幽霊
朝目覚めると、急いで暖炉の前に行く。
ミルはくしゃみやあくびの度に口から炎が出てしまうので寝るときは檻に入ってもらうことにしたのだ。
まだ初日なので仕方ない。
檻はお父さんが「そのうち牛系モンスターを捕獲する為に用意していた」というものを使った。
私がミルを視界に入れたときには、足音で気づいたのか檻に前足をかけ、激しく尻尾を振っていた。
どうしてそんなに!かわ!
「おはよ、ミル!かわい!ご飯にするね」
私は暖炉に薪と、焚き付けをセットする。火打ち石で着火すると焚き付けが煙をあげるのでしばし待つ。
ミルがクンクン鼻を鳴らして、待ちきれないように檻を引っ掻き始める。
「待って、まだ火が小さいから。まてまて」
自分でも何を言ってるかわからないけどミルの食事は炎なのだ。ある程度火が燃え始めてからじゃないと。
やがて炎が十分薪に回ったところで檻を開ける。
ミルは大急ぎで炎に顔を突っ込んで食べ始めた。
尻尾が喜びでビビビビと細かく動いている。
「はあ…かわ。かわ…」
「何を言ってんの。皮?」
勝手にドアを開けてカルロが入ってきた。ノックを知らないのかな?
「カルロおはよ…って何持ってるの?」
カルロは縄を引きずっていた。縄の続く玄関先には、縛られたモンスターの躯があった。カルロより二回り大きく、体中から針が生えている。
「早速モンスターが村に侵入してきたから狩ってきた。そっちのそれは何?」
「ミルよ。昨日からうちの家族になったの。コールティコの子ども」
「ふーん、番犬にするつもり?」
「別に何かして欲しいわけじゃない。いるだけでかわいいから」
私はミルをぎゅっと抱き締めた。まだお食事中のミルのモフモフは熱々で火傷しそうになる。愛に身を焦がすとはこのことか。
「…国家転覆のためコールティコの幼体を育てている。って報告しとくな」
「コールティコって強くなるの?」
「ある程度は。俺なら倒せるけど」
「やめて…ひゃっ」
カルロを睨んでいる最中に暖かい舌に手を舐められた感触で驚く。振り返るとミルは元気良く尻尾を振り振り、食事を再開している。
「もうミルったらいたずらして。大丈夫よ、ミルは私が守るから」
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お父さんにミルを頼み畑に出る。
カルロが村にいるときに使っていたという弓矢を使った種蒔きを見せてもらう話になっていた。
「これ?」
カルロの手には弓矢と骨組みの入った皮製の球体があった。やや円錐形をしていて、底部に薄い金属が貼り付けられ穴が空いていた。
カルロは二重になっている金属部をスライドさせて種を入れる。穴の大きさは調整できるらしい。
そして畦の前に立つと、球体の上部についている金具で矢にくくりつけ、一拍置いて撃ち放した。ひゅっと音を立てて矢が進むに合わせて球体は回転しながら種を均等に畝に落としていく。
ぴったり畝を越えたところで、矢が地面に落ちる。
「めちゃくちゃすごい…」
私は手品のような芸当に心から感動した。
カルロは球体を拾って種を補充してまた矢を放つ。
「初速と終速でちょっとばらつきが出るから、ジグザグに撃って最後に端を手で調整して終わりだ」
5分程度で、広い畑一面の種蒔きが終わった。
発掘クワと合わせれば10分強で畑一面の耕作と種蒔きが終わることになる。
「すごいすごい!こんなすごいもの、どうして村に広めなかったの?」
「俺以外にこんなきれいにできないから」
「そうだよね…カルロじゃないと絶対できない」
「ふっ」
カルロが少しだけ笑って体を斜めに向ける。
照れているらしい。
「なあ、あれ見えるか?」
照れているのかと思ったのにカルロはそのまま視線の先を指し示す。
「草が動いてる…何かいるみたい」
背が高い草むらは、明らかに風によるものではない動きをしていた。
カルロが黙って弓を番える。
「ちょっと、いきなり。人かもしれないのに」
「静かに──足音が人間じゃない。4つ足の音だ」
カルロの耳はそんなにいいのかと驚く。
私が息を殺していると、カルロは弓を放った。
─────沈黙。
私たちが草むらに走り寄ると、落ちた矢と、踏みしめられた草だけがあった。
「外してないと思うんだけど。この弓矢じゃ弱かったのかもしれない」
「でもこんなにモンスターが次々来るなんて……畑を荒らされちゃう」
私はカルロが朝仕留めたモンスターも思い出す。
「ここは今どのモンスターの縄張りでもないから、どいつも餌を求めて入ってくるんだよ。人間も草もいっぱいあるからな」
「じゃあ今までは守りの鐘の縄張りだったってこと?あれってもしかして、すごく強いモンスターの素材を使っていたの?」
「そうらしいな。山ひとつ分くらいの伝説のモンスターだってさ。倒しにいくか?」
「いくらなんでも無理……」
「あのコールティコが大きくなるまで俺がんばれるかな。あいつが番犬になってくれれば、…っ?!」
カルロが急に振り返る。
「くそっ!油断した!!」
カルロは自分の手を見る。少し濡れているようだ。
「舐めやがって!マジで!」
本当に手を舐められたらしい。カルロは手をズボンでごしごし拭う。そういえば私もさっきミルに舐められたかと思ったけど──
「悪いユリィ……俺疲れてるみたい。ずっと気を張ってて。例えて言うならガキの頃のお前にずっと狙われてる感じで」
「例えがわからないけど…確かにカルロみたいに耳がいいと大変そう」
そのとき、急に思い出した。
「あ!私いいもの持ってる!」
ドッディの石だ。
目を瞑ったときだけ聴覚が何倍にもなる石。
あれを元々耳がいいカルロに持たせたらどうなるんだろう?




