アミルとの別れ
来て欲しくない朝が来る。
ときを告げるルシファーの声が悪魔のお告げのように聞こえた。今日はアミルがこの国を発つ日だ。
私の気持ちとは関係なく日は昇るし、鶏たちはお腹を空かせる。作物も育っている。気持ちに関係なく体は動かせるので、なんとか作業を終えた。
ジェイクがやって来た。
「おはよう、ユリィ」
ジェイクの栗色の目は充血している。
「おはよう、ジェイク」
「今日も僕は仕事があるから行けないけど…アミルのこと、お見送りしてあげて」
「うん……」
「きっとまた来るよね?」
「うん……ポンさん経由で手紙もやり取りできるし」
私たちの間に沈黙が流れる。
「僕、今まではユリィとお母さんさえいれば良かったんだけど、贅沢になっちゃった」
ぽろぽろと涙を零すジェイクを見て私も涙が溢れてきた。
私と違ってちゃんと7歳で、守るべき存在のジェイクが泣いているのを見るのはつらい。ジェイクの涙をそっと拭う。
「ああ、ジェイクを泣かすやつがいたらぶっ飛ばしてやろうと思ってたのに」
「ユリィ、それ、僕も。同じこと考えてた」
私とジェイクは泣きながら笑ってしまった。
「僕の分もアミルのやつぶっ飛ばしてきて」
「あいつ死ぬわ…」
アミルの宿泊先である村長の家を訪ねる。
あと1時間くらいでこの村を出て、王都の港に向かうと言っていた。
「村長、おはようございます」
「ああユリィおはよう。ファリードさんたちなら…」
村長がリビングの奥に目をやると、大きな男性がカバンを持って出てくるところだった。
「おおっ!君がユリィちゃんかな?アミルが大変お世話になったようで」
大きな手で握手を求められる。
褐色の肌と太く凛々しい眉毛、その下の瞳は長い睫毛に縁取られた青灰色でアミルにそっくりなお父さんだった。
ただし髪は黒で、立派な髭もたくわえているので少し暑苦しい印象だ。
「私こそアミルくんとお父様には、宝石の件で大変お世話になっております。本来もっと早くご挨拶に来るべきでしたのにこんなぎりぎりになってしまって申し訳ないです。ポンさんも紹介して頂いて…」
「いいんだいいんだ!アミルがこんなに積極的に動いたのは初めてでね!君がアミルの金鉱というわけだ!それにしてもこんな美しいお嬢さんだったなんて…杏色の髪に紅珊瑚色の瞳……かわいい!
そうだ、アミルに任せてはおけない!私の養子になってくれないか?もう国に連れて帰りたい!」
「えっと…」
見た目通り熱い人のようだ。
アミルのお父さんの突然の提案に私はなんと断るべきか言葉に詰まってしまう。
「ああ、考える時間は必要かもしれないね、もし良ければいつでもポンに伝えてほしい。出来るだけのことはするつもりだよ!」
「父さん!勝手になに話してるんだよ!!」
村長さんの家の奥からアミルが走り出てくる。
そのままお父さんから隠すように私の前に立つ。
「ユリィにはユリィの生活があるんだから勝手なこと言うなよ!少し二人で話しがあるから」
「おやおや…荷造りは終わったのか?もう少しでこの村を出発するから早めにな」
アミルに手を引かれて、奥の部屋に入る。
この部屋を借りていたようだけど、既に荷造りは終わったらしく大きなカバンは膨らんでいた。
あとは簡単な家具があるだけでがらんとしている。
「父さんが失礼なこと言ってごめん」
「ううん、全然そんなことないよ」
アミルに手ですすめられて書き物用の机の前の椅子に腰掛ける。アミルはベッドに座った。
「あのさ、父さんが言ってた金鉱ってやつ…うちの一族が好きな表現なんだ。俺の祖父さんが、その昔金鉱を見つけて。ちょうど金の相場が上がった頃だったのもあって一代で財を成したもんだから、人生の転換点みたいな意味でよく使うんだよ。ユリィのこと、金目当てで見てるわけじゃないから」
「そのこと?それは全然気にしてなかった」
「…何度も言うけど本当にユリィが宝石とか出せるから色々してるわけじゃないんだ」
「そんなのわかってるよ」
アミルが何かを言おうしてやめ、再び息を吸う。
「俺、虫が好きだから」
「ふふっ、知ってるよ」
私は苦笑してしまう。私が虫を出せたらもっと楽しく過ごせたかもと想像した。
「だから…あの夜、走ってるユリィを見たとき……すごく生き急いでると思ったんだ。寿命が短いホタルみたいに。追いかけて見つけたときには倒れててああやっぱりなと思った。死んだかと思ったんだ」
「心配かけてごめん」
「でも、目を開けたとき、すごくきれいで、俺この子の為ならなんでもしようと思った」
「アミル……そういうのは再会したときに言って。なんだかもう会えないみたいじゃない」
「絶対また来るよ。それか俺の国に来てくれてもいい。さっきの養子の話、いやじゃなければ…」
「鶏と畑とお父さんの世話をしなきゃいけないから」
「俺の国でもそれはできるんじゃないか」
困ったようにアミルは言う。断られるのをわかっているみたいに。私は首を振る。
「亡くなったお母さんとの思い出があって…絶対立派な牧場にしようと決めてるの。それに、あんなお父さんでも私は大切に思ってる」
お父さんには絶対言わないことを口にする。
「ユリィの為に何もしてくれてないと思うけど……」
言いづらそうにアミルは目線を落とす。
「何かしてくれるから好きとか、何もしてくれないから嫌いとか、そんなのじゃないと思う」
私がこの世界に生まれて5年間、お母さんからもらった愛情はそういうものだった。幼くてなにもできない私に向けられた深い愛情は、大人の記憶があった私に深く刻まれている。それがどれほどのものだったか。
「そうだな、俺もユリィに対してそう思ってる」
自分がすごく大胆な発言をしていると、アミルは気づいているんだろうか。旅の恥はかき捨てと言うような気持ちになってしまってるのかもしれない。
「アミルとアミルのお父さんって熱い人だね。アミルも将来あんな感じになるの?」
私は重い空気に耐えられなくてつい茶化すように言ってしまう。
「と、父さんと一緒にするなよ!!」
アミルは激しく動揺した。
「俺は母さん似だし……」
結構似ていると思うけどそれは言わないことにした。
時間が迫ってきたので、部屋を出た。
村長さんが御者を務める馬車に乗り込むアミル父子を見送る。
「元気でね」
「ユリィ、俺もっとがんばるから!ユリィ見て俺、甘かったってわかった。がんばるから!」
「私もがんばる!」
何をがんばるかもうわからないけど、笑顔で見送ることができた。馬車は空を飛び、雲間に隠れて見えなくなってしまった。
私は家の方向に走り出した。
もう会えないわけじゃない
何度も何度も自分に言い聞かせる。
それでも涙が溢れて来る。自分の無力さに胸が詰まり、息が苦しい。大事な人はどうして離れていってしまうのだろう。
私は立ち止まり、村の景色を眺める。放置された茶色い畑だらけで荒廃としている。もっとこの村を立派にして、この国も立派にして、アミルを驚かせてやりたい。
そしてこの国に住んでもらわなきゃ───