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バレンタイン特別編~チョコレート祭り前編~

ご時世で某チョコレートの祭典に買い出しに行けなかったのでむしゃくしゃして書きました。バレンタインとチョコレート大好きです。

 まだ春の気配を微塵も感じない、寒くて暗い冬の只中。心が、体が、求めるものがある。


 それがチョコレートだ。異論は認める。けれど芯まで冷えたとき、湯気の立つホットココアを差し出されたらほとんどの人は抗えないし、白い息を吐きながら、パキパキ音を鳴らしてチョコレートを食べる冬道も情緒がある。


 そういう訳で、私はチョコレート愛ゆえに、村でのチョコレート祭を企画し、村長に叩きつけた。今後はこの村の名物にしたい。


 カカオは、特製ビニールハウスで栽培を続けている。小さいながらチョコレート工場も村に建設した。一日の仕事を終えて日が沈んだ頃、私は密かにここで作業を始める。


 カカオマスを滑らかになるまで擂り潰すのは、普段は機械でやるけれど、今は私自ら行う。こうすると私の持つ『発掘』の力によって、カカオのポテンシャルが最大限に発揮されるからだ。これをアミルにあげるつもり。カカオも特別に手をかけて栽培した、まさに、真の手作りチョコレートを渡す予定だ。


「手伝ってもらって、残業になっちゃってごめんなさい」


 私を見守る、チョコレート工場の女性従業員に声をかける。


「いいえ!ユリアレス様の手作りチョコなんて、見てるだけで胸がドキドキするからいいんです!」

「そ、そうですか」


 私は巨大ローラーを転がして、ひたすらカカオマスが滑らかになるように精を出す。それにしても量が多い。力はいくらでもあるけれど、アミルの原寸大チョコが作れそうなくらいだ。でも、私ではアミルのかっこよさを再現できない。いや、この国一番の彫刻家でも無理だと思う。というかそんなものもらってもアミルも困るだろうからやらないけど。


「あの、ユリアレス様。不躾なお願いですが、余った分は頂けますか?」

「ああ、もちろん。どうぞ」


 私の胃袋はチョコなどいくらでも入るので余りはしないが、欲しいのならと私は笑って了解した。

 女性従業員は喜びも露に拳を握る。


「あ、ありがとうございます!!チョコレートは恋に効くって噂ありますよね?ユリアレス様手作りなら間違いなしですね!それを渡して、気になる人に告白しちゃいます!」

「あはは……」


 恋に効くという噂を流したのは私だ。お祭りに合わせて、サクラを雇って酒場などで話をばらまいた。バレンタインの習慣を広めたいという私の陰謀である。まあプラシーボ効果で多分効くだろう。この世界でも、チョコレートの甘い香りは何となく恋愛と結び付きやすい。


 そのとき、扉をノックする音がして、私は返事をする。


「あの!アミル様がお迎えにいらっしゃいましたが……」

「え?何で?」


 男性従業員がアミルの来訪を教えてくれた。


「ユリアレス様。今日はここまででいいんじゃないでしょうか?あとは私達が、機械で練って砂糖と馴染ませておきますよ」


 頬を赤くした女性従業員が代わってくれるというので、そうすることにした。というかこの二人、絶対好き合ってるから私がお邪魔っぽい。


「じゃあ、あとはお願いします。また明日」


 そう言って私は慌ただしく部屋を出た。


 作業着を着替えてアミルと合流する。清潔第一なので専用のものを着ていたからだ。


「ごめんねアミル、待った?」

「俺こそ、急がせてごめん。夕食出来たから、ここで待ってるだけのつもりだったんだけど」


 アミルはそっと乱れている私の髪を直してくれた。見上げたアミルの青灰色の瞳はいつも優しく、愛を湛えている。私は単に趣味でバレンタインっぽいことをしたくてやってるだけなのに、この数日アミルに夕食まで作ってもらって申し訳ない。でもサプライズにしたいから私は何とも言えなかった。


「ユリィ、すごく甘くていい香りがついてる。変な虫がつきそうで心配になるよ」

「一緒に作業してるのは女性だから!」


 私の隠し事をしている雰囲気に、冗談めかしてアミルが少し笑う。そんなに匂いがついてるかと自分で嗅いでみるけど、鼻がもうカカオの匂いに麻痺していた。


「ふうん」

「帰ろう、ね?」


 アミルの手を引いて、チョコレート工場を出て家路に着く。外は一面畑だけど、うっすらと白い雪化粧をしていて、暗い空からも雪がちらついていた。


「大体、変な虫って何?アミルからしたらみんなかわいい虫でしょ?」


 アミルの虫好きは変わらない。一緒に住んでいる私の邸では飼っていないけれど、アミルの薬の研究所を兼ねた家では色々飼育している。薬に役立つ虫もいるけれど。


「変な虫っていうのは、17年も土の中で眠っている蝉とかかな。俺もまだ一度も成体を見ていない」

「そんなの、アミルが見たいだけじゃない……」


 私の笑った息は白く染まった。アミルは今、25歳だけどサイクルがうまく噛み合わないと見られないのだろう。


「ユリィがこんなに甘い匂いさせてたら起きてくるよ」

「こんな冬に蝉が?」

 

 10年以上じっと土の中で待ったのに、起きたら冬でしたではかわいそうだと思う。


「俺が蝉なら起きる」

「謎理論……」


 よくわからないけど、私は頬が熱くなる。とにかく何の話でもムーディーにしちゃうのがアミルだ。私の頭がおかしいだけかもしれない。私達はいつもこんなだから、叔父のグレンは見かける度にぺっぺっと砂が口に入ったみたいに、あるいは虫酸が走ったみたいに苦い顔をする。



 チョコレート祭の開催準備は大変だったけど、皆の協力もあり、何とかその日を迎えた。のどかなヴィース村に近隣の村、王都、国外からも人が押し寄せた。何せヴィース村は国産カカオの聖地だ。


 昨今では、王都にチョコレート専門店も軒を連ねている。チョコレートは日持ちがするので、土産物に丁度良い。輸出もさかんに行われている。


 なので、それらの店にもこの祭りには出店してもらった。限定品を携えて。


 会場は屋外の広場だが、色とりどりの風船とパラソルで飾り付けてあり、雪景色の中にあっても華やかだ。


 チョコレートを求める人々でごった返した広場は、チョコレートも雪もすべて溶けてしまいそうに熱気と甘い匂いに包まれている。それでも寒いのか、やっぱりホットココアの店に行列が出来ていた。


 私は群衆の中に叔父のグレンを見つけて声をかける。


「グレン、楽しんでくれてる?」

「おう、賑やかでいいな」


 グレンは、癖のある胡桃色の髪と傷跡だらけの顔をしている。胸には4歳になったジェニーを抱いていた。私から見て従姉妹だ。覚醒遺伝というか、私にかなり似ていて血の繋がりを感じる。


「ジェニーも楽しんでる?チョコレート好きだもんね?」

「うん、だいすき」


 私の英才教育によって、ジェニーは無事甘いもの大好きに育っている。かわいい。


「あ、アミル!」


 ジェニーがアミルを見つけて甲高い声をあげた。仕事を終えたらしいアミルが雑踏をかき分けて歩いてきた。


「アミル!抱っこして」

「いいよ」


 ジェニーが精一杯腕を伸ばしてアピールするので、アミルは微笑んでジェニーを抱き上げた。グレンがまた嫌そうな顔をする。そして私も。


「オレの娘なのに」

「私のアミルなのに」


 ジェニーのアミル好きにはちょっと困ってしまう。二人がイチャイチャするとき、私とグレンには何も出来ない。棒立ちするばかりだ。


「はーいユリィ」


 アンジェラが、黒い毛皮のコートに身を包み声をかけてきた。相変わらず豊満な谷間だけは露出していて寒いのか暑いのかわからない。


「アンジェラ!随分買ったのね」


 私はアミルたちと少し離れて、アンジェラとお喋りすることにする。


「だってどれもおいしそうなんだもん」


 アンジェラは美形の従者を連れて、大量のチョコレートを山と持たせていた。アンジェラも相当なチョコレート愛好家だ。


「限定のオレンジショコラと、アップルショコラを買えて良かったわ」


 アンジェラは、オレンジピールにビターなチョコをかけたものと、セミドライの林檎にチョコをかけたもののこと言っている。名称の揺らぎは気にしてはいけない。

 私が15歳のときから差し木で殖やし始めた林檎は、かなり数を増やし、安定生産されている。チョコレートとの相性も抜群だと思う。


「それは良かった。楽しんで。あっちにソフトクリームもあるから」


 私は遠くの行列を指差す。寒くないよう、熱した石がピラミッド状にが積まれている辺りだ。ついに出来上がったソフトクリームは、あの渦巻き形ととろける味わいで、とにかく人々の心を魅了している。我が牧場自慢の生乳を使用したバニラソフトと、チョコレートソフトを用意した。でもこの世界でも、人はミックスを選びがちである。


「並ぶの大変よねえ……今度個人的にユリィのおうちで食べさせてちょうだい」

「もう、しょうがないな」


 アンジェラは見た目は若いけど、2000歳は超えてるからときどきおばあちゃんみたいになる。


 ふと視界が薄暗くなった。雲がかかったのかと空を見上げると、白くひらひらした――熱帯魚のヒレのようなものが生えた、巨大な生物が上空に浮かんでいた。

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