二人の所員
翌日の朝、牧場の仕事が終わった頃にタルクウィニオとヴェンチズラオがやって来た。この日この時間に来てもらう約束をしていた。
「おはようございます。朝早くから来てもらってすみません」
邸の玄関前でふたりを出迎える。
タルクはがっしりした体型に子犬のような瞳をしていて、ヴェンはタルクより更に筋肉質で強面の風貌をしている。どちらも40代に入ったくらいで、私はベテランの刑事コンビみたいだと思っている。そんな二人を見た目小娘の私があれこれ指示するのは非常に申し訳ない。早く副所長になってくれる人物を探したいところだ。
とりあえず昨日の夜にがんばって資料は全て精査し王立植物研究所として買い上げる小麦の選定を行い、指示書を作成した。早くしないと小麦粉にされてしまうからだ。
「いえいえ、朝早いのは門番の仕事で慣れてますから。ところでミルくんは?」
タルクは太い首をキョロキョロさせてミルを探している。
「家の中にいると思います。軽食と飲み物も用意してますので、良かったらどうぞ」
「お!ありがとうございます!」
犬好きなタルクは子犬のような黒目がちの瞳をキラキラさせて邸の中に駆けていった。あとには強面のヴェンと私が残される。ヴェンは大きな手と太い腕を軽く上げ、やれやれと苦笑してみせた。笑うと目尻と頬に皺が出来て、厳つい顔が少し優しい印象になる。でもそのたくましい体つきはまだまだ防衛隊で働けそうだ。
「ヴェン、こちらが指示書です。移動が多くて大変かとは思いますが……」
今回の国全ての調査で、私が撒いていたものより丈の低い小麦や実のつきが多い小麦が見つかった。ただその場所は多岐に渡る。
「ご心配なく。毎日門の前に立っている仕事に飽きていましたから、今は国内をあちこち回って楽しいですし、給与も前より良くて助かっています」
ヴェンとは何回か面談してるが会う度に思う。顔は怖いけど滅茶苦茶にいい人。こんないい人を公爵と私とのケンカ巻き込んじゃったと胸が苦しくなる。
「あの、私のせいで防衛隊をやめるはめになったこと、申し訳なく思っています。そろそろほとぼりも冷めていますので内密に隊に戻ることも可能ですが……」
公爵があまりにうるさいので防衛隊としても体面を保つためにふたりには職を外れてもらった。だけど公爵だって常に防衛隊の人員全てを網羅していない。子爵家としてある程度お金を積めば裏方くらいなら戻ることは可能だ。
しかしヴェンは大きな体を曲げて私の顔を覗き込んできた。突き出た眉骨の下で陰になっているが、瞳は緑がかったブラウンだった。
「ユリアレス様は本当に武の心をお持ちですね。そう、大きな力を持つものは優しさがなければなりません。今年の黒嵐竜の儀式、私も見ていました。あれだけの強い力を持ちながら国民全てが飢えることのない、強固な農業体制を作り上げるために身を粉にして働くユリアレス様を私も心より尊敬していますし、誇りを持って任務に臨んでいますよ」
「そ、そうですか。頼りにしています」
ヴェンは瞳に闘志のようなものを熱く滾らせ拳に力を入れた。太い前腕に浮き上がり脈打つ血管は特別筋肉好きでなくても目が離せない。
「ところで、例のものが見つかったらすぐ私に教えて下さい」
「もちろん、お任せ下さい」
丈夫そうな歯を見せてヴェンは笑った。ヴェンが言うほど私は立派な人間じゃないので個人的な欲望もちゃんと満たそうとしているが、彼は何か特別な意図があると思っているようだ。
「お仕事前にぜひ食事を召し上がって行って下さいね、ヴェン」
「噂のユリアレス様の食事が頂けるのはありがたいです!カルロ特別隊長も中に?」
「はい」
カルロはヴェンもタルクも記憶にない、と言っていたけどヴェンはそうではないらしい。ヴェンは先ほどとは違うちょっと意地悪そうな笑顔を見せた。
カルロは2年だけ王都で普通に防衛隊員として勤めたあと、ずっと防衛特別隊長として私の護衛をしている。だから隊員にそれほど詳しくないし、カルロ側だけ覚えられてるのも良くあることだ。ヴェンの記憶にあるカルロのどんな話が聞けるのかと私は期待しながらダイニングに向かった。
「カルロ若かったね……ふふっ」
遠くの小麦の刈り取り地までミルに騎乗して空中を移動しながら、私は思い出し笑いをしてしまう。カルロが射殺しそうな目で睨んでくるのも私としてはより笑いを誘った。
ヴェンはカルロのことを入隊当初から覚えていた。そしてカルロが新兵同士で何度もケンカを繰り返していたと話してくれたのだった。
「……言い訳じゃないけど……いや言い訳だけど、ソニアのことで似てるだの紹介してくれだの色々絡んでくるやつが多かったんだよ。ソニアが先に王都の工房で働いてて、もう有名になってたから」
「あ、そっか……ごめん」
あんまり笑って悪かった。ソニアはカルロの姉で、顔つきはかなり似てるけどソニアは物腰や雰囲気がとても優しく魅力的で、とてつもなくもてる女性だ。しかも女性が少ない武器防具工房の有能職人なのだから、入隊当初からカルロが目立っていたのも当然だった。
「それに俺だけじゃないからな。隊の奴らなんかみんな手が早くて殴りあいは日常だし、ヴェンチズラオとタルクウィニオも若いときは絶対ケンカしてたと思うぞ」
「青春だね」
「ユリィも働いてばかりじゃなくて少しはそういうのあったらいいのにな。王立植物研究所とかまた仕事増やして本当に……また全然寝てないんだろ」
「うん?まあ大丈夫、冬になったら寝るから。冬眠する」
秋の農業は忙しいし、仕方ない。植物も動物も季節も待ってはくれない。
刈り取り予定の子爵領のうち、ひとつめの村を終了させると村長がお金が入っていると思われる皮袋を差し出してきた。
「お礼はいりませんて、毎年言ってるじゃないですか」
私は断ろうとするが、太り気味の村長は眉を下げてすり寄ってくる。
「ユリアレス様とカルロ様にしかお頼み出来ません!どうか白纏氈を倒してくださいませんか?」
村長は下がり眉が地顔らしいがお願い事には大変向いているなと思った。無視して村を出て行きづらい。
「白纏氈ってあの、幻のモンスターですよね。どこにいるかわかっているんですか?」
この国に出現する可能性のあるモンスターは一通り頭に入れてあるが、白纏氈はほとんど目撃例がないモンスターだ。出会えたら寿命が縮まるとまで言われている。
「わからないからハンターに依頼してもずっと進展なしなのです……実はかなり前から守りの鐘にひびが入ってしまって、修理には白纏氈の角が必要だとこの国一番の武器防具工房に言われました」
私とカルロは顔を見合わせる。この国一番の武器防具工房とは、ソニアのいる工房だ。そして守りの鐘はモンスター対策に一番重要なもので、なければ村に危険なモンスターが入り放題になる。畑なんてやってる場合ではなく、廃村になるだろう。
「ごめんなさい村長、そのお金はお納め下さい」
「そんな……」
「大切な領民の皆様のために動くのは子爵家の一員として当然ですから、何か方法を考えてみます。お金はいりません」
「おお!引き受けて下さいますか!」
「でもモンスターの捜索は経験がないのであまり期待しないで下さいね。守りの鐘はあとどれくらい持ちそうですか?」
重そうな体で迫ってくる村長に少し後退りしながら、私は答えた。
「年内まで持つかどうか、ですね。鐘を鳴らすたびに亀裂が広がってしまいますが鳴らさないわけにもいきませんから」
「なるほど……」
まずは情報収集だ。小麦の刈り取りもしなきゃいけないけど。
村を出て、カルロと二人きりになると大きなため息をつかれた。
「まあ、仕方ないか……。今日の分の刈り取りが終わったらソニアのところに行って白纏氈の素材がまだあるか、どこで手に入れたのか聞こう」
「うん、素材がもし工房にまだあれば、匂いか魔力を辿って別個体を探せると思う」




