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国境地帯

賄いを食べてから、私の部屋で微睡んでいる銀狼、ミルに声をかける。


「お散歩行こう!今日は遠出だよ」


ミルはすたっと立ち上がり、素早く階下へ降りていく。気のせいか体のキレがいい。


自分で玄関ドアを開けて外で私を待つミルはいつもよりどや顔が激しい気がする。真っ黒な瞳に白銀の睫毛を僅かに伏せ、流し目で顎を上げている。


「え?何どうしたの?」


背中に跨がり、銀の被毛に埋もれたハーネスを掴むと、ミルが一気に浮上した。


「ええっ?ミル飛べるようになったの?」


私の驚きの声を上げてしまう。ミルの顔は見えないがきっと得意げになっているに違いないと思う。そういえばミルは昨日、私と一緒に魔力の光を大量に浴び、しかも体中で吸収していた。

私の体に変化があったのだから、ミルに変化があっても当然と言える。そして翼のない馬が空を駆けるこの世界なのだから、ミルも同じことができてもおかしくない。


そのままミルは自分の足取りを確かめるように家の上空をぐるぐると回り、体を慣らしていた。カルロも鹿毛の馬、ディープ号に騎乗して空に上がってきた。


いつもディープを見上げて移動していたミルは、もしかしてずっと空を飛びたかったのかな、と思った。


「カルロ!ミルすごいでしょ?」


私は片手でミルの長くふさふさな毛を撫で、胸を張る。何だかミルの得意顔を再現してる気がする。


「ユリィもミルも、何があったんだ?」


「並んで移動できるようになったし、話ながら行こう」


まだ小雨は降っているものの、ほとんど揺れのない空の旅は快適だった。まだカルロに話していないジェイクのこと、王太子のこと、そして効果のわからなかった石を破壊して、自らの思いを込めた結晶を創造したことなどを語った。



「ユリィといると、驚くことばっかりだな」


やれやれと言った感じでカルロは苦笑を浮かべた。結晶を創造したときは気を失って倒れたということは伏せたので、叱られずに済んだと密かに胸を撫で下ろす。


もし、ジェイクが倒れるまで働いていたら私はジェイクに対して怒るし、心配するだろう。そういう感情をカルロは私に対して持っているのかもしれない。


私はジェイクほど可愛いくないし、生意気だとは思うけど。子供のときからの付き合いだと、いつまでも子供に見えてしまうのは仕方ないんだろうなと思った。



障害物のない空を、ミルとディープ号はかなりの速度で翔けていく。物がないのでどれくらいの速さなのかは実感がわかない。顔に当たる風と雨は冷たいけれど防水の上着を着ているので寒くはなかった。


予想以上に短い時間で国境地帯に辿り着く。


私の住むバーフレム国は、海と峻険な山岳地帯に囲まれた小さな国で、陸の国境は山岳地帯の一ヶ所にしかない。


そのため侵略されることも、することもほとんどなくバーフレムは永世中立を宣言している。

防衛の要である国境地帯も、国内より更に強大なモンスターが乱戦している場所なので、他国というよりモンスターからの侵略の方が脅威らしい。


「見えてきたね!初めて来た」


「俺は隊にいるときに一回だけ来た」


花崗岩のような、白っぽい石を煉瓦状に積み上げた大きな城は尖塔と長く続く城壁が特徴的だった。


ここは軍備が大量に必要なので王族と血縁関係の濃い公爵が領地にしている。事前連絡をする暇もなく来てしまったので、挨拶をしないといけない。


門兵はいなかったので、花崗岩が放射状に飾り付けされた入り口で大声を出す。


「こんにちは!!」


降りしきる雨の中、長口上を大きな声で言うのが面倒だった。どうせどこかの物見塔からも見えている。何といっても銀狼のミルがいるから、私が誰かなんてすぐわかると思った。


大きな扉が開かれ、軍服を着た壮年の男性が出迎えてくれた。


「これはこれは、ユリアレス・グラソー様とカルロ様とお見受け致します。私はここの隊長を勤めておりますヘリーと申します。こんな辺境に何のご用でしょうか?」


「突然の訪問失礼致します。ごく私用で山岳地帯に出没している雷牙狼(スペロウガ)を討伐しに来ました。これはいつも国境の防衛をしている皆さんへの、私の気持ちです」


カルロはディープ号にくくりつけていた木箱を渡す。牧場で採れたメロンなどの果物が入っている。まだ市場にはほとんど出回っていないものだ。


「それと、これも……」


わざとらしく声をひそめて皮袋も渡しておく。金貨がある程度入っている。彼は何度か瞬きをして、皮袋を懐に納めた。


「ユリアレス様ほどの方が逃亡するなど誰も疑わないことです。どうぞ自由にお通り下さい。もし兵が必要であればお貸し致します」


「二人で結構です」


ヘリーの充血した目が私とカルロを検分するように上下する。彼から少しお酒の匂いがしている。サボって飲酒しているようだ。真面目な人でなくてむしろ幸運だったと思う。


「……わかりました。どうぞごゆっくり」


ヘリーに案内されて私とカルロ、ミルは中庭を抜け、何メートルもありそうな門扉に着く。ディープは怪我しないようここで預かってもらうことにした。ヘリーの合図で重厚な門扉が、兵10人がかりで開かれた。


「お戻りの際はこちらの玉を中に投げ入れて下さい。恐れ入りますが、モンスターに引き連れた状態では開けられませんので、ご理解下さい」


「はい!」


国旗が描かれた軽めの玉を受け取った。私はお化け屋敷に入るときみたいでドキドキしてきた。

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