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真夜中のお風呂

「ミル!」


家に入ってすぐ、銀と白の毛をなびかせてミルが突進してきたので私は押し倒されてしまう。ミルは炎の『お漏らし』がなくなったので、夜も放し飼いになっている。


「だ、だめ今は……汚れてるから……」


ミルは濡れた冷たい鼻を押し付けて匂いを嗅いでくる。一応川で軽く洗ってきたけれど、ザンディーラの血の匂いが残っていて興奮させてしまったようだ。

野性のコールティコには望めない、数千度の炎ばかり食べるというセレブな食生活を送っているのに、こういうのは好きだなんて。


お父さんはまだいびきをかいて寝ている。

「お風呂入らなきゃ。ミル、手伝って」



私は湯船に三分の一ほど水を汲み、隣にお座りしているミルに指示を出す。


「ボイル」


するとミルは前足を水に浸け、得意げに鼻を鳴らした。すぐに水がボコボコと音を立てて沸き上がる。


「ありがとー!いいこだね!よーしよしよし」


ミルが最近できるようになった特技、ボイルだ。

元々はテーブルに置かれた人間のコップの水に前足を突っ込み、戯れに沸かしていたので覚えてもらった。

テーブルの上のものはいじらないこと。

『ボイル』の指示で指された水を沸かすこと。

大変だったけれど今ではもう生活に欠かせないものになっている。


水を足して適温になったのを確かめて入浴する。


「ふう…」


瞬間湯沸かし犬として活躍できることがわかったら、貴族なんかはこぞって飼いたがるんじゃないかと考える。しかしボイルを変な使い方される可能性も頭に浮かぶ。人間は体の70%が水だという。ボイルによって一瞬で体中の血液が沸騰したら………


「ん?ミルも入るの?」


ミルと一緒に入ると狭いのだがなぜかいつも入ってきたがる。お父さんがお風呂に入ってるときは絶対入らないので私の方が好かれている証拠だと思っている。

それかミルも女の子だからかもしれない。


「追い焚きしないでよー」

ミルをお湯の中でマッサージしてやると気持ち良くなってなのか、魔力が漏れてきてすごくお湯が熱くなってしまう。

頭と体を洗ってお風呂から出ようとすると長風呂のミルも入浴を終わらせて上がってくる。


ミルが顔と体をブルブルと振るうと、水滴が飛ぶと同時に水蒸気が上がって一瞬で乾いてしまう。

魔力で乾かしているらしい。


「いや、ね?じゃないから。私はそれできないの!」


ミルはいつもその後に小首を傾げて目線を送ってくるが、出来るわけがない。

麻のタオルで必死に拭く様子を哀れなものを見るような瞳で見守られてしまう。


「えっ?」


ミルは急に私にお尻を向けた。そして豊かな毛量の尻尾を振ると、丁度良い風が吹いてきた。しかも温風だ。


「す、すごい……ありがと」


教えていないのにドライヤー代わりになってくれるなんて、やっぱりミルは天才では?


髪も乾いたのでミルとベッドに潜り込む。

ミルの体積はベッドのほとんどを占めていて、私のスペースはごく僅かだけどふかふかさらさらの毛はどんな毛布より気持ちいい。

私はすぐに寝入ってしまった。





寝たかと思ったらもうルシファーの声が聞こえた。


「ねむい……」


すやすやと眠るミルにうらめしい気持ちもあるが、寝ないで待っててくれたようなので寝かせておいてあげよう。

静かな雨が降っていた。今日は出荷作業だけにしてお昼寝しちゃおうかな、なんて思いながら着替える。



「おはよー」

勝手にドアを開けて入ってくるカルロの足音を聞いて声をかける。最近は私も少し足音の判別ができるようになってきた。


「ああ、おはよう……」

「今日は雨だし、ベルたちのお世話と出荷作業だけにしようか」


外に出ようとする私だが、睨まれているのを感じて足を止める。


「ユリィ、昨日何をしたんだ?」


「え?」


カルロの瞳が、久しぶりに冷たくなっている。

ちゃんとお風呂に入って匂いも消したのに何を怪しまれているんだろう。


「普通に家に帰って寝ただけだよ」

「嘘つくなよ」


射抜くような視線は、私の瞳ではなく胸元に向けられている。つられて視線を下げると、結晶にヒビの入ったペンダントが視界に入った。


「はっ」


大怪我を防ぐお守りのペンダント───昨日ジェイクに貸していたものだ。帰りに返してもらったけど暗くてよく見てなかった。

ザンディーラに毒液をかけられそうになって、私がジェイクを突飛ばしたときにヒビが入ったんだろうか?

あれ、そうなると私自身が壊したのでは……。


押し黙る私にカルロが詰め寄る。

「ユリィが怪我しそうになるって、どんなモンスターがいたんだよ?村の中で俺に聞こえないわけないし、村の外か?なんでそんなこと一人で……」


「あっ、えっと……そう!昨日はお肉食べて興奮しちゃって眠れなかったの。それで村の外まで走っていって木に登って遊んでたら足を滑らせちゃってね!いやーこのペンダントのおかげで助かったよね!!」


冷めた目とはこういうことを言うのだろう。カルロは肩を落としている。


「そうか」

「う、うん……」


罪悪感で死にそう。今こそ、このペンダントに守ってもらいたい。カルロは納得していないようだけどそれ以上は聞いてこなかった。



ルシファーたちとベルたちのお世話と、野菜の収穫をしていたらジェイクの馬車がやって来た。

私はジェイクに駆け寄る。


「ユリィおはよう。体調大丈夫?」

ジェイクも少し眠そうなのに私を気遣ってくれる。

ただ、この話題はカルロに傍受されるので避けたいところだ。


「全然大丈夫!元気元気」

私の空元気はジェイクに通じなかった。


「なんだか具合が悪そうだよ。体のどこかに、毒がかかってなかった?」

「それは大丈夫、お風呂入ったけどどこも問題なかったから……」


ただ、毒というキーワードが出てしまった。これでカルロなら察してしまうでしょう。

私がジェイクを連れ出して毒のある危険なモンスターと戦ったということを。


「……ジェイク、言ってなかったけどカルロには特別な石を貸しててこの会話も筒抜けなの」

「えっ?!ご、ごめん」


慌てるジェイクに私は頭を振る。


「言ってなかった私が悪いから。……カルロ!盗み聞きしてないでこっち来て!!」

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