王都1
雨音で目を覚ます。
予定通り晴れ晴れしい雨の朝だ。ルシファーの雄叫び前に起きた。
今ならルシファーが寝ているので、寝起きドッキリも可能だけどそんなことをして今までより早く鳴くようになったら大変なのでやめておく。
予定通り鶏の世話、野菜の収穫を済ませた頃ジェイクがやって来た。ジェイクは雨避けの黒い斑点模様のコートに埋まっている。フロモササという、大蛙の皮でできていて防水性がある高級品だ。あれは亡くなったお父さんのだったから、まだ大きすぎるけど。蛙の着ぐるみを着ているように見えてしまう。
アミルも幌から顔を出して挨拶してくれる。
「おはよう!」
「おはよう!ごめん、ちょっとだけ待って!」
「大丈夫だよ、ユリィ。いつもより余裕持ってきたから」
支度を済ませ、3人で御者台に乗り込む。
遠足気分だ。
雨も一時的に止んだので、空飛ぶ馬車の乗り心地は爽快だった。
「早いねー!」
ほとんどオープンカーのような向かい風を受けて、私は少し大声でジェイクに話しかけた。
「僕は慣れちゃったけど、雨の日はつらいよ、今はいいけど、また降ってきたら幌の中に入ってて」
「「大丈夫!」」
私とアミルは滅多にない体験に夢中になっていた。
王都の城門を通り、ここからは空を飛ぶのは禁止なのでゆっくり市場へ向かう。
「僕、荷を卸してくるから市場を見てて!大体1時間で終わるから」
「わかった」
「あとでな」
雨の日とはいえ、村とは比べ物にならないくらい人が多く、賑やかだ。すでに商品を並べて開いている店もあるので私とアミルは一緒に物色することにした。
「輸入のスパイスもある!」
「スパイスが好きなのか?」
「種が入ってるから育てられるかもしれない!買うわ」
「好きだなー」
発掘した宝石を売ったので今の私は何でも買える。ほかの村の収穫物も、植えれば育つ可能性があるので買い漁った。果物も将来的に接ぎ木にすれば良いのでとりあえず植えておこうと思う。
気づけばたくさん買ってしまった。仕事を追えたジェイクと合流すると、驚かれてしまった。
「すっごい買ったね!僕の馬車に置いておくといいよ」
「ありがとう、そうする」
「さて、俺は二人に紹介したい人がいるんだが、ついてきてくれるか?」
「人?」
「だれ?」
私とジェイクは首を傾げる。
「俺はこの国を離れるけど、こっちに住んでる親戚がいるんだ」
そういってアミルは馬車置き場を出て、細い路地へと案内する。燻製店の出す煙をくぐり、梯子を登る。
「ちゃんと道を覚えてくれよ」
「僕は今のとこ大丈夫」
「うーん……」
私は道を覚えるのが苦手なのでジェイクに頼ろうと思った。怪しげな小さな看板が立ち並ぶ小道を更に曲がり、増築を繰り返しておかしなバランスの建物にたどり着く。鷺のようなドアノッカーを叩くと返事があった。
「どうぞ」
「おはようございます、ポンさん」
部屋の中は異国風の壁紙や置物が飾られ、その中にアミルと同じ褐色の肌の20代半ばくらいの青年がいた。
「やはおはよう、アミル。そしてそちらが…」
「ユリィとジェイクです」
「これからよろしくね」
ポンさんと呼ばれた青年は、柔和に微笑む。
「ポンさんは俺の国の商人がこっちで商売するときに色々とトラブルがないよう仲立ちをしてくれる人なんだ。宝石の買い取りやなんかはこれからポンさんに頼むといいよ。元々紹介しようと思ってたけどユリィは忙しそうだからジェイクにだけ伝えておくかとも思ったけど……今日できてよかった」
「うんうん、このユリィちゃんがアミルの金鉱で将来のお嫁さんってわけだね」
「そういうのじゃないです!!」
アミルが激しく慌てる。
「そしてそっちのジェイクくんは将来の大商人だ、珊瑚を村のもうひとつの収入にするべくよい働きをしたそうじゃないか」
──知らなかった、ジェイクが珊瑚の話に噛んでいたなんて。田舎ネットワークじゃなくて仕事の話としてアミルを知っていたんだ。
「いやぁ~アミルもがんばらないといけないなあ?」
ポンさんはアミルの頭をポンポンと──いや、うん。
「……これからふたりをお願いしますね」
「もちろんだよ。ボクにとってもおいしい話だしね」
ゴホンとポンさんは咳払いをする。
「ボクも全部聞いてるわけじゃないけど、ユリィちゃんがなんかすごいってことは聞いた。変な人に知られたら誘拐されてひどい目に遭うかもしれないから、これからはボクを頼ってほしい」
「私が……?体力には自信がありますよ!」
ポンさんは私の身体能力までは聞いてないのかな?
「常人にはなかなか出来ない鶏の世話ができるのは知ってるけどそれでも複数の大人に襲われたら大変だよ、毒を使われるかもしれないし」
「確かに大人複数と闘ってみたことないですけど、というか鶏の世話ってそんなに大変じゃないですよ。愛があれば」
私の発言に3人が目を丸くする。
「ふふっ、ユリィ…外ではあんまりそれ言わない方がいいよ」
ジェイクが優しく諭すように続ける。
「僕が市場で卵を卸してる業者の人は、ユリィみたいな女の子が飼育してるとは思ってない。もっと筋肉もりもりの大男が飼ってると思ってる」
「はあ?!」
3人がこらえきれないように笑い出す。
「ユリィちゃん、昔の飼いやすい品種の鶏は疫病で絶滅しちゃって今の鶏はモンスターなんだよね」
ポンさんも苦笑しながら説明してくれる。
「モンスター?」
「怪鳥ケツァルクックだよ」
「お、お父さんはそんなことひとことも…」
「君のお父さんはちょっと変わってる人らしいね」
「そうとしか言えません…」
ポンさんと私たちは連れ立ってポンさんの事務所を出た。
「ユリィちゃんとジェイクくんにおすすめのとっておきの場所があるんだ」
ポンさん先導で王都の目抜き通りからまたややこしい小道に入る。
「ジェイク、覚えた?」
私はそっとジェイクに尋ねる。
「うん、冒険みたいで面白いね!」
瞳をきらきらさせてジェイクはうなずいた。男の子には楽しいらしい。行き止まりのレンガの壁の一部を押すと仕掛け扉が開き、真っ暗な階段を降りていく。
微かな光が漏れる扉の鍵を開けるとそこは、本の迷宮かと言うくらい、背の高い本棚に囲まれた場所だった。
「王立図書館だよ。本当は貴族の一部しか入れないんだけど。肝心の貴族はほとんど来ないから、ボクたちみたいな勉強熱心な庶民のための場所になってる」
ポンさんはにやりとして見せた。
黴と埃の匂いの混じった空気だが、古そうな本は神秘的に見えた。
「管理人に挨拶しておこうね」
本棚の背が高すぎるせいで遠くは見えない。本棚の管理番号で道を覚えるしかないようだ。
ジェイクに目線を送ると、余裕そうに笑っていた。アミルは、虫関係の本を目敏く見つけ、本棚から抜きながらついていく。小太りの中年男性が、一角でお茶を飲んでいるのを見つけた。
「こんにちは、これ、ほんの気持ちですが…」
ポンさんは小袋に入った何かを渡す。
中々重そうな音だ。
「ふん、本はちゃんと返せよ」
小太りの男は小袋の中だけを見て、ポンさんや私たちには目もくれない。
「ご厚情ありがとうございます」
管理人から少しだけ離れてから、ポンさんは咳払いした。
「管理人様はこの様にとても慈悲深い方で我ら庶民にもお目こぼし下さる。しかし、王立図書館の管理人たる重要な職を王から命じられるほど敏い方であらせられるので、努努挨拶を怠らぬように」
「なんとなくわかりました」
「ここの鍵も渡しとくね、失くさないでね」
王都によく来るジェイクに持っててもらうことにする。
「本当は俺が勉強教えられたらいいんだけど、結局こんな悪いこと教えちゃったな」
アミルが苦笑いをする。
「でも、ここはほとんどの本が揃ってるらしいから、時間を見つけて勉強してくれ。俺も国でおすすめの本があったら送るよ」
「ありがとう、アミル。私、歴史とモンスターについてもっと勉強する」
「僕も商売の勉強するよ」
それぞれ興味のある本を持って、私たちはまた暗い階段を登った。
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