幽霊②
「ちょっと待って」
ドッディの石をカルロに見せるべく、家に入って自室のドアノブに手をかけた私だが、急に迷いが生じる。
本当にあの石をカルロに持たせていいの?
今でも疲れてるみたいなのに、更にあんな呪いのグッズみたいなのを渡してカルロにこの村の防衛全部任ようとしてる私は……
「部屋が汚いとかは気にしないけど?」
カルロが訝しげに声をかけてくる。薄暗いこの家で改めて見るカルロは顔色が悪い。よく見たら目の下に隈ができている。
「あ…うーん…」
「モジモジしてるユリィ気持ち悪い。今度からモジリィって呼ぶわ」
「は?」
ムカついて気をとられた隙にカルロに勝手に入られてしまう。
「別に汚くはないじゃん。で、どこにいいものあんの?」
あまりものがないので汚くなりようがない部屋だ。カルロは室内を見回す。
「……これ」
私は諦めて引き出しの奥にしまい込んだドッディの石を差し出す。前と変わらず、紫色の小さな石だ。
「どういう効果が?」
「手に持つかポケットに入れて目を瞑ると聴覚が敏感になるの」
カルロは私に言われた通り目を瞑る。
「……!」
数秒後目を見開き、また目を瞑る。カルロの顔に赤みが差してくる。
「すごいこれ!!やばい!!こんないいものユリィどこで手に入れたんだよ?!」
思った以上に喜んでくれているようだ。
私はかいつまんで私の発掘の能力──道具を割れば強化できて、モンスターを割るというか、倒せば未知の物質が得られ、食べ物を割れば食べ物のポテンシャルを何倍にもできるので身体が強化できる──ということを説明した。
そういえばカルロに今まで質問されなかったので、特に言っていなかった。
「それって昔から?」
「道具とか壊してなかったし、最近まで気づかなった。でも食べ物で体はずっと強化されてたみたい」
「だからあんなにデタラメな運動能力だったのか……」
カルロは遠い目をする。
「そうそう、だから今日から!賄い作るから!
カルロも私の作ったご飯食べたら強くなれるよ。体力もすごい回復しちゃう」
今思い付いたことだが、私はさも前から考えていたという雰囲気で提案する。
「それは……すごく助かる」
カルロは素直に私の提案を呑んでくれた。思い付いて良かった。
「じゃあご飯作るからちょっと待ってて。朝食べた?」
「いや、モンスター倒してて食べてない。ユリィ、この石絶対失くさないから!裁縫道具貸して」
「うん、裁縫道具はこれ…。この部屋でやってて」
私が別の引き出しから裁縫箱を取り出すと、カルロは縫い付けるためなのかズボンを脱ごうとしていた。女子の前で失礼しちゃう。
私はキッチンに向かう。書き置き用の石板にお父さんのメッセージがあった。
『ミルが食べたりないようだから、基地の窯炉に行ってくる』
お父さんたら甘やかして……そんなに一度に食べて大丈夫なのかな?獣医なんていないんだから気をつけて欲しい。
私は暖炉を火鋏で探る。灰をかけられて燻っている薪を竈に移して、炭も少し足す。
竈調理も慣れたものだ。
人生何度目かわからないオムレツを作ってテーブルに並べた。野菜も適当に切って炒める。朝昼兼用の食事が完成した。
「カルロー、できたよー」
呼んでから恥ずかしくなる。このシチュエーションは一体…。
縫い付けが終わったらしいカルロがテーブルを見て水色の目を丸くしている。
「すごいうまそう」
私のオムレツは食品サンプルかと思うくらい美しい黄色に輝いている。
「どうぞ」
「いただきます」
カルロとこうして二人でご飯を食べるなんて、蛇を捕まえて背中に入れて、それこそ蛇蝎の如く嫌われていた幼児の頃には思いもしなかった。
私も大人になったものだ。
私がしみじみしていると、
「何これ…うまいし、力が湧いてくる」
カルロはさっきよりかなり顔色の良い顔で食べ進めてくれている。私にはいつものことだけど、初めてだと驚きがあるらしい。
「これで俺、もうユリィに負けないな」
「……これで少しは体力回復できると思うけど、ちゃんと休んでね。あの石身につけてると寝れないから外して寝て」
「ああ、それは大丈夫」
「嘘でしょ」
「ほんとほんと、まあこれもユリィのせいっていうかおかげっていうか…俺、聞きたい音だけ聞き取れるから。警戒するにも、足音とか、仕掛けのベルとかだけ聞こうって思っておけばあれ持って寝れると思う」
「なにそれ……」
カルロが言っているのは前世でいうカクテルパーティー効果というやつだろう。カクテルパーティーなんて一度も行かずに死んだけど。
パーティーのような喧騒の中でも、自分の名前だけよく聞こえるのは脳がボリュームを勝手に調整してくれてるかららしい。名前以外でも自分の携帯電話の着信音はよく聞こえるという体験も思い出す。
でもそんな無意識にやってることを意識してコントロールできるなんて──これは私のせいではなく、カルロの努力の賜物だと思う。
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夕方、ジェイクが頼んでいたものを持ってきてくれた。
「すごい量だから手分けして読もう」
ジェイクが持ってきたのはモンスター図鑑だ。王立図書館の管理人に賄賂を渡して借りてきたもので、全20冊だという。1冊もかなり分厚い。
「ありがとう、重かったでしょ?」
「大丈夫だよ、僕も集荷で鍛えてるし」
にっこり笑ったジェイクは力こぶを出すようなポーズをする。
「それよりこれ見て、コールティコのページなんだけど」
指し示されたページの一部を読む。
〜コールティコ〜
狼系統のモンスター。炎を食べるため石炭、ガスを採取する場によく現れる。火山に住む群れは強い魔力を持つが、ほとんどの群れは炎が食べられない場所に住むため雑食。
毛皮は絶対に燃えることがないので耐火素材として重宝されている。
「雑食なの?」
「ね、炎ばっかりじゃない方がいいかと思って、色々買ってきたんだ」
ジェイクが紙袋も渡してくれる。
そのときお父さんが地下通路を通って帰って来た。
ちなみに食器棚の位置は変えた。
「ただいま」
「キャン」
「ミル!!そ…そんな…!!」
ミルは朝見たときよりも一回り大きくなっていた。
灰色の毛皮は艶を帯び、白いマフラーのような首回りは一層モフモフに膨らんで誇らしげに胸元を飾っている。
大きくなってもかわいいけど……早すぎる。
幽霊話、思ったより長くなってしまいました。
続きます




