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大人

すっかり待たせてしまったミルは巨大な穴を掘って暇を潰していた。ミルに平謝りしてそこに置いていた発掘クワで穴を埋め戻し私は家に帰った。


深夜に吊るしたモンスターの足は血抜きが終わっていたので解体して冷蔵庫にしまい、一部は今夜の夕食用に弱火にした竈に入れる。どんなモンスターも弱火でじっくり柔らかくなるまで焼けば大体おいしい。ひよこ豆も水に浸して戻しておく。さっきの隊員たちを見て急に食べたくなった。


「この間に終わらせなきゃ」

自分の部屋から持ってきた書類をダイニングのテーブルに広げてため息をつく。養父であるグラソー子爵とポンさんの共同商会の報告書と、資金の借入願、それから今年の収穫量の見積りなど書類の仕事も結構ある。これらは私とポンさん、それからグラソー子爵の執事の3者間で回しているので滞りなく処理しないといけない。


封建制のこの国だが、領有地によって決まった年一回の貢納のほかに王がどこかに橋をかけるとか港や城の修復だとかでちょくちょく多額の資金を請求してくる。グラソー子爵が男爵だった頃に貧乏だったのもこのせいだったのかと今では理解している。


しかし子爵に上がって楽になるかと思ったら基本の税収が上がった分、当然王からの請求額も上がるわけで、それほど余裕はない。領地の税金はあまり上げたくないと心が広い我が養父は言っている。


そのしわ寄せは共同商会に来る。つまり私が宝石を『発掘』してポンさんに渡し、その売却益が子爵家の予算になるというマネーロンダリングだった。でも額面が数千万ゴールドと高くなってくるといい加減帳簿が怪しくなってくる。脱税を疑われかねない。


「真珠の養殖はいい隠れ蓑よね……」


真珠は農作物よりずっと単価が高いので、相場の値動きも激しい。真珠が高値のときの値段で計上すると何とかお金の動きは不自然ではなくなった。私は帳簿に数字を書き込む。


「だけどこんなの何か違う。そう、農業っぽくない」


腕組みをしてしばし考える。野菜をもっと高値で売れたら……真珠ほどじゃなくても……


「ビニールハウスが欲しい」


私は痛切に呟いた。冬に新鮮な野菜が売れたら、冬にも収益が上げれたら。それだけじゃない、夏の冷害対策にもなる。


ビニールの代用になるものを探そうと思う。あとでジェイクに訊ねようと心に決めた。ジェイクは王立図書館の本を網羅してるんじゃないかと思うくらい何でも知っている。



「おーい、帰ったぞー」


お父さんが約束通り早くに基地から帰って来た。残りは寝る前に片付けることにして、私はお父さんを出迎える。


「おかえり、お父さん。材料は揃えてあるから早くやろ」


アミルにあげる傷薬をお父さんと作る約束をしていた。久しぶりだが、レシピはちゃんとノートに残してあった。懐かしい自分の子供時代の字を見ると少し恥ずかしい。まだこの世界の文字を書き慣れていなかった。


お父さんは今は基地で化学肥料作りに忙しいけれど、畑や牛舎に使う虫除けは時間を作っては二人で作っているのでお父さんの部屋には今でも薬品棚や乳鉢や秤、濾過装置、蒸留装置がある。


私は用意した植物を刻み始めた。


「懐かしいなあ、これを作るのは。あの頃からユリィもずいぶん大人になったな」


お父さんは蒸留装置の用意をしながら目を細めて私を見る。


「あんまり大人になったとは思えない。私って自分のことばっかり考えて、人に迷惑かけてる気がする」


ふと昼間、名前も知らない防衛隊員にかけた自分の言葉が胸に刺さる。大事な人を守れるの?

私は力だけは強いけど大事な人たちを全然守れていない。――それに比べてカルロは、今ほど強くなかった頃から私を守ろうとしてくれていた……


「俺なんてユリィに迷惑かけっぱなしだから気にするな!みんな人に迷惑かけて生きるもんだぞ!わはは」


私はちょっと笑って、刻んだ材料を乳鉢で更に擂り潰し、別の植物の絞り汁を加える。


「お父さんは私が言い出した化学肥料作りで今忙しいけど、ほかにやりたいことないの?」


私は自分の牧場を大きくするために、農業をやるためにお父さんやカルロやアミル、ジェイク、ほかにもみんな巻き込んでしまっていると気づいた。


「俺は俺の判断で好きなようにやってるだけだ。多分、ユリィの周りのやつらもそうだろう」


「……」


大体のことを見てるお父さんが言うと説得力があるように感じた。というか今の私の質問でこの回答が出てきたことに驚く。


「俺も父親らしいこと言えるようになってきただろ?さあ出来たぞ」


ぷるんとしたゼリー状で薄い緑色の傷薬を、金属の軟膏容器に収める。


「ありがとう、お父さん」


「それ、グラソー子爵家のメイドにあげるんだったか?」


「う、うん」


アミルにあげると言うとまた要らぬ誤解を生みそうだし、しかもお父さんにはそう思われたくないのでそう言ったのだった。


「ユリィは優しいな」


「そんなことない……ふつう」


胸がちくちくした。私は自分を守るためにまた嘘をついている。





モモ肉のローストとひよこ豆のフムスの夕食をアミルとお父さんと私の3人で食べ終えたあと、部屋に戻ろうとするアミルを呼び止めた。お父さんに聞かれないよう廊下の隅に移動する。


「アミルあのこれ、私とお父さんが作った薬。傷跡を消すのに効くと思う」


「そんなこともできるの?ユリィは」


私が差し出す小さな金属容器をアミルは受け取り、そっと蓋を開ける。


「んー、ミントが少し入ってるけどユリィ特製だから普通のとは違うんだろうな。何から何までありがとう」


医者になるために長く勉強してきたアミルに訳のわからない魔力を使った薬を渡すのは心理的抵抗があったけど、アミルは何の含みもない笑顔を私に向けてくる。


「傷があっても……私からしたらアミルはアミルだけど、ただアミルがそれを見て辛いこと思い出すかなと思って作っただけ。お節介だったらごめん」


それだけ言って自分の部屋に行こうとした私をアミルが止める。


「待って!昨日の夜のことだけど」


「うん」


私とミルがモンスターの処理をしていたときの話だ。なんて言われるのかと私は身構えてしまう。あまり聞きたくない。


「俺は全然怖いと思わないから」


「うん」


返事はしたけれど、ちゃんとアミルの顔を見るのが怖くてできなかった。昼間の隊員たちの怯えた表情を思い出す。普段鍛えていてモンスターとも戦ってる人たちでもああなのに――



部屋に入って鍵を締め切り、大きなミルの銀色の被毛に抱きついた。


「ミル……私もっと強くなりたい。精神的に」


ミルはクンクンと鼻を切なく鳴らし、濡れた鼻先をくっつけて慰めてくれる。

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