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オリヴェーロ領視察

 今日はアミルと約束していたオリヴェーロ男爵領地の視察の日だ。私はミルに、アミルは見事な白毛の馬、スノウ号に乗って移動している。この世界の馬は基本的に空を飛ぶし火灰狼のミルも色々あって飛べるようになったので、長距離移動も苦ではない。


 スノウ号はアミルがこの国、バーフレムに来たときに馬屋に勧められて買ったらしいけどアミルは本当に白馬が似合う。アミルの褐色の肌を引き立てる白馬のさらさらとしたたてがみと、アミルの首に巻かれた淡いサックスブルーのストールが風に靡くのを目で追うふりをして何度も端正な横顔を盗み見た。


 これは男爵となったアミルからの正式な依頼であると何度も頭の中で繰り返す。そう、苦しい生活をしている領民に私に何か出来ることがあるならば手を尽くすべきだし、デートなんかでは絶対ない。そんな甘っちょろいものじゃ断じてない。


「ねえアミル、ある人から夫婦仲がうまくいってないときの対処法を聞かれたんだけどどうしたらいいと思う?……私は良く知らなくて」


 先日、エミリアーノ陛下から一般人はどうやって愛を深めるか聞かれたことを思い出してしまった。結局、陛下は王妃陛下とうまくいっていないのだろうと私は結論づけたけど。


「そうか……でも俺の両親は仲が良すぎてわからないな。ごめん」

「いいことだと思うけど。あ、私のことは気にしないで」


 私のお母さんは私が五歳のときに亡くなっている。なので夫婦ケンカなどは見る暇もなかった。ちなみに前世の両親は友達のように仲が良かったのでやっぱりわからない。


「気持ちがあるなら、好意を伝えるのが一番だと俺は思うよ」

「ありがとう。今度そう言ってみる」


 アミルらしい意見に私は笑ってしまう。ただあの陛下が、例え妻とはいえ誰かに好意を素直に表現できるかは疑問だ。そんな人がひとりでもいればあんなんじゃない気がする。


 二時間ほどで湖のほとりに点在する家々が眼下に見えてきた。この辺りがオリヴェーロ男爵領だ。


 どちらかというと素朴というか質素というか古めかしい土壁に藁葺き屋根の家が多く、本当に貧しい領地らしい。


 荷運びなどに使う街道に面している堅牢そうな石造りの、門を兼ねた城が男爵の住居と思われる。もっともアミルはそこには住んでいない。先代と使用人たちがそのまま住み続けているらしい。


 上空を飛ぶミルとスノウ号に乗った私たちを見つけ、見張り兵らしき人が手を振っていた。


「今日、ユリィとここに土地の視察に来ると伝えてあるけど特に挨拶はしなくていいよ。話が長くなって、帰りが遅くなるから」

「そう?良かった」


 私も子爵令嬢ユリアレスとして挨拶するのは正直疲れる。


 上空を飛ぶミルの姿を見つけた領民もしきりにこちらを指差したり、何かを話している。


「ミルは大人気ね」


 白銀の毛がふさふさしている首を撫でると、ミルはフンッと鼻を鳴らした。背に乗っているので顔は見えないけどいつものドヤ顔をしていると思う。


「ユリィも人気だと思うよ。普段の努力の成果だよ。いつもがんばってるから」

「……な、なんか恥ずかしいからそういうの言わなくていい」


 アミルは冗談でもなく真面目な口調で言ってくる。この辺りは大きな湖があるせいか風が冷たいと思っていたのに、急に熱くなってきた。


 そうこうしてるうちに私とアミルはひとつめの目的地の広い湿原が見える場所まで来た。どこまでも続く平らな大地だが、水気が多過ぎて何にも使えないと放置されているエリアだ。湿原近くに着陸して、ミルとスノウ号は足や毛並みが汚れそうなので待機してもらう。


「ミル、モンスターが出たらスノウ号を守ってあげてね」


 ミルの胸毛に埋まりながら抱きつくと、頭上からフンッと鼻息がかかった。風圧がすごい。この辺りにはモンスターが多く出るらしい。スノウ号はのんびり道草を食んでいるが、ミルが嫉妬するので私はスノウ号には触れないのだった。


 そこからは徒歩で進んだ。ぬかるむことを想定して、私は乗馬服風のパンツとブーツを履いている。私は腰に差していたレイピアを抜き、アミルも腰の剣を抜き、杖代わりに、というかどこまで沈むのか確かめながら進む。草が覆っているところなどは見た目ではわからない。


「アミルが剣を持ってるの初めて見た」


 はっきり言ってかっこいい。私はつい視線を上下させて眺めてしまう。


「いや……モンスターとは戦ったことないから緊張してる」

「わかってる。打ち合わせ通りにね」


 事前に、もしモンスターと遭遇したらアミルは自分の身を守ることを最優先してくれれば私がすぐに倒すと伝えてある。私はふと足を止めた。


「アミルは私が守るから。モンスターなんかに指一本触れさせない」


 思わず口をついて出た私の言葉にアミルは一度まばたきをして微笑んだ。


「かっこいいな、惚れそうだよ……もう惚れてるけど」


 後半の台詞をアミルはボソッと消え入るように小さく言うのでもっと聴きたくて脳が勝手にリピート再生を始めた。何か言わなきゃと思うけどリピート再生が忙しくて思い付かない。


「あ……ここ掘ってみるね!」


 私は腰を屈め、レイピアを地面に突き刺す。ぐりぐりと小さな円を描き、筒状に土を掘り出した。別に苦し紛れじゃない。それを手でほぐして植物の繊維が残っているのを確認した。


「……やっぱりピートになってる!」


 ピート、つまり泥炭だ。植物の根や藻類が低温などの状況下で微生物に分解されずに残ったもの。


「これを畑に撒けば土壌改良にはすごくいいし、樹木の種を柔らかくするのにもいい、あとウィスキーの香り付けにも使えるし、燃料にもなるし、この広い土地はすごく価値があるよアミル!」


 私は隣にしゃがむアミルに思わず長文早口で喋ってしまった。アミルの青灰色の瞳が近くにあって心臓が変な動きをした。その目元と口元がゆっくり笑うのを私は見た。大事に記憶に残しておきたい美しさだ。


「それは助かるな……。ありがとうユリィ、薬の材料になる植物もこの領地で栽培できそうかな」

「う、うん、それもすごくいいと思う。ちょっと持って帰ってもいい?」

「もちろん、なんなら全部ユリィが持って帰ってもいいよ」

「それは流石に無理」


 酸度も調べるつもりで用意してきた袋にピートを詰める。場所を変えて採取しようかと適当に散策する。そのとき、アミルが何かを見つけた。


「これ……」


 私がぬかるみに足をとられながらも近づくと、人間の頭骨だった。半分ほどしか残っていない。


「そろそろ戻ろう、アミル」


 足場も悪いし埋まらないように、でもできる限り早く私とアミルは来た道を辿った。


 しかし、悪い予感はなぜか当たるものだ。

 重く、それでいて細かく震える羽音が聴こえてきた。音の方向に顔を向けると巨大な甲虫が翔びながら向かってきた。


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