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ウナカテクトリのミルク

王都での悪夢のような夜を越え、私は眠い目をこすりいつものルーティンワークをこなしていた。


ドレスや、香水の幻を消し去るように土と草の香りにまみれる。この村が、この場所が私らしいと感じる。


いつも通り出荷作業を終えたあと、今日はウナカテクトリの乳搾りに挑戦する予定だ。

当初から子牛を連れているお母さん牛2頭には期待をかけていた。

放浪生活ゆえか栄養状態があまり良くなかった彼女たちも、たっぷりの牧草と少しの穀物でお乳の張りも十分に見える。



私とカルロとお父さんは、フルフルと名前をつけた雌牛を囲んでいる。

お父さんは足が悪いので柵の外にいてもらっている。

「フルフルー、いい子だねー。ちょっと分けてねー」

私はフルフルをなで、お乳を用意した布で清拭して、お父さんに教えられた通り親指と人差し指で輪をつくり、中指、薬指小指と折っていく。

素麺くらいの細く白い筋を描いてミルクが、バケツに注がれていく。


「おおー」

思わず声が出てしまう。2年ぶりの牛乳だ。

だけどこのペースじゃ、コップ1杯の量を溜めるに時間がかかりそう。まだお乳の出が良くないのかな?


「俺もやってみたい」

尻尾を押さえていたカルロに交代する。

お父さんは柵の外から飼料を持ったバケツをフルフルに与えて気を惹いている。念のため。

でもフルフルはお乳を触られることをあまり気にしていないようだ。既に信頼してくれてるのだと思う。


カルロがお父さんに教えられた通り指を折って搾ると、ジョーっと勢いよく音を立ててバケツにミルクが注がれる。


「え、カルロなんでそんなにうまいの?」

「なんとなく?」

「弓矢とかやってるから?」

「それとはちょっと違うけど」

言う間にバケツに半分くらい溜まっていく。

私の手がまだ小さいからなのか、それともカルロが大きい胸が好きだからなのか…。


もう一頭、ガープと名付けた雌牛も順調に搾り終え、家に入る。このミルクを65度で30分、加熱殺菌したらおいしい牛乳になるはずだ。

私は前世の頃から低温殺菌牛乳が好きだった。


ミルクを温めながら、3人で今後のことを話す。

カルロとお父さんを心配させたくないので、昨日のグラソー男爵については嘘をついてしまった。

アンジェラの薬がうまく効いて、軽い催眠状態になったグラソー男爵は予定通り動いてくれそうとかなんとか。



「よし完成だ!」

大鍋でミルクの番をしていたお父さんがそれぞれのカップに注いでくれる。お父さんは怪我をする以前は牛を飼っていたし、最近は錬金術見習いとかやっているのでこういう温度、時間の管理はお手の物だ。

湯気を立てたミルクは甘い香りを漂わせている。


そっと一口、飲んでみると夢にまで見たあの味がする。ほのかに甘くて優しい。

「おいしい……」


「うまいな!」

「幽霊牛のミルクってどんなものかと思ってたけどうまい」



口々にホットミルクを称賛する。

睡眠不足の私は眠気を感じる程にリラックスしてしまう。

まだ出荷できる程の量はないので当分うちとジェイク家とカルロ家で味わおうと思う。


冷めてから瓶に入れて振ればバターができるので、夢は広がりまくりだ。お菓子も作れる。


残りは最近奮発して買った、氷鳥の鱗を貼り付けた冷蔵庫にしまう。20万ゴールドだった。

カルロとお父さんは、牛たちが透明状態で乳搾りが可能かなんて馬鹿な話をしていた。



お昼過ぎ、私とカルロは木登りをしていた。

危険度の高いモンスターでもある牛たちがモーモー鳴いてるので、ほとんどのモンスターは村に現れなくなったが、ドッディサイズの大型モンスターがやって来る事態に備えて木の高いところに音が鳴る仕掛けをつけていく。

モンスターが通りそうな獣道の高さ4メートルくらいに細い紐を張る。

もしここを通る大型モンスターがいたら紐が切れ、左右の仕掛けが地面に落ちて音が鳴る。その音をカルロが感知して早めに避難指示を出す、というカルロの考えた完璧な作戦だ。村の周囲何ヵ所かに仕掛けを施していく。


「ねえ、カルロ」

「なに」


カルロは最近すっかり穏やかになった水色の瞳を私に向ける。昔は近所の怒りっぽいお兄ちゃんくらいに思っていたけど、そもそも怒らせていたのは私だし、普通にしていればモテるのではないかと感じてきた。


細い鼻梁や鋭い水色の瞳はクールな印象だけど整っている。ぶっきらぼうなところもあるけど手先が器用で、たまに優しくて、防衛隊だったカルロは王都にいたら絶対彼女に困らないだろう。

それがこんな田舎の村で私と農作業の毎日だなんて──グラソー男爵に魂を売っても、早くこの村を繁栄させたいと思う。そして女の子をいっぱい呼ぶのだ。


「なんだよ、早く言えよ」

カルロが黙っている私に焦れる。


「あ、えっと、これできる?」


何と言うべきかわからなかったので、私は座っていた枝から立ち上がり、更に高いところの枝に飛び移る。勢いを殺さずにそのまま、枝から枝へとチンパンジーのように移動していく。かなり離れてから、片手で枝にぶら下がり、カルロを呼ぶ。


「やってみてー!」


普通の人間にはできない。でも、『発掘』で強化したご飯を食べている私と、カルロになら可能だ。

身体強化されている。


カルロは恐恐、枝へジャンプする。

少し前までなら出来なかったと思うので、まだ体を使いこなせていないようだ。

簡単に飛び移れたが、片足が滑ってしまう。しかし落ちる勢いを生かして猛スピードでカルロは枝から枝へと手足を使い木の間を縫うように私に近づいてきた。


「やばい、ユリィの飯のお陰で俺も人間じゃなくなってきたな…」


白い歯を見せてカルロが笑う。


「俺『も』って?!私が人間じゃないみたいじゃない」

「そうだろ」


そのまま樹上鬼ごっこになったが、思いの外楽しかった



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