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ソニアの工房

 既に山の向こうの茜色の雲のほかは闇に染まりつつある時間だった。本当に日が沈むのが早くなってきている。


 私とカルロはノルマ分の小麦の刈り取りを終えて、王都に立ち寄った。カルロの姉、ソニアの勤める武器防具工房は王都にあるからだ。


「ソニアと会うの春以来かな、ちょっと久しぶりなんだよね、手紙とか依頼品のやり取りは良くしてるけど」

「そうか。まあユリィもソニアも忙しいというか、忙しくするのが好きというか……」


 職人の工房が立ち並ぶエリアをカルロと二人で歩きながら私は急に気づいた。夏にうっかり祖竜に触れて以来私の体がおかしくなりつつあることを一流職人のソニアなら見抜くかもしれない。ソニアはモンスターの素材を扱うことに長けていて、私とはまた違った感覚で魔力の流れを感じている。


 本来の人間の体のキャパシティを超えて体に負荷がかかってるとかカルロの前で言われるとまずい。はっきり言ってカルロは過保護だから私の全部の仕事やめさせようとしてくるかも――


「あ、カルロ私、グラソー家に急用思い出しちゃった。悪いけどカルロだけで行ってくれない?」

「は?」


 足を止めた私に素早く反応してカルロは怪訝な表情になる。普通に疑われている。


「素材の匂いとか魔力を覚えるのはユリィじゃなきゃ出来ないだろ、何言ってるんだよ」

「借りてきてよ!私はグラソー家に行ってくるから、あとで城門前で合流しよ……」

「いいから。忘れてたくらいなら大した用件じゃないだろ」


 喋っている最中の私の手首をカルロががっしり掴んで引きずり始めた。痛くはない。


「やっぱり太ったんだろ?まあまだ成長期なんだし、もう少し太っても大丈夫だから。ソニアに計測し直してもらって新しい服作れば大丈夫だ。な?」


 私の服は戦うことを想定してソニアの工房でほとんど作ってもらっている。だけどカルロの発言に私はカッとなって腕を引いた。


「太ってない!全然軽いでしょ?!羽毛でしょ?」

「いや、ユリィが抵抗してるからすごい疲れる……」


 私なんて毎日朝から晩まで働き詰めなのに太る訳ない。世界はそこまで理不尽じゃないと思う。それにカルロの腕力なら私なんて羽毛とかたんぽぽの綿毛より軽いはずだ。


 あまり本気を出すと道に敷かれた石畳が剥がれるので騒ぎながらもソニアの工房前に着いてしまった。薄闇の中、もう店の入り口を閉めようとしていた長身の女性が振り向き、目が合う。ソニアだった。


「あら!カルロとユリィが一緒に来るなんてどうしたの?それにカルロはユリィに何やってるのよ!」


 いつも春風のように心をくすぐる美声の持ち主のソニアだけど、カルロに対してだけちょっと厳しい感じになる。ソニアが駆け寄ってきて腕を広げるので、私はその魅力に抗えずしなやかな腕に抱かれた。鈴蘭のようないい匂いがして多幸感に目がくらむ。


「ユリィ、ちょっと会わない間に大人になったかしら?」

「う……」


 ソニアの指先が私の背中を撫でた。ここで言われたらどうしようかと私の心臓が大きく脈打った。


「ソニア、ユリィを計測し直してやってよ。あと、守りの鐘の修繕に白纏氈(パウレクター)の角が必要って言ったんだって?俺らがその討伐を頼まれた。欠片でもあれば見せて」


 そういうカルロの口調には愛想の欠片もないが、ソニアは気にする素振りもない。本当の姉弟という感じがした。





 ソニアに工房内に通してもらうと、中には未だ作業中の職人があちこちで働いていた。大きな炉も真っ赤に燃えていて工房内は外よりかなり暖かい。職人たちにどう見えているか知らないけれどモンスターの素材から逃げ出す魔力の光が工房内を走り回っている。


「ユリィに頼まれたもの、火事を起こさないかまだ確認中だけど活躍してるわよ」


 ソニアが壁から取って見せてくれたのは、バルブ型の電球が固定されたランタンだった。オレンジ色の光と熱を煌々と放っている。


「あ!すごい……いいですね。あったかい!」


 私は電球に手をかざして温度を感じ取ろうとする。私はこの電球を温熱装置としてビニールハウスにつけたくてソニアに開発を頼んでいた。前世の知識で、白熱電球は電気の半分以上が光ではなく熱になるということだけは覚えていた。


 正直、電球は8年前から作れそうだと思っていた。牧場で牛たちの脱走防止にソニアに電気柵を施工してもらったときだ。狙い通り電気柵に使っている雷鼯(ヤトイズ)というムササビのようなモンスターの皮膜素材の技術の流用で何とかなった。こんなに簡単に出来るなら早くやっておけば良かったと思う。


 電球内部のフィラメントには決して燃えないミルの毛を加工したもので、また電球内を減圧する技術は金物屋に魔法瓶の製造で研究してもらった。


 表面のガラスは外注だけどこれは熱に強ければいいだけなので、問題ない。


「これで秋の夜長も明るいしちょっと暖かいから仕事が捗るわ、ありがとうユリィ」

「いや早く寝ろよ!」


 カルロが食いぎみにソニアに注意した。ランプに照らされた二人の顔は、艶のあるバターブロンドも明るい水色の瞳も、顔のバランスもかなり似ているなと思った。だけど男女の違いはもちろん、纏う雰囲気が全然違う。人間って中身が外面に出るものだなと思った。


「うふふ、カルロって無口なようで口うるさくて困るわよね、ごめんねユリィ。いつも大変でしょ?」

「あーもう」

「ふふっ」


 カルロが怒っていると私はなぜか笑ってしまう。やっぱりカルロは弟属性だな、と思った。まあ本気で怒ってる訳じゃないし。


白纏氈(パウレクター)だったわよね。角はもうないけど牙があるからちょっと待っててね」


 工房奥の席にかけて私とカルロはしばし待った。ぼんやりと壁に飾られた様々な武器を眺めていると、ソニアが大きな金属の箱と冬に使う耳当てのようなものを持って戻ってきた。


「ごめんなさいね、まさかユリィとカルロに白纏氈(パウレクター)の話が回るなんて思わなかったわ……。私はヴィース村の壊れた守りの鐘を買い取って長年修復の研究をしてたの。ヴィース村は二人がいるから安心だけど、ほかの村だと大変でしょ?」

「そうですね……」


 ヴィース村は私の住んでいる村だ。私が7歳のときに守りの鐘はめちゃくちゃに壊れてどこに行ったかと考えもしなかったけど、ソニアの工房で買い取って、修復の研究までしていたとは知らなかった。流石ソニアだと思う。


 ソニアが蓋を開けた分厚い金属の箱の中には綿が詰められていて、その中に鋭く尖った牙があった。


「これは国境沿いの山で偶然弱ってる個体を見つけたハンターが狩ったものよ」

「うーん……」


 私は何度か瞬きをして魔力の世界に完全に焦点を合わせる。暗かった世界が一瞬に輝き、陰影が消え失せた。祝福の力に満ちた自由な世界がちかちか手招いている。瞳が熱くなってきて視界が揺らいだ。椅子にかけているはずなのに浮いているように身体の感覚がない――


「ユリィ!!」


 カルロが私の肩を掴んで叫んでいた。急に世界が暗闇に包まれる。


「大丈夫か?今何だかお前が……」

「だ、大丈夫。魔力の雰囲気を覚えたからいつでも白纏氈(パウレクター)を追えると思う」


 私はぎゅっと強く目を瞑ってから開けた。カルロとソニアがそっくりの心配そうな表情で私を見ていた。


「ユリィ、これはもうおしまいにしましょう。普段用の防具を作り直さないといけないから、あっちで身体測定しましょうね。カルロにはこれを着けるから。これは試作品だけどすごい防音効果があるのよ」


 ソニアは箱を閉めてカルロに耳当てを装着すると、カルロは顔を一気にしかめた。本当に聞こえないらしい。ソニアは若そうな職人にカルロの見張りを頼み私を奥に連れていく。


 防具のサイズ合わせなどをする場所で、カーテンを閉めたソニアが私の手を取った。ソニアの手はいつも少し冷たいけれど今日は特に冷えている。


「さて。夏の間にユリィに何があったか教えてくれるかしら?あなたすごく不安定になってる。ユリィの服に使ってる素材を考え直してみるわ」

「ソニア……ごめんね、いつも仕事増やしちゃって」


 やっぱりソニアには気付かれてしまっているみたいだ。


「何言ってるの。私もカルロもユリィをとっても大事に思ってるから、何かしたいと思うのは当然よ。だからカルロにも、早めにちゃんと教えてあげてね」


 ソニアの優しい声の響きは魔法みたいに心に沁みる。私はサイズを計ってもらいながら全てを話した。





 ソニアの工房を出て、暗くなった空をカルロと連れだって村へと帰る途中カルロが迷ったように声をかけてきた。

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