領地巡回
冷静になってみると、久しぶりのアミルに対して、もっと歓迎したかった、と後悔がこみ上げてきた。
「どうしよう…」
だけど突然すぎて心の準備が、とその場でうろうろしていると物陰から私を覗いているキーラと目が合った。
「ユリィにもそういうところがあったのね…。仕事にしか興味ないのかと思ってた」
「き、キーラいつからそこに?!」
キーラは若草色の瞳を嬉しそうに細めて私を抱き締める。キーラは、出会いは大変な状況だったが、一緒に働いてみると気さくなお姉さんという感じで仲良くやっている。
「さっきの男の子、かっこよかったわね?私もゼフと離婚したくなっちゃった」
「何言ってるの?!そんなのゼフさんが聞いたら泣いちゃうから?!」
キーラにからかわれながら、二人で朝昼兼用の賄いを作る。私とカルロ、ゼフさん、キーラ、お父さんと5人分なので結構な量になる。
キッチンメイドやシェフは雇っていない。比喩ではなく、自分で作って食べないと強くなれないからだ。私が自分で食材を切ったり卵を割ると、食べ物に魔力が宿る。
10年間毎日作っているオムレツの今日の出来は少しだけ悪かった。さっきのアミルのセリフが、脳内で勝手に繰り返し再生されるせい。
食後の休憩時間に私は自分の部屋に駆け込んだ。
「ねえ!ミル、どうしよう」
陽が当たる窓辺の絨毯に寝そべっていたミルにすがりつくと、ミルはだるそうに長い尻尾をポフ、と私に当ててくる。
最近のミルはすっかり貫禄が出てきた。子犬の頃、ちょっと困ったような表情で、しゃっくりをしては炎をあちこちにお漏らししてそれを私が消して回っていたことは気持ち良く忘れたらしい。
娘よ…とか今にも中性的な声で喋りだしそうに見える。
私はここで重大な事実に気がついた。
ミルの名前はアミルから取った。
そして私は毎日ミルと一緒にお風呂に入って一緒に寝ている──
「あれ?!これ本人に知られたら恥ずかしすぎて百万回死ぬ!ど、どうしよう?!ミル、絶対喋りだしたらダメだからね!」
ミルは耳を動かして後ろに向ける。聞く耳はないらしい。
「なぜジェイクはあのときあんなことを…でもジェイクに悪気があるわけない!!」
あのとき子犬だったミルの名前をアミルにしようと提案したのはジェイクだ。それはあんまりだからとミルにしたけど。
混乱して私はミルの白い胸毛をわしゃわしゃするがミルはされるがままになっている。
「森!森に帰ろう!!」
ミルとふたりなら森で生きていける──そう思ったけどミルが立ち上がる気配がないので仕方なくミルの前足と胸毛の間に頭を押し込み、毛に埋もれて目を閉じる。このまま吸収されたい。
「ミルと盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ出発しないといけない時間だぞ。…具合悪いなら俺ひとりで行ってくるけど」
半開きのドアを叩く音と、カルロの声が聞こえた。
「うん…大丈夫、今いく」
現実逃避してる場合じゃなかった。急いで仕事を終わらせてアミルとゆっくり話したい。私は起き上がってミルに声をかける。
「お散歩いこ」
その言葉でミルは素早く身を起こし、尻尾をぶんぶん振って階下に降りていく。
私はミルに、カルロはディープと名付けた鹿毛の馬に乗って共に遠くの領地へ出発する。
ディープ号はカルロの誕生日に私がプレゼントした馬で、私が名付けた。私の能力を使って特別な飼料を与えているので一般の馬よりずっと速い。
しかもこの世界では馬というと空を飛ぶので、陸を走るミルより快適かもしれないけど私はミルと一緒にいたいのでいいのだ。
私とカルロが目的地に到着すると、領地の人たちが歓迎してくれた。
「お待ちしておりました!」
「女神様と騎士様にお会いできて光栄です!!」
大層な呼ばれ方も、最初は否定していたが慣れてしまった。私とカルロが来た場所には豊かな実りが約束されるとして、農民にはとても人気がある。
「私も皆に会えて嬉しいです。この地の収穫は、皆の日々の働きがあってこそです。こちらに、『大地の加護』を持ってきました。私の手を離れると効果がなくなっていきますので、早めにお使い下さい」
私はなるべく優しく声音を作ってみんなに説明する。
私は代表者に『大地の加護』と称してお父さんが作った化学肥料を渡す。別に放置しても効果は変わらないのだが、硝安が含まれていて爆薬の材料にもなるので早めに撒くように指導している。
一度に大量に渡さない、直接私が行けない場所には信用できるものに持たせてすぐに使用させるなど管理は徹底している。
また王に危険人物扱いされたら面倒だから。
私が肥料の使用を見守っている間に、カルロは発掘オノやクワで未開拓の畑を拓く作業をしてくれている。
何度も発掘を繰り返した強力な農具は、身体強化している人でないと使えないからだ。持っただけで倒れてしまう。
普通のオノを1、2回発掘するくらいなら、切れ味が少し良くなったりするだけなので私は人々に求められるまま、農具を折って強化した。
これらを数ヶ所やって回る。
「お礼は結構ですから!」
気持ちだけでも、と作物を渡してくれる人々を振り切って私とカルロはヴィース村に戻った。カルロにはたくさんの女性から手紙が渡されていた。
「ねえ、カルロはよく女性から手紙もらってるよね?」
「ああ、手紙くらいはせっかく書いてもらって受け取らないと悪いし。俺が独身だって、誰が言いふらしてるんだろうな」
カルロは事も無げに言う。つまりラブレターらしい。
「お返事は返してるの?」
「いやだって、一度にたくさんもらうから誰が誰かわかんなくて返しようがない」
「ふーん…何で私にはそういうのないのかな?私って女として怪力すぎる?変な力持ってて気持ち悪いかな?」
ずっと気になっていたことを口に出した。私は豊作の感謝の手紙はたまにもらうけど、いわゆるラブレターみたいなのはもらったことがない。
「ああ…」
カルロは茶色の帽子を直して、何かを思い出すように斜め上を見る。
「俺は強い方が好みだけど……ユリィは普通に子爵令嬢だから、農民は手紙書いても無駄と思われてるんじゃないか?」
「そう…だよね」
カルロなら私に魅力がないとかガキだからとか言うと思っていたけれど思いの外真面目に答えが返ってきた。
子爵の養女である私の身分を考えるとまた憂鬱になる。
「そろそろ、農地没収だって脅されて結婚させられるのかなあ?」
今のところ養父であるグラソー子爵は縁談を断ってくれているが、それも彼にとっていい条件のいい相手、機会を探しているだけだと思われる。
「ユリィは、養父が決めた男と結婚生活送れるのか?」
「自分でも想像できない…あはは…」
私は乾いた笑い声をあげるが、カルロは厳しい顔つきで俯いてしまった。
今日の仕事は終わったので、カルロと解散してミルと家に入った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
掃除と洗濯を頼んでいるメイドのダリダが珍しく残っていた。彼女は泊まり込みではないのでもう家に帰っていてもいい頃だけど。
ちなみにメイドはあと2人いる。雇用を作るのは大事だからだ。
「お嬢様のお友達のアミル様がお待ちです」




