秋のお茶会
「ユリィ、白纏氈を探しに行くのはやめた方がいいんじゃないか?さっきのユリィ何かおかしかったし、それに国境地帯は色々と危ない」
出たなと思った。私を心配してくれての発言とはわかっているけどカルロは何かとあれは危ないとかダメとかいつも言ってくる。
確かにさっきは妙なトリップ感があった。それに白纏氈が居るという国境地帯周辺は私とケンカ中の公爵の領地に近接してるし、面倒になりそうな予感がすごい。私は横目でカルロを見てから暗い雲を睨んだ。
「……だって守りの鐘が壊れきったらあの村は廃村じゃない」
「まあそうだけど」
「私は、出来ることはやりたいと思うの。後悔したくない。じゃあ、白纏氈を倒したら今日ソニアと話したこと、カルロにも言うからそれでいいでしょ?」
数秒カルロと睨み合った。
「……ユリィ、お前はずるいやつだな」
「なにを今さら」
諦めたように笑うカルロに少し安心する。私がずるいのは今に始まった話じゃない。
「ねえ、ヴェンチズラオとタルクウィニオの筋肉見た?」
「え?」
突然話題が変わってカルロは率直な疑問の声をあげる。王立植物研究所の所員として雇用した二人は相当な鍛え上げられた体をしている。
「あそこまでの体になるのにどれだけ鍛えたのかなって……私なんて一切鍛えずにあの二人より強いのずるいじゃない。だからがんばらないと」
私なりに体を動かしているつもりだけど、無意識に魔力に頼っているのか私は見た目にほとんど筋肉はつかない。それはつまり楽をしているということだ。
「でもそんなのはユリィの責任じゃないだろ……もっと楽しいことだけしてればいいのに」
カルロの言いように笑ってしまう。
「何言ってるの。それにカルロも毎日弓の訓練やってるの、わかってるから」
首を動かしてカルロを見ると、驚きに水色の目を見開いていた。いや、ばれてないと思われていた方が心外だ。だってカルロは時々鍛練しすぎて肩を痛めてるし、男女差だけとは言いきれないくらい私よりちゃんと筋肉がついている。それに比べて私は余った時間は趣味のお菓子作りなどをして食べているだけでチート能力で冗談みたいに強い。
「カルロを付き合わせて悪いけど、まあいつも通りばーっと行ってばーんでいけるから、大丈夫」
日程の相談をしながらあっという間に村についた。狩りに行くのはもう少しあとの日付になるだろう。
家に帰り着くとハンナさんが笑顔で出迎えてくれた。
「ユリィちゃん、いいものが届いてるわよ!」
ハンナさんが言うからには絶対にいいものだろう安心してそれがあるという場所に行くと、籠に詰まれた大量の栗が目に入った。どれも大粒で艶々している。
「わあ、こんなにいっぱい!」
「すごいわねえ、これはユリィちゃんへお礼のお手紙よ」
急いで中をあらためると先日栗泥棒を捕まえた村の村長からの感謝が綴られていた。私にこんなに栗を送ってしまっては儲からないだろうにとは思うけど、感謝しておいしく頂戴することにする。
「これだけあれば色んなお菓子が出来るし良かったわねユリィちゃん」
ハンナさんを含め、この国の人は伝統的に秋の栗が大好きなので、見てるだけで上機嫌になる。私もそのように育った。みんなにお裾分けしようと栗を眺めた。
その後3日かけて予定通り領地の小麦の刈り取りを終えた私は一週間ぶりに王城に来ていた。一応王立植物研究所の所長として小麦の収穫についての報告、という形になっている。
今日は秋の夕陽が差し込む美しい中庭に席が用意されていた。秋咲きの柔らかなピンク色の薔薇が芳香を放っている。数人の兵士も一応立っていた。
ジェイクだけが先に席についていて、こちらを見てぱっと微笑む。秋用の文官着を支給されたらしく、紺地の前立てを留める六つの金色のボタンと肩の房飾りのコントラストが、ジェイクの少年らしいかわいさを引き立てている。
「ジェイク、その服かっこいいね!」
「え、そう?」
「うん、かっこいいしかわいい。すごく似合ってる」
「あ、ありがとう……」
子供の頃と違って、もう丸みはないジェイクの頬だけどぽっとピンク色に染まって最高にかわいすぎる。どの薔薇よりもかわいい、と思ったけど男子への褒め言葉ではないかもと自重した。
今の間に用意してしまおうと私は氷鳥の鱗を貼り付けた保冷バッグから、ケーキの土台取り出した。崩れるので表面のクリームはまだ絞っていない。
「ジェイク、この世界で一番高い山って何て言うの?」
「ファーデイック国のトルタロンだよ」
「じゃあこのお菓子はトルタロンね」
間髪入れずジェイクは答えてくれる。言いながら私はマロンクリームを入れた絞り出し袋から、スパゲッティ状のクリームを高く高く重ねていく。いわゆるモンブランだ。だけどモンブランは前世の山の名称だからこれからはトルタロンと呼ぶ。
「楽しそうだな」
声に振り向くとエミリアーノ陛下が、護衛騎士を伴ってゆっくり歩いてくる姿が目に入った。その貫禄はもう完全に王の姿であるし、金色の髪は獅子のたてがみのように美貌を彩っている。
「陛下、先日のお気遣い誠に感謝致します。陛下の御期待に沿えるよう、この身を尽くして植物研究の道に邁進致します」
私は陛下に、グラソー家に送った親書のお礼を述べた。おかげで政略結婚の心配はなくなった。クリームを絞りながら言っていいのかわからないが、陛下は苦笑している。
「別に大したことではない。ユリアレスがくれたものに比べれば」
陛下が掲げた右手の人差し指に、私があげたお守りが指輪となって輝いているのが見えた。
「とても良くお似合いです。お加減はいかがですか?」
「とても良い。少しずつだが料理を食べられるようになってきた」
陛下の言葉通り、一週間ほど私は王城に来られずお茶会はなかったのだが痩せた様子は見られない。
「良かったです」
「……だが根本的に、私の食事に毒が盛られるという問題はいつか解決せねばな。今日もユリアレスをもてなすつもりだったが、どの菓子に毒が入っているのかわからぬ」
陛下の言葉が聞こえているはずだが、侍女たちは表情ひとつ変えずにケーキスタンドやお茶の用意をしている。エミリアーノは実母――先代の王妃陛下に度々毒を盛られているらしい。
「それなら大丈夫です、私に毒はもう効きません」
陛下とジェイクが少し驚いたように私を見つめる。だけど私も一回眠り薬を盛られて散々な目に遭った。もうあんな嫌な思いはしたくない、と願うそれだけで私の体は魔力によって変わってしまう。
「本当に大丈夫?一応僕が味見していい?僕もユリィのお守りで毒は効かないけど、もう味を覚えたから」
「すごいねジェイク、そんなことも出来るようになったの?」
ジェイクはかわいらしく笑って、小さな茶菓子をいくつか皿に取る。見た目は美麗だけど毒入りなのか、と残念な気持ちで私はマカロンや小さなタルトを眺めた。
「これは大丈夫だよ」
「ありがとう」
ジェイクが味見した杏のタルトを私は口に運ぶ。初めてお城の食べ物を食べた。しかし、見た目は良いけど私が作ったものの方がおいしいと思った。
「うん……?」
「ユリィの作ったお菓子の方がずっとおいしいよ」
「……うむ」
私が作ったものはバターやクリームの鮮度は言うまでもないが、小麦粉も私はビニール製作のときに覚えた技術で小麦粉の粒子の大きさを揃えている。それが舌ざわりや焼き上がりに関係しているのだろう。
ジェイクと陛下はものすごい速度でトルタロンを食べている。かなり高く盛ったマロンクリームだけどやっぱりこの二人にはケーキ一台では足りなかったかもしれない。とはいえ、苦労して手に入れて剥いた栗なのでもう少し味わって欲しいけど。
「ユリアレス、つかぬ事を聞くが」
「はい?」
トルタロンの味付けについてかと想定して返事をした。何なら栗の一件も話してもいいかもしれない。陛下の碧い瞳は好奇心によるものなのか妙に輝いている。
「王族ではない、一般的な民はどうやって男女の愛を深めるのだ?」
ごほっと私は何かを喉に詰まらせた。ジェイクが心配して背中をさすってくるが、私は手のひらを向けて平気だと伝える。
「だ、大丈夫ジェイク。毒とかじゃない。びっくりしただけ……」
私は用意されている紅茶を少し飲んだ。これも怪しい味がするがもうなんかどうでもいい。ジェイクはなぜか陛下を睨んでるし。
「私にはそういうのはわかりません。私は幼少期からずっと仕事をしてまして、今も陛下ほどではないですが忙しいんです」
一瞬アミルの顔が浮かんだけど、全部必要に駆られての用件しかなかったと思う。私の顔をつぶさに見てから陛下はジェイクに顔を向けた。
「ではジェイク、お前は知っているか。何でも知っているだろう」
「僕もわかりません。ずっと働いておりますし、そもそも相手によって正解が異なることだと思います」
「……ではネイ、知っているか」
突然陛下に話を振られたネイさんはびくっと身を震わせる。護衛として後ろに控えているだけでこんな話を振られたら誰でもそうなると私は同情した。
「申し訳ありません、私は幼少期より鍛練ばかりしておりましたし、今は陛下をお守りすることしか頭にありません。そのうち親が結婚相手を決めるかと」
「む、そうか。では……カスト、お前は結婚していたな。どうなんだ?」
私は初めて彼の名前を聞いたが、よく顔を見る陛下付きの騎士も突然回ってきた恐ろしいパスに目を白黒させる。
「お、恐れながら私も親が幼少期に婚約相手を決めたものですから、妻とは未熟な心のまま衝突を繰り返してしまい……今でも昔のことで責められております。愛が深まるという方法がもしあるならば私も是非知りたいと存じます」
カストという鼻がとても高い騎士は意外と恐妻家らしい。なかなか難しいお話だ。
「何だお前たちは揃いも揃って、誰も知らないのか」
エミリアーノ陛下は呆れた様子で嘆息した。しかし私も一応成人した男女が五人も雁首揃えてまともな恋愛経験がないのかと内心頭を抱えた。ひどい話だ。近くに控える侍女や兵士たちは口元を引き締めたり唇を噛んだりしている。
毒入り菓子と陛下の目的のわからぬ話題が振られる狂気のお茶会は日暮れまで続いた。




