父①
「ただいまー!いないの?」
家の中には人の気配がしない。ミルもいないのでお父さんと散歩に行っているようだ。散歩と言ってもミルに騎乗しての散歩だけど、足の悪いお父さんも楽しんでくれているようなので良かったと思っている。
すっかり嘴も治って、極彩色の羽も艶やかなブルータスが飛んできて私の肩に止まる。
「ブルータス、お前はいるのね」
ブルータスはもう放し飼いにしているが、人間がご飯を嘴に運んであげないと食べない甘えん坊になってしまったので畑を荒らすことはない。むしろ他の鳥系モンスターを追い払ってくれるようになった。
ブドウをあげながら夕食のメニューを考える。
「そうだ、今日はムサカにしてみようかな?」
ムサカは前世で好きだった地中海の料理で、素揚げしたナスの入ったミートグラタンのような料理だ。ただしちょっとうろ覚えだから適当に作ろうと思う。
竈に火をつけて夕食の準備を始める。
「……なんか全然子爵の養女って感じしないけど、まあいいか」
私が生活の変化を望まないことを配慮してもらっての結果だし、私は自分で料理することで発掘スキルが発動して強くなれるのだから。
散歩から帰って来たお父さんと、焼き上がったムサカらしきものを食べる。
「うまいな!!ユリィの料理は最高だ!!」
今回はミートソースに揚げ焼きしたナスを入れてその上にマッシュポテトに黄身を混ぜて焼き上げた。
黄身を混ぜたマッシュポテトは焼くとさっくりとした感触になっておいしいと思う。
だけど本当のムサカはヨーグルトとかベシャメルソースとか使ってた気がする。
「俺はナスは嫌いだったけどこれは食べられるぞ!」
私の悩みも知らず、お父さんはもりもり食べている。
「揚げてるからね。あと、皮が固かったから切れ込み入れてるの」
私はナスの品種改良のことを考えた。今はほんのりピンクで皮の固いナスも、何年か後には紫ナスにできるだろう。
そんなことを考えて私は現実逃避をしていた。養女の話をお父さんに言い出せないまま、次の日になった。
「おはよう、ユリィ」
日の出前に出勤してきたカルロは、口調はいつもと同じだけど私の頭から爪先までさっと視線を動かす。
「な、なに?私なんか変?」
いつもと同じ茶色のワンピースの私は、不安になってスカートをはたく。スカートはめくれていなかった。
「いや……いつもと同じだなって。それで本当に子爵の養女なのか?」
「あ…」
カルロは知っていた。誰かから聞かされたのだろうか。私は背後を見る。こんな日に限って、お父さんは既に起きていた。カルロの言葉に驚いて目を見開いている。
「えっと……お父さん、あの」
お父さんはほとんど私に怒ったことがない。放置気味なのをいいことに好きにやってきたけど、流石に勝手に養女になってきたら怒るだろうか?
「ユリィ……俺にちゃんと説明してくれないか?」
「うん…」
仕事前なので、手短に私は説明した。
グラソー男爵が、領民である私の手柄で子爵に上がったこと。今後もあり得る手柄をほかの貴族に取られないよう養子縁組を迫られたこと。断ればこの牧場を含む農地を取り上げると脅されたこと。
生活は週に一度、屋敷で教育を受ければ今のままでいいと約束してくれたこと。
「昨日はなんて言ったらいいかわからなくて、ごめんなさい」
感情が表に出るタイプのお父さんは、私の話を聞いて落ち込み、悲しみを露にした。
「少し考えさせてくれ…いや、俺が考えたからってもう何も変わらないのか……。ちょっと基地に行ってくる。夕方には帰るから」
お父さんはキッチンの地下通路に潜っていってしまった。
「ごめん、俺、アウグスさんが知らないとは思わなかった」
カルロが謝ってくるが、私は首を振る。
「言ってなかった私が悪いから。でもカルロはなんでこんなに早く子爵との話を知ったの?」
「昨日の夜、家に隊長が来て。ユリィが子爵の養女になったから防衛隊に特別部隊を作るって。ユリィは特別な修行をした教会の修道女で俺はそれを守る特別部隊隊長だってさ」
「話が進むの早すぎる…」
私が子爵の養女になるのは王からの命令だったのか、それとも読まれていたのか。それにしても特別な修行をした修道女とはなかなか苦しい言い訳だ。この村には教会なんてないのに。
「まあ、来年も黒嵐竜は来るだろうから」
「つまり来年も黒嵐竜が来たら戦って、あわよくば死ねって言われてるの?」
「そんな感じかな」
カルロはこめかみを押さえて渋い表情をする。
「…なんか、複雑な話になってるね。ごめんねカルロ。いつも巻き込んで。王都で防衛隊にいたかったよね。もう戻れないかも」
私は驚いているカルロの水色の瞳と視線を合わせた。ずっと言おうと思っていたけど、言えなかった言葉だ。だけどカルロはにやっと笑った。
「今さらだろ?ていうか、俺はこの村に戻ってきたときから、隊に戻るなんて考えになかった」
「そ、そんな風に最初言ってなかった!」
私は過去のカルロの言葉をはっきり覚えている。この村に女の子がいないとか、せっかく防衛隊に入れたのにとか言っていた。
「あー、気のせい気のせい。そろそろ仕事始めないと間に合わなくなるぞ」
「あっ」
私は慌てて外に飛び出した。
出荷作業を終え、朝昼兼用食を食べ、種の選別やトウモロコシの乾燥処理を終えた夕方になってもお父さんは帰って来なかった。




