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父②

「ミル、お父さん迎えにいってくるからお留守番よろしくね。ほかの人は入れないでね」


ミルのふわふわの体を撫で、見守られて地下通路に降りた。



薄暗い地下通路を駆け足で通り抜け、出口の蓋を押し開ける。

久しぶりの秘密基地は、前と変わらず鬱蒼とした巨木に囲まれていた。高く伸びた鉄塔は錆びつき、蔦に侵食されている。堅牢な石造りの建物からは何の物音も聞こえなかった。


「お父さん?家に帰ろうよ」


私はドアノブのない扉をガンガンと叩く。確かここは、お父さんの持っている鍵を差し込まないと開かなかった。


しばらく待つと、ドアが開いて憔悴したお父さんの顔が覗いた。


「お父さんいつまでここにいるの?!今日ご飯も食べてないじゃない!帰ろうよ」


「ああ……ユリィ、少し中で話をしないか?」

お父さんはしばらく声を出していなかったのか、しわがれた声だった。


「う、うん」


ここに入るのも随分と久しぶりだ。いつもお父さんにここで武器や農具を作ってもらっているけど、私は畑で忙しく完全に任せっきりにしていた。


中に入ると鼻をつく匂いがした。

「う……」


そういえば前は家でこういう異臭がする変な薬を作っていたなと思い出した。室内には私が発掘した様々な鉱石が積まれている。失敗作なのか、折れた剣も落ちている。


ふいごのある窯炉の近くには、作業台が置かれている。実験器具なのか大きなクリスタルの容器やパイプや石炭が乱雑に置かれていて、随分散らかしたなと私は思った。


「これ、なんだかわかるか?」


作業台の上にある銀色のトレイをお父さんは動かした。白い結晶混じりの灰がさらさらと崩れる。


「……」


私は黙ったまま、僅かに首を傾けた。


「───これが俺の2年半の成果だ。俺はジーナを──よみがえらせようとしていた」


お父さんは心から大事そうにお母さんの名を呼ぶ。喉の奥が痛くなって、私は唾を飲んだ。



ぎゅっと目をつぶって深呼吸をする。もう目をそらしてはいけない。この時が来たのだと、認めなくてはいけない。


「知ってた」


私の声は妙に室内に響いた。お父さんが驚きの表情を浮かべる。


「ごめんなさい…ずっと気づかないふりをしてて。私も諦められなくて、心のどこかで期待して、お父さんにつらいことをさせてた」


口にしたら魔法が解けてしまいそうで、気づかないふりをしていたらある日突然叶うんじゃないかと夢を見ていた。お母さんが生き返る日がくるかもしれないと。


だって私の体はこんなにもおかしくて、特別だから。

この世界に魔法はある。


ずっと私の作った食事を食べているお父さんならやり遂げてくれるかもしれないと思っていた。


「ずっと前、アンジェラから錬金の書を盗んだのはお母さんをよみがえらせる為だったんでしょ?」


「そうだ。だがそこにも方法はなかった」


「モンスターを捕獲する眠り薬…あれはお父さんが仮死になって向こうの世界でお母さんを探そうとしてたんでしょ?」


「そうだな…。だが俺が本当に死んでユリィをひとりにする訳にもいかないからあれは中途半端に終わったな」


お父さんは自嘲するようにうっすらと笑う。


「いいの。もう…」

お父さんはよみがえらせようとしていた、と言った。過去形だった。ついにお父さんは自分で終わりを告げたんだ。


力なく作業台に体重を預けるお父さんを部屋の隅の長椅子に引っ張っていき、私もそこに並んで腰掛ける。


「なあユリィ、子爵の養女になったのだからあちらのお屋敷で暮らしていいんだぞ。俺はひとりでも大丈夫だから」


「何言ってるの?そんなの許さない!養女になってもお父さんはずっと私のお父さんだし、これからも剣とか農具作ってもらうし、いい加減ちゃんと私の面倒みてよね!!」


私がお父さんの太腿を軽く叩くと、お父さんの火傷の跡だらけの手に強く握られた。


「ユリィがこの2年半にやってきたことは本当にすごいことだ。良くやったな。俺の娘とは思えないくらいには良くできた自慢の娘だ」


「お母さん似なんだってば」


「そうだな…ジーナは母親としては優しかったからユリィは覚えてないかもしれないが、ものすごく気が強い人だった。決して諦めない、前しか見ない、そういうところが良く似てる」


お父さんは懐かしそうに目を細める。


「うん…たまにね、くじけそうなときお母さんが力を貸してくれてると思う」


「そうか」


お父さんは立ち上がり、折れた剣を拾った。


「これはジーナが愛用していた剣だ。ジーナの遺体は感染予防のために火葬されてしまったからこれしかジーナを甦らせる錬金術の触媒に使えるものがなくてな。これを溶かしてユリィ用の剣にしようか?」


「触媒……」


錆の浮いた鉄製と思われる剣を見たとき、何かが無意識の海から浮上しようとしてるのを感じた。


クリスタル、石炭、高温──



「お父さん、もしかしたら…たくさんの人の命を救えるかもしれない」


「どういうことだ?」


「化学肥料よ!もっと早くに思い出せばよかった!高校で習ってるのに!!」


「何を言ってるんだ?」


霞が晴れるように鮮明に思い出した。

広くなった土地で安定して作物を収穫するには化学肥料は必要不可欠だ。有機肥料では安定しない。

ずっと憂慮していた連作問題も、科学肥料があれば解決できる。

お父さんと協力すればきっとできる。

これにて1章完結といたします。


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