男爵との交渉
翌日から私の家にはひっきりなしに馬車が来訪し、王都の貴族や商人たちからお礼状やお礼の品物が届くようになった。
ジェイクが私とカルロの話を広めてくれたらしい。国からも感謝状が届き、近日中に祝賀の式典を行うことを検討していると書いてあった。
「カルロ、お菓子半分持って帰ってね」
私はうず高く積まれたお菓子の入った箱を指差す。店売りのお菓子屋さんなんてものがあるほど裕福な国ではないので、どれも貴族たちお抱えのシェフの手作りだ。
いくらお金があってもそう食べられるものではない、きれいで手の込んだお菓子に私は内心大喜びしていた。
「ユリィに宛てたものだろ?俺は兵士だから戦うのは当然だしあとで褒賞金もらうからいいよ」
カルロは価値がわからないのかあまり興味なさそうに答える。
「細かいことはいいから、ロック爺も喜ぶし持って帰ってよ」
結局この間はカルロに謝る機会を逃して、どう切り出せばいいのかわからなくなった私はお菓子くらいもらって欲しかった。
頑なに断るカルロと押し付けあいをしていたとき、また馬車が到着した音が聞こえたので私とカルロは手を止める。
礼儀正しいノックの音と、折り目正しい挨拶が聞こえた。
「突然の訪問失礼致します。ユリィ様はご在宅でしょうか?」
「はい、あいてますからどうぞ」
ドアが開いて見えたのはどこかで見た紳士だった。白いクラバットをきっちり結び、ベストに背広を合わせた男性を思い出そうと記憶を探る。
「我が主、グラソー男爵がユリィ様と今後のことで是非お話をしたいと申しております。屋敷までお越し願えますか?」
グラソー男爵の執事だったか、と私は思い出す。悪夢のような記憶と一緒に。
「はあ……」
私は横目でカルロの顔を窺う。別に出かけるのにカルロの許可を得る必要はないんだけど。
「行ってきたら?今日の仕事は終わってるし」
カルロはグラソー男爵を特別警戒する相手とは思っていないらしい。いや、人間相手に危険があるような私ではないけれど。精神的に苦痛なだけ。
でも男爵はこの村の領主で、私が村の開発をするには良好な関係を保っておく必要がある。
「…じゃあ行ってくる。お菓子好きなの持って帰ってね」
執事にエスコートされるまま、私は蔦と薔薇模様のクッションが敷かれた馬車に乗り込んだ。
執事は馬車室に入らず、御者台に腰掛けたので私はひとりの空間で空飛ぶ馬車の快適な時間を楽しんだ。
「ユリィ様、到着でございます。開けてよろしいですか?」
「……はっ」
気持ちよくて寝ていたらしい。
「あ、はい、大丈夫ですフロムさん!」
私は自分でドアを開けてピョンと馬車から飛び降りる。寝たおかげで彼の名前まで思い出した。
フロムさんは驚いた素振りすら見せず、上品な微笑みを作ってみせる。
「私の名前をご存知とは、恐縮でございます。しかしレディがそのような振る舞いをするのは感心致しません。これから少しずつ覚えて頂きたいものですね」
別に私はレディじゃないし、と思ったけど黙って案内されるままに彼のあとをついていった。
前回来たときは緊張もあって気づかなかったが、使用人の数が少ないし敷かれている赤い絨毯も少し擦りきれている。男爵家は貧乏なんだなと思った。
だけどこんなに貧乏なのは税金をあまり高く取り立てていないからかもしれない。
最近他の領地の税金を調べて知ったことだ。
フロムさんが大きな扉を開けると、正面に大きな机があり、その後ろを書棚が埋め尽くしている間にグラソー男爵が座っていた。ここが執務室だろうか。
「やあ、久しぶりだねユリィ」
茶色の巻き髪をさっと靡かせ、朗々とした声を響かせるグラソー男爵。私は少し身を硬くする。惚れ薬はもう効果がなくなっていてもいいんだけど。
効果が消えたのか続いているのか判別できない。
「それが普段着なのかな?」
グラソー男爵は立ち上がり大股で私に近寄る。私は例によって茶色いワンピースだ。大蜘蛛の糸が織り込まれていてとても丈夫だけど全く装飾的ではない。
「そういう君も素敵だね。ユリィ、僕と婚約してくれないか?」
「はあ?!」
突然ひざまずいての告白に私は変な声をあげてしまう。
「あの、失礼ながら気は確かですか?」
「もちろん──先日の黒嵐竜の一件は領主として非常に鼻が高い。領民の手柄は領主の手柄だからね」
「良かったじゃないですか」
私は突き放すように言う。
「小さな君にはわからないかな?君を欲しがる貴族は今や王都中に溢れているんだ。なあフロム?ユリィの家には贈り物がたくさんあっただろ?」
「左様でございます」
「そう、君と姻戚関係を結んで今後の手柄を自分のものにしようとする輩がたくさんいるんだ」
男爵は私が離れるに従って立ち上がり芝居がかった様子で室内を歩き回る。
「そんなの、全部断ります」
「そうだね。でも領主の僕が君と婚約すると言ったら、君に断る権利はない。断れば僕は君が使っている領地を没収してしまうかもしれない」
「くっ……」
嫌すぎる。こういう上から目線なところが嫌すぎる。こんな男と絶対に婚約したくない。私はどうやって逃れようかと必死に頭を巡らす。
でも今の土地を捨てるのは大変なことだし、お母さんの思い出のある場所を離れたくない。
───やるしかない?
私はスカートの下に忍ばせた短剣を布地の上から確かめる。これで気絶させて山に運ぼう。そしたらモンスターが食べてくれる……
「ユリィ、君は今とても危険なことを考えているね?僕はこう見えて女性の気持ちに敏感なんだ」
「いえ全く!!何を仰有っているのやら!!」
男爵の指摘に私は冷や汗をかく。危うく闇落ちエンドになるところだった。
「悲しいけどそこまでユリィに嫌がられたら仕方ない。諦めよう」
「えっいいんですか?」
一筋の光明にすがり付く思いで私はスカートから手を離す。




