作戦準備
「よく見える。シンプルイズベスト」
数日後、早速ソニアが作成してくれた単眼式望遠鏡を覗き込み、私は頷いていた。
試作品の望遠鏡は『翼求の瞳』と名付けられている。
これまでも倍率の低い望遠鏡は黒嵐竜観測班に用いられていた。しかし倍率を高くできるほどには歪みのないレンズが作成できず子供のおもちゃ程度だった。それがファルオスの石を取り付けるだけで大型の高精細の望遠鏡並みになり、観測班は大喜びしているらしい。しかも望遠鏡と組み合わせると石が節約できるので、これと合わせて2本作成できたそうだ。
私は居間にある片手ほどの小窓から望遠鏡で外を覗く。丁度固定されて手ぶれもなく、城から見張りをしている兵の気分になれる。前世の古城見学をしたときにそんな場所があった。
これは戦争にも使えるなあと思ってしまう。
「おもしろーい」
「魔女ちゃん、それ壊さないでね」
失礼な呼び掛けをしてくるのはナザリオという、試作品を持ってきてくれたカルロの同期の防衛隊の男だ。癖のある黒髪に紫根の瞳の青年でさっきからカルロに妙にくっついている。
「隊長がソニアさんのことすっごい誉めてたよ。隊長も多分惚れてるよね。でもソニアさんはどんな凄腕ハンターからあれの素材をもらったんだろう?」
ナザリオはダイニングテーブルの席につき、地図を広げながらさりげなくカルロに椅子を寄せる。
「さあ?ソニアはモテるから」
カルロは表情ひとつ変えずにナザリオが詰めてきた分横にずれる。さっきからこの攻防が続いている。私の家は狭いのでもうすぐ壁に当たってしまう。
「……でさ、これがあれば海上からの観測もかなりできるから上陸予測地点はほぼ正確にできそうなんだよね。欲を言えば翼求の瞳があとひとつかふたつは欲しいけど」
ナザリオは地図を指差し、なぜか体をカルロのいる側に大きく傾ける。
「追加の素材ももうすぐ集まるらしい」
カルロは身を反らしながら私に一瞬視線を送るので、私は口元をもごもごさせた。ミルのファルオス狩りは実はまだ続いている。好物なのか匂いを嗅ぎ付けると私を連れて駆け出してしまう。ミルが悪いのじゃなくファルオスが大発生しているのが問題だと思う。
今日、ソニアからミルに付けるハーネスも一緒に届いたのでこれからはミルの背中に乗って移動できる。
毛を引っ張るわけにもいかないし、掴むところがないのでずっと私が口に咥えられていたので少し楽になる。
「すごい、じゃあこの場所とこの場所に兵を置いて、大砲も置いて…みたいになるらしいよ。本決定はまだだけど、避難指示だけは早く出せるね。カルロも出撃するのかな?」
ナザリオが喋りながら更にカルロに攻めていく。ついにカルロの椅子が壁にぶつかり、鈍い音を立てた。
「ナジ、暑苦しいから離れろよ。ていうか前はこんなんじゃなかっただろ?」
カルロはナザリオをナジと呼ぶ。そのくらいには仲が良かったようだけど今のカルロはとても不機嫌そうだ。
「だってずっと寂しかったんだよ!!カルロが居なくなって俺は部屋にひとりで……」
「寮の部屋が一緒だっただけだろ」
ナザリオはカルロに壁ドンする気なのか、立ち上がって両腕を差し向けるが素早くカルロが両手首を掴み、捻り上げられて悲鳴をあげた。
「ああっ…!いいよ、俺より強いやつって感じる。もっとやって」
「こ、子供の前で変なこと言うなよ」
気持ち悪がってカルロは両手を離す。
「やめなくていいのに。カルロ本当に強くなったよね。この間のファルオスの遺骸回収、俺も来たんだよね。あれ見て俺痺れちゃってさ……。俺の心臓も射ぬかれたって感じ」
この間の回収とは、カルロが弓矢で倒した最初のファルオスのことだと思われる。まるでピストルのような大穴がファルオスの眉間に空いていて確かに見事だった。
うっとりと追憶にふけるナザリオにカルロは見たことない程渋い顔をしている。
「俺は前よりは強くなったけど、ユリィの方がまだ強い……」
苦しげにカルロは拳を額に押し当てる。傍観者の気分でミルのブラッシングをしていた私は、突然の名指しに驚いた。
「いや私は…」
「ああ、魔女ちゃんが農具でドッディ倒してるの見たときも衝撃的だった」
今となっては懐かしいドッディ戦もナザリオは見ていたらしい。防衛隊はフルフェイスの甲冑を着ているので私は全然わからなかった。本当にあの甲冑は個人の識別がつかないのでやめて欲しい。
「魔女ちゃんは強いよね、…そんな小さいのに」
ナザリオは私の太くもない腕をジロジロと観察する。
「魔女とかいうのやめてもらっていいですか?」
「うん…ユリィさん」
「さんって」
しっくりこない呼び方に私は首をひねる。
「カルロ、俺わかっちゃった」
「何が?」
苦悶の表情のカルロが聞き返す。
「俺が好きなのはユリィさんみたいにただ強いやつじゃない、強さと弱さを併せ持つカルロなんだ」
「勝手に私を当て馬みたいにしないでくれます?」
「ナジ、今そんなのいいから真面目に話してくれないか?」
私の訴えがナザリオの耳に届いたかどうかわからない。ただ冷静さを取り戻したカルロが場をしきってくれたのでようやく話が前に進んだ。




