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アミルとの出会い

山はぐるっと見渡す限り直線的な岩肌が続いている。どうやって削ったのか知らないが確かにこれが採石場だったのだろう。自然の造形ではない。

板で簡単にふさがれた洞窟の入り口のようなものも見えるが今夜はやめておくことにする。


私は手近な大岩に目をつけた。私の腰まである大きさだ。

力いっぱいハンマーを振り下ろす。


ガンッ


手にびりびりと衝撃が返ってくる。

「いったあ!」

小石は簡単に割れたのにこのくらいのサイズだとそうはいかないらしい。

というか、板に釘を打つ用のハンマーで大岩を砕くなんて狂気の沙汰だ。

それでも何回か繰り返すと岩が弾けて、白銀の塊が出てきた。

多分プラチナじゃない?私の前世でも小さいアクセサリーくらいは持っていた。これは高そう。



私は調子に乗って目につく岩を砕き続けた。

めまいを感じて、念のため持ってきたぶどうジュースを飲んでみる。喉の渇きは癒されたが、ひどく力が抜けたままだ。腕も痺れている。

でもこの岩だけ砕いて中を見てみたい───

はっきり言ってこれ、面白い。

前世の物理の知識なんて全然役に立たないこの世界で、ふと思い出したことがある。


シュレディンガーの猫の話だ。


猫を箱の中に入れて蓋をしめたとき

その箱は無限の可能性を持つ

箱を開けて観測するまでその猫が生きているか、死んでいるか、それともほかの何かに変わっているか

それは誰にもわからない

私の岩砕きもそれに似ている。

岩砕きというと怪力な生き物みたいだからやめよう。

観測──いや発掘と呼ぼう。


私に発掘されるまで、この石たちは無限の可能性を持っている。私は渾身の力を込めて私より大きい岩にハンマーを当てる。


見たことのない輝きの鉱石が現れる。

そのとき──世界が真っ暗になった。

気づけば冷たい地面が顔についている。力が入らない。

こんなとこで失神してはいけないと思いつつ意識が遠のく。




「おい、大丈夫か?」

知らない声がした。

目を開けると、私より少し年上の少年が私を揺さぶっていた。

「よかった目を覚まして」

「あ……」

褐色の肌に銀髪の少年は明らかにこの村の人じゃない。凛々しい眉、少し垂れ目がちの目は青灰色の不思議な色をしていた。心配そうに見つめられるとなぜか恥ずかしい気持ちになってきた。

「こんなところで倒れて、大丈夫なのか?村の子だろう?」

「あ、ありがとう…あなたは……?なんでここに?」

「追いかけてきた」

「え?」


ハンマー持って走るところを見てついてきたとなるとこの少年相当変わり者では?


「川原で虫を取ってたら、女の子がすごい勢いで走ってるから何事かなと思って。速くて全然追い付けなかった。川に沿ってるみたいだからなんとか追えたけど、やっと着いたら倒れててさ。何があったんだよ?」

「の、農民は足が速いから……というかあなたこの村になんでいたの?」


私は誤魔化す為に質問を返す。

助けてもらって失礼とは思うがこの村に、お客さんはほぼ来ない。見るようなものなどないからだ。


「俺は親父が宝石商なんだよ。それで」

「宝石なんてこの村には……あ!ここ?」

私の周りには宝石や鉱石が散らばっている。

「いや、これは知らなかった。これは君のもの?ここに隠そうとしてるのか?」

「………」

どうやら彼は私が家かどこかからこれを持ってきたと思ったようだ。やっぱりこの世界の常識でもひとつの場所からこんなにたくさんの種類の宝石が出るのはあり得ないらしい。


「無理やり取ったりしないから安心していいよ。なんなら買い取ろうか?」

「いいの?」

「一応親父に聞いてからだけど…」

「そういえばこの村の宝石って?」

「ああ、珊瑚を買いにきたんだ。厳密には宝石じゃないけど」

「珊瑚…」

この村の南側は海になっているので、そういうのも採れるのかもしれない。

「見たことある?君の瞳みたいに赤くてきれいなんだよ」

「えっ?!」

どこの国の方かわかりませんがそういうお国柄の人ですか?

それとも若くしてセールストークが上手いのかもしれない。


「見たことないけど…私はアクセサリーいらないし」

農作業には邪魔だと思う。

「似合うと思うけど」

彼の言葉を遮るように私のお腹がぐうっと鳴った。

このタイミング。宝石より食い気と言わんばかりだ。

「……ごめんなさい、何か食べ物持ってますか?」

私は恥をこらえて尋ねた。聞くは一時の恥だ。

本当は駆け出して消え去りたいがもうその力がない。


「お菓子なら持ってるよ」

彼は笑わずに布に包まれたお菓子を渡してくれた。紳士だ。それは手のひらほどのずっしりした焼き菓子で表面に複雑な模様がある。

「ありがとうございます」

「今さらかしこまらなくても。そう、俺はアミル。君は?」

「ユリィ」

「へえ、何歳?」

「7歳」

「俺は12だよ、ユリィってしっかりしてるんだな」

アミルがじっと見ているので私はかじりつくのはやめて手で小さくお菓子を割って口に入れる。

小麦粉でできた皮の中には細かく刻んだドライフルーツとナッツがぎっしり入っていてとても食べごたえがある。力が戻ってきた気がする。

前世の月餅に似ている。そういえば月餅はバターではなくラードを使っているんだっけ。バターがなくても作れるしこれは非常食に良さそう。今度作ってみようと決意する。

「おいしい?」

「う、うん」

「それ、珍しいお菓子なんだ。この国では買えない」

「そうなんだ」

「明日もあげようか?」

「くれるの?」

私はお菓子に釣られそうになる。7歳の体が言うことをきかない。

「その代わり明日も会えるかな?」

アミルの瞳が月明かりを反射して怪しげな光を放つ。

「………いいよ」

「じゃあ夜も遅いし帰ろう!送っていくよ。途中まで馬で来たんだ」


初めて出会った少年に家まで送ってもらっていいのか迷ったが、12歳と7歳だ、大丈夫だろう。

それに狭い村なので人に尋ねればすぐ家バレする。

「アミルは村長さんのところに泊まってるの?」

「そうだよ」

じゃあ村長に聞いたらすぐわかる。この村の女の子は私だけだから。

「なんなら……俺のところに泊まる?」

「へえっ?!」

「なんか、家に帰りたくないのかなって。複雑な事情があるんだろ?ユリィの家」

「あーあーそういうこと!違うの!大丈夫だから!」

アミルは私を、宝石を家から持ち出してこんな寂しいところに隠しに来た少女として捉えてるから、複雑な家庭事情があると考えてしまったようだ。

「これは色々あってね!」

「話したくなったらでいいよ」

アミルってしっかりしてる。私より余程大人では…


白い空を飛ぶ馬に相乗りして、家に到着する。

「明日また来るよ。宝石の買い取りもそのときに」

「待って、お菓子のお礼に一個あげる」

「ユリィ、そんなのダメだよ」

「じゃあ助けてくれたお礼に!アミルが来てくれなかったら私……誰にも見つけてもらえなかったし」

「いいから。この村は子供が少ないんだろ?俺、あと数日はここにいるから。友達になってよ。そしたら友達同士でそんなの無しだろ」

「……うん」

「じゃあ、また明日」

アミルは優しく笑って馬に乗り込む。

馬は助走ののち夜空に溶け消えた。


「明日もがんばらなきゃ」

私はお父さんに起こさないようそっと家に入った。

夜中に出かけて男の子と遊んでしまったが、ばれていないようだ。

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