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アンジェラの課外授業①

グラソー男爵を狙うなら夜がいいということで、お昼休憩を挟み、今度は国の歴史について軽く学んだ


それもまた人間の業にうんざりしちゃう歴史の授業だった。



夕方、グラソー男爵に薬を盛るべく私はアンジェラの馬車に一緒に乗せてもらって王都に向かった。

グラソー男爵は王都に構えた邸に住み日夜パーティーに明け暮れる絵に描いたようなゴミ貴族らしい。



「まだ子供もいない独身男性だからちょうどよかったわ」


アンジェラが微笑む。


確かに奥さんや子供がいたら、急に行動が変わったことを怪しまれるかもしれない。

今まで税さえ納めればと放置していた村に、宿屋や飲食店を建てる指示を出すなんて怪しすぎる。


それにしてもアンジェラとこうしてふたりで一緒に馬車に乗るなんて最初に会った頃は思いもしなかった。

あのときは錬金の書をお父さんが勝手に持っていったからって家に火をつけようとしていた。


錬金の書の中身を私は見ていないけど、さっきの授業のお話にもあったようにとても危険な内容もありそうだから、正気を失うのも無理もなかったのだろう。

実際のアンジェラは子供好きのいい人だと思う。


とはいえ、アンジェラは私が意識年齢は子供じゃないのをもしかして感づいてるのかもしれない。

グラソー男爵に薬を盛って言うことを聞かせたいなんていう子供らしくないお願いにはちゃんとお金を取る。


アンジェラには、家にあった宝石をアンジェラの片手いっぱいになるくらいあげた。市場価格でいえば普段貴族からもらってるのより高いというか、ぼられた気がする。もう一声もう一声としつこかった。


座っているふかふかの馬車の座面の傍らには袋に入ったお金がある。村の開発資金だ。


お金は私が出すから、グラソー男爵がやるのは指示を出すだけ。結果として村が栄えれば税収も上がって彼の懐も潤う。

それほど悪いことをするわけじゃない。


とはいえ感情も意思もあるひとりの人間を、薬を使って意のままに操ろうなんて良くないとどうしても思ってしまう。


「ユリィ、先に私の屋敷に寄るわね。この薬はよく頼まれるからストックがあるの。ついでにユリィも着替えましょうね。男爵に会うのにはふさわしい格好をしないと」


アンジェラが落ち着いた調子で話す。


私は自分の茶色いワンピースを改めて見る。

村で見るとおかしくないけど、 王都で見ると地味かもしれない。


門扉を通り抜け、ゴシック様式の屋敷の前で馬車は止まる。これがアンジェラのお屋敷なんだ。

特徴的な尖塔は骨のようにゴツゴツしていて、薄闇の中で見ると不気味な雰囲気がある。


彫刻のような美男子御者にエスコートされて馬車を降りると、大きな扉が開かれてエントランスに案内された。


「お帰りなさいませ、アンジェラ様」


またとてつもない美男子の執事が穏やかな声音で出迎えてくれる。

グッドルッキングガイってやつだろうか。美男子ばかり侍らせるアンジェラはやっぱり聖女じゃなくて魔女だなと思う。


「じゃあ男爵に会う前にお着替えしてきてね!私は薬の用意をしておくから」


私はメイドに薄暗い廊下の奥の部屋に案内される。

女性もいるのかとちょっと安心した。


「こんなにする必要あるのかなあ……」


「大丈夫ですからお任せください。とびきりかわいくして差し上げますね」


30代くらいのメイドさんは、手慣れた様子で私の着付けや髪結いを行う。


「なんでこんなに子供用のドレスがあるの?」


貸衣装屋かと思うくらい、壁際にはドレスがずらりと並んでいる。


「アンジェラ様は養子の紹介もしていらっしゃいますから。少しでも良き縁に恵まれるよう、こうして少々おしゃれをしています」


「そうなんですね……」


孤児院を建て、管理しているとカルロが言っていたが、その関係だろうか。人身売買とかしてないよね?


「できましたよ」


鏡を見せてもらうと、白と黄色のかわいらしい配色で4段フリルのドレスを着た自分が映っていた。

普段との差がありすぎて、似合ってるかどうかわからない。思わず半笑いの自分を鏡の中に見て、もっと変な気持ちになってしまう。

やっぱり私は貴族に転生しなくてよかった。

「あらぁ、かわいいじゃな~い!じゃあ行きましょうね」


アンジェラは小さなバッグを手に持ち、私を褒める。


「ユリィも女の子なんだから、たまにはおしゃれしないとね」


既に男爵には使いを出し、短い面会時間が許されているらしい。



グラソー男爵の屋敷は、蔦を思わせる丸みを帯びたデザインで装飾され、邸内は赤い絨毯が敷き詰められていた。


サロンに通されるとすぐにグラソー男爵が登場した。

グラソー男爵は思ったより若く、20代前半に見える。先代が早くに亡くなったのだろうか。

やや長めの茶色い巻髪と暢気そうな雰囲気で、仕事をしていないのを知っているせいか私の印象は悪かった。


「グラソー男爵、かねてより頼まれておりました惚れ薬がついに完成いたしましたのでお持ちいたしました」


アンジェラは一礼して、細かなカットの入ったガラスの小瓶を卓上にコトリと置く。

馬車で移動中に聞いた作戦通りだ。


「おお、ついにか!待ちわびたぞ!丁度今夜は夜会があるのだ!これであの令嬢も私のものだ!」


グラソー男爵は無邪気に笑顔を見せる。何も考えていなそう。


「では、最後の仕上げを致します。この薬は、清らかな少女の髪を飲む直前に入れる必要があるのです。その為こちらの……田舎育ちの純朴な少女を連れてまいりました。男爵、よろしいですね?」


「ふむ……そういうものなのか?そもそも、私は惚れ薬は私が意中の相手に飲ませるものと思っていたが」


男爵は顎に手を当て、訝しがる。まずいか。

私は心配になってアンジェラをちらちら見てしまう。


「惚れ薬は万能の薬ではなく、飲んだ人の魅力を最大限に引き上げるものなのです。男爵は今でも大変魅力的ですが、更に男らしさを上げ、子供の純粋さをひと足しすることで意中の相手だけでなくパーティー会場中のご婦人をものにできましょう」


「なんと!会場中の…!むふふ」


嘘八百を並べるアンジェラを信じきって下卑た笑みを漏らすグラソー男爵。

本当は私の言いなりになる為に、私の髪の毛を飲まされるのに。


「では、男爵……この少女をよくご覧ください」


アンジェラは金色の小さな鋏を取り出し、私の前髪の1本をほんの少しだけ切り取った。


「うむ、なかなかの器量良しではないか!緊張しているのか?まさに汚れを知らぬ乙女だな!」


グラソー男爵に下から上、上から下と観察されるのは気分の良いものではなかった。


私の髪が入ると薬は俄に泡立ち、透明から薄いオレンジジュースのような色になった。まずそうじゃなくてよかったなとなぜか思う。


「どうぞ」


「うむ」


一気に小瓶を呷り飲み干すグラソー男爵。

小瓶を卓上に戻し、虚空を見つめる。


焦点の合わなくなった瞳は、瞬きすらしない。


「大丈夫なの?アンジェラ」


「もちろん。声をかけてみて」

アンジェラは興味なさそうに小瓶をしまっている。


「あの…グラソー男爵?」


声に反応したグラソー男爵はゆっくりと私に視線を合わせ───そのまま私を見つめ続ける。

こんなに薬の効き目が強烈だなんて聞いてない。

こみ上げる罪悪感に戸惑っていると、グラソー男爵が口を開いた。


「あなたのお名前を」


「…ユリィです」


「ユリィ!!なんて美しい名前だろうか!」


グラソー男爵は勢いよく立ち上がり、演劇めいた妙なポーズをとる。


「僕はきっと、あなたに会う為に生まれてきたんだ!」


キャハハハハ、と甲高い笑い声が室内に響く。

アンジェラが卓上を叩き、悶えていた。

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