結婚式
最愛の声がして振り返る。白い燕尾服風のジャケットに銀色のボウタイを締めたアミルが立っていた。丁度窓からの後光も射していて目が眩みそうになる。23歳になったアミルはかっこよさの限界を突き抜けてどこまで行くのかわからない。
「……本当に何着ても似合う、アミルは」
「ユリィも。いつもきれいだけど今日は更にきれい」
レースの手袋をした私の手を取ってエスコートするアミルの手も白い手袋をしている。何だか変な感じ。
「はいはい、二人で見つめあってたら皆待ちくたびれちゃうから。行くわよ」
アンジェラが手をパチンと叩いた音で現実に立ち返る。やばい、アミルの後ろにたくさんの薔薇の幻想を見ていた。
ホールの大扉を出て、噴水前の皆がいる広場へ歩いて行く。拍手と歓声、それから花吹雪が舞っていた。ふとそれが黄金色だと気づいて上空を見上げた。
巨大な真っ黒い竜――ヴェプナーと、その背に乗ったエズリだ。 音もさせず、今日は祝福のつもりなのか黄金の花びらを散らして滑空してくる。
「やあ、今日はおめでとう。あ、式を続けて」
エズリは多色の髪を靡かせて、周囲に雪の結晶に似たフラクタル構造のキラキラしたものを、いくつも中空に浮かべた。飾りつけしてくれたらしい。
「賑やかねえ。それじゃあ始めます」
アンジェラが先端にルビーがついて蛇が巻き付く懐かしい杖を取り出し、くるくると回す。私とアミル、それからアンジェラのすぐ上に雲が湧いた。人形劇のように色々なモンスターや人間の形を取っては消える。
「ユリィ、アミル」
「はい」
「はい」
急に静かになって、声が響くようだった。アンジェラは超然と続ける。
「あなた達はその愛の力で多くのものを救い、助けました。ひとりを愛し、幸せを願うことは愛が広がっていくということ。あなた達ほど幸せを広げたものはいません。幼いあなた達が困難を乗り越えて実現した奇跡のような今に祝福を。ここにいる皆があなた達の幸せを願っています。もちろん私も。いつまでも、お幸せに! 」
アンジェラは杖を掲げて、たくさんの火花を散らした。内容はアンジェラに任せていたけど思ってた以上に型破りな言葉だった。なのに、胸にじんと響いた。
みんなの大きな拍手の中で、言って欲しくなかった例の言葉をアンジェラが高らかに張り上げる。
「では誓いのキスを」
――やっぱりそうなるの?野次と口笛がボリュームアップしてくる。
私はアミルと向かい合い、手を引っ張った。アミルもちょっとだけ気恥ずかしそうだけど、私は目を閉じる。
ごく軽いキスを交わして目を開けた。一瞬の暗闇から抜け、再び視界に映るアミルの青灰色の瞳は少し潤んで深い愛情を伝えてくれる。私の気持ちも伝わるといいな、と見つめた。
「おめでとう!」
「おめでとう!!」
お父さんの方を見ると号泣していた。アミルのお父さんも横で同じようになっていて、それをアミルのお母さんとルーナが宥めていた。
長年牧場を支えてくれたキーラとゼフも感極まっているようだった。
本当に色々あったなと思う。
後はホールに移動して、立食パーティーとなった。グラソー家の料理長が作ってくれた巨大な3段ケーキもある。今や貴族の家にはミキサーが必ずあるようになった。
「ユリィ、今日はおめでとう。家に陛下と王妃陛下からの贈り物が届けておいたから」
陛下つきの騎士、ネイも今日は騎士服ではなく赤いドレスを着て出席してくれた。切り揃えた黒髪をタイトにまとめクールに決まっている。魔力の活用方を私から早期に伝授した彼女は、この国で一番の強さを誇る騎士となり騎士団長になった。
魔力は誰にも平等に降り注ぐので、努力した分だけ誰でも強くなれる。力の男女差はなくなった。
「ありがとう、ネイ。それってどんなものなの?」
「……王室御用達の職人が作った揺りかご」
ネイが苦笑するので、私とアミルも同じようになった。今日が結婚式なのにもう子供用品って。
三年前、陛下が心配しすぎるほど心配して国中の医者を集めた出産は、幸い安産だった。今は二歳となり、陛下似の生意気な男の子に成長した。現在王妃陛下は第二子を妊娠中だ。
「私はユリィの幸せそうな姿を見られるだけで嬉しいよ。また手合わせを頼む」
ネイはそう言って剣だこのある手で私の手を握った。魔力を浴びた年数なのか、修行もしてないのに相変わらず私が最強なのだった。
「ユリィちゃん、今日はとってもきれいね」
「ああ、やっとこの日が来て嬉しいよ」
加工職人のソニアと、トリエールの民の族長、ジャンナが揃って笑顔を浮かべて来てくれた。二人は協力して次々と新しい技術を生み出している。心配された相性は良すぎる程良かった。私とアミルより先に結婚式を挙げたくらいだ。
同性同士の結婚は前例がなかったが私が陛下に掛け合って良いこととしてもらった。陛下はその辺はこだわりがなく、無理して不幸な人間が生まれるよりはいいんじゃないかとすぐ了承してくれた。
ジャンナをいつも護衛していたルキヤンとイヴァネンは血脈が途絶えると反対したものの、それにはアンジェラと始祖が人類皆兄弟、と論破してしまった。
彼女たちはアンジェラの運営する孤児院から子供を引き取って育てている。トリエールの技術はその子達に教えるらしい。
「ありがとう、バーフレム国風の結婚式でもないけど」
「すごく素敵だよ。なあソニア」
「また結婚式挙げたくなるわね、ジャンナはどんなドレスも似合うから」
「あ、うん……」
ジャンナとソニアはじっと熱く見つめあう。他人から見るとごちそうさまって感じなんだなと思った。
全て終えて村の邸に帰ったのは夕方だった。
「みんなに挨拶して流石に疲れたね」
「うん、俺も疲れた」
私もアミルも交流してる人は多いので、たくさんの人に来てもらった。ありがたいことだけど。
邸の私の部屋でソファに倒れこむ。ベッドには、火灰狼のミルと、生まれたばかりの小さな子狼たちがいる。産んだばかりなので結婚式の間も家にいてもらった。
子狼たちはミューミューと鳴きながらミルのお乳を吸っていた。
何でも私より先を行くミルは、母の威厳と満ち足りた幸せを私とアミルに見せつける。真っ黒い瞳に白銀色の睫毛を被せる流し目は、早くここまで来なさいよと言っているように見えた。
メイドたちによって設置されていた陛下からの贈り物、揺りかごが勝手に揺れている。
「ユリィ」
「え?!」
軽くもたれてきたアミルに過剰に反応してしまって、私はしまったと思った。アミルは苦笑している。
「……好きだよ。何度言っても足りない」
「私も」
結婚式よりもう少し長いキスをして、アミルの腕の中に収まる。胸が高鳴るのに落ち着くここに永遠にいたい。だけど部屋の外から何となく気配がする。
「ユリィ、ちょっと散歩しようか?」
「そ、そうだね」
アミルも気配を察したのか、そんな提案をしてきた。案の定ドアを開けると、キーラやメイド達が大慌てで逃げていくのが見えた。物好きか。
林檎のつぼみが膨らみ始めた果樹園をアミルと歩く。この牧場もずいぶん大きくなった。雇っている人数も増えたし、扱う作物も、飼育する動物も増えた。
「ユリィはどこまでがんばるの?」
「うん?」
「もう牧場を大きくするどころか、この国を農業大国にまで押し上げた。次の目標があるのかなって」
隣を歩くアミルの銀髪がさらさらと風に吹かれていた。この風はどこまで行くんだろう。
「そうね。世界を私の牧場とするべくがんばろうと思う」
「世界征服?」
私の心を読んだかのように問うアミルに笑ってしまう。
「うん。私が品種改良した作物が世界中に広まったら、世界中の人が、私が一度は関わった食べ物を口にすることになる」
「すごい強力な支配だ」
楽しそうに笑うアミルだって既に支配下だとこっそり思う。このかっこいい体が私の作ったもので構成されているのが嬉しい。
明日の朝になればまたいつものように鶏のルシファーがときを作る。変わらない日常の中で少しずつ変わっていく日々を、アミルとずっと一緒に歩いていたい。私たちの歩みはとても遅いけれど、二人ならどこまでも行けるだろう。
ご覧頂きありがとうございました。
最後まで書ききることが出来たのも、皆さまのPV、ブクマのおかげです。
本当にありがとうございました。
このお話のジェイクルートも別タイトルで始めましたので、良ければご覧下さい。