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山合の谷

私とカルロの後ろで重々しい音を立てて門扉が閉ざされた。眼前に広がるのは、雨に煙る山の稜線と切り立った崖、獣道だ。私は興奮が抑えきれない。


「すごくいい雰囲気じゃない?」


雨避けのフードを少し持ち上げてカルロに話しかける。


「その感覚は特殊だからな、一応言っとく」

「うーん」


そう言われると、反論できなかった。


雨で見通しは悪いものの、岩肌は白く所々に緑が繁っている。ここの城壁の白い建材はここから削って作ったのだろうなと思った。


「道があるのが不思議……この山を越えて入国する人なんてほぼいないと思ってたけど。石材の切り出し用なのかな?」


「そうだな」


踏みしめられ、草が生えていない獣道に沿って勾配を登る。私は雷が直撃して割れたと思われる大木を見つけた。雷を操る、スペロウガの仕業の可能性が高い。


この雨で匂いは流されてしまうのでザンディーラの石は使えない。だけど魔力の感知ができるようになったのでこの痕跡からスペロウガを追えそうだ。


私は大木に手を当てる。ミルは鼻を近付けてクンクンと匂いを嗅いでいるが、匂い以外のものも感知しているのかもしれない。


「うん……何だかひりひりする感じ」


ジェイクから聞いたスペロウガの特徴は、巨大な狼に似ていて色は全体が黒く、黄色の筋模様、額に一本の角。この角がビニール作製に役に立ちそうだという。


微かな魔力の気配に誘われるまま、獣道を進む。


「なあユリィ、ゼフさんの最初の頃、覚えてる?」

「ああ…懐かしいね。覚えてるけど?」


カルロは急に思い出話をしたいんだろうか。フードを押さえてカルロの顔を見上げるとカルロは片目を瞑っていた。ウインクではない。


カルロはドッディの石を使って聴覚を強化している。そして、急なゼフさんの昔話。ゼフさんは昔、私を監視していた。つまり――尾けられているということだろうか。


「歩くと時間かかるし、ミルに乗っていこう?ね、ミルは二人で乗っても大丈夫よね?」


ミルは当然、と顎を突き出すように上げるので私は掻いてやった。


ミルに二人乗りして空に飛び上がる。カルロが後ろで、私のお腹に控えめに手を回す。気を遣われるとかえって気になるというかくすぐったいな、と思った。上空から眺めると、山の中腹に小さな湖があったのでそこに行ってもらう。


「もう撒いたみたいだ。徒歩だったしな」

さっさとミルから降りてカルロは言う。


「さっきの城から尾けてきたのかな?国外逃亡なんてしないのに」


「俺の勘だと密輸でもしてるんじゃないかと。まあ、今は関係ないからさっさと倒して帰ろう」


「うん、湖にさっきと同じ雰囲気の魔力の痕跡があるから……」


そのとき、カルロが素早く私の前に出る。茶色の上着の背中しか見えない。


「何か来るぞ」


カルロが呟くと同時に、黒い獣が斜面を転がるように駆けてきた。涎を撒き散らし、額に生えた角はバチバチと不穏な音を立てて放電している。スペロウガだ。


「様子が変じゃない?!」


「感電するから近づくなよ!」


「作戦通りやるから!」


カルロは大弓を構えてチャンスを窺っている。私はあらかじめ用意してきた、失くしてもいい、短剣をスペロウガの足元目掛けて投擲する。


高速で回転しながら短剣はスペロウガの足に当たり、スペロウガの黄色い目が私に向けられる。


その瞬間、カルロの放った太い矢がスペロウガの頭部を横から貫いた。唾液を飛び散らして暫し暴れまわるが、未だに角から放電をしている。動かなくなるまで見続けけるしかなかった。


「毒キノコでも食べたのかな?ミル、食べちゃだめだからね」


私はスペロウガの遺骸の匂いを嗅いでいるミルに注意する。ミルと同じくらいのサイズなので全ては持って帰れない。角だけもらってあとは血の匂いを嗅ぎ付けてきたほかのモンスターたちにお任せしようと思う。


外見もミルの色違いと言った感じなのでかなり心が痛む。私は冥福をお祈りをしてミルに騎乗した。


「カルロ、それくすぐったいんだけど」


私の後ろでミルに跨がり、できるだけ私のお腹に触らないように手を回してくるカルロに文句が出てしまう。


「そんなこと言ったって…じゃあ俺が前に乗っていい?」


「まあ……いいけど」


しぶしぶながら私は一度降りる。巨大なモンスターがたくさん集まって来ているし、涎を垂らして足がもつれているモンスターも見えるので早くここから立ち去りたい。


私はカルロの後ろに回り、お腹に両腕を回す。いたずら心でちょっと強めに、ハイムリック法のように締め付けてみたが腹筋に力を入れてガードされていた。読まれていたなと悔しい気持ちになる。


ミルは私たちを乗せて雲間に飛び上がり、急にスピードを上げた。


「私が後ろだと、前が見えづらい。ミルはちゃんと帰る方向に飛んでくれてるよね?」


方向音痴の私だけど違和感があってカルロに尋ねる


「違う気がする」


「ほら!ミルは私が前じゃなきゃ嫌なんじゃない?」


「大して違わないだろ!!」


騒いでるうちにミルはすっと地面に降りた。ほとんど移動していない。周りは斜面だが、少し開けた平地だ。草木は多く生えている。


「ミル、カルロは嫌なの?」


私は降りてミルの顎や口の脇を撫でる。ミルは少し目を閉じて撫でられてから、軽く鼻を鳴らしてゆっくり歩き出す。どこか気になる場所があるようだ。


ミルは刺々した葉が繁茂する茂みの前で足を止めた。匂いを嗅いでいる。


「ユリィ!これ麻薬だぞ」


「ミル!食べちゃダメ!」


カルロの声を聞いて私は慌ててミルの顔を抱く。確かに、本物を見たのは初めてだが知識としては知っている、イビヌだ。


「さっきのスペロウガはこれを喰っておかしかったのか?でも肉食だろ?」


「ミルとスペロウガって種類としては近いし、何かミルたちにとって魅力がある匂いなのかも」


「栽培してる感じだよな……」


カルロは辺りを眺め、片目を瞑って人の気配を探っている。


「もう帰ろう。ね、ミルお願い。これは体に良くないから」


刺々したイビヌの葉を気にするミルを撫で、帰りを促す。ミルは諦めてくれたようだ。


帰りはやっぱり私が前に乗った。


大きな門を再び開けてもらうのも悪いかと、ミルに乗ったまま空から中庭に降り立った。物見塔から見ている人たちに空中で声をかけたので攻撃されることはない。


ヘリーと数人の兵士が中庭で待っていた。


「無事のお帰り、誠に驚嘆の限りです」


「スペロウガは倒しましたので、ご心配なく」


酒は抜けたのか、ヘリーは冷めた目で私たちを観察している。私は渡されていた国旗の描かれた玉を返却し、ついでにスペロウガの角を見せつける。


「ユリアレス様とカルロ様は噂通り、本当にお強いのですね」


ヘリーは日に焼けた顔に全開の笑みを浮かべるがあまり爽やかではないなと思った。スペロウガが麻薬を荒らしていたとすると、漁夫の利を与えてしまったことになる。


「褒めて頂いて嬉しく思います。それではお邪魔いたしました」


預かってもらっていたディープ号と合流して、私とカルロは村に帰った。

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