけは言っておくけど、長生きしたいなら魔力に触れすぎないようにして」


 上目遣いでアンジェラにそう言われて私はため息をついた。前までは見えなかったけれど、この部屋にもどこにでも魔力はある。




 ◇◆◇



 翌朝、いつも通りダイニングにいるカルロに挨拶すると、妙にじろじろと観察された。


「な、なに?」


「ジェイクから手紙もらったぞ」


「ええ?」


 私は驚いてしまう。ジェイクとカルロは付き合いは長いもののそんなに仲が良くないと思っていた。


「ざっくり言うとユリィから目を離さないで下さい、放っておくと危険なことをします……だってさ」


 私は非行少女か、とつっこみを入れたくなった。しかしその通りなので何も言えない。


 だけどジェイクも流石だなと思う。ちょっと4本足で4枚の翼のモンスターを知ってるか聞いただけで何かしらの危険性を察知し、てカルロに手紙まで送るとは思わなかった。


「俺が調べものしてる間、ユリィは村の紡績工場に籠るっていうから危ないこともないし歳が近い同性の友達も出来るだろうと思ってたんだけどな」


 カルロが半目で睨んでくるので私はうつむいてしまう。サボって遊びにいってたのがジェイク経由でバレるなんて思わなかった。


「だって工場の人たちからすると私が一応雇用主だし……怖がられてそんな感じにはならなかった」


 言い訳として口にしてみたら惨めな気持ちになってきた。そういえぱ椅子から転げ落ちたときも、倒れた音くらい聞こえただろうに心配して身に来てくれたのはミルだけだった。まあひとりごとぶつぶつ言いながら放電してる雇用主に話しかけたいかというと私でも話しかけたくないけど。


「そ、そんな顔するなよ。俺がひとりでやるつもりだった麻薬の加工場、一緒にぶっ潰しに行くか?」


「いいの?」


「安全策考えるから」


 とてつもなく素晴らしいカルロの提案に晴れ晴れしい気持ちになる。そんなのひとりでやるつもりだったなんてずるい。


「はあ……」


 カルロは深い深いため息をついている。


「育て方を間違えた気がする」


 別にカルロに育ててもらった覚えはないけど、勝手に言わせておこうと思った。


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