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王立植物研究所

 家に帰るとグラソー家の執事、エトヴィンから手紙が来ていたので何気なく中身を読むと、エミリアーノ国王陛下からグラソー家に親書が届いたとあった。


「うん……?は?陛下が?」


 親書には、私を王立植物研究所の所長に正式に任命したこと、今後数年は忙しい立場であるのでグラソー家においては私に婚約や結婚をさせないこと、また週に一度は王城に出向き報告をさせるようにとあった、とエトヴィンの流麗な字で書かれている。


「うーん……」


 この間カードゲームで勝ったのがそんなに嬉しかったのかと思ったけどお守りのお礼だろうか。陛下にしては大サービスしてくれたなと思う。私にとってはメリットしかない。


 これで訳のわからない相手と政略結婚させられる心配はなくなった。また、建物はまだ未建築だけど王立植物研究所の仕事という名目で堂々とエミリアーノ陛下に謁見できるようになった。


 それにしても陛下と直接会ってるときはしょうがない人だなと思ってたけど、国王から子爵家へ親書となると重大インシデント感がすごい。次にグラソー家に行ったときは詳しい報告を求められるだろう。


 残る問題は、うやむやになっているアミルからの婚約話だけだ。私の寿命が差し迫ってるということで保留にしていたけど国王陛下からも禁止されてる以上、絶対に婚約はできないことになった。アミルにはかなりのお金を使わせてしまってすごく申し訳ないと思う。


 アミルのことを考えると思考が止まってしまう。ただ考えているポーズをしているだけの人間になっていたとき、アミルの気配を感じた。


「悩み事?」

「あっ……」


 振り返るとアミルが立っていた。あなたのことで悩んでるとは流石に言えない。そして白地に白い刺繍が入った服を着ていてすごくおしゃれ、外国から移住してきたばかりなのにどこで服買ってるんだろう、とか急に思考が溢れ出す。それにまだこちらの家は建築中らしいので私の邸に住んでもらっているけど、いつまでいてくれるんだろう。


「アミルえっとその……アミルが買ったっていう男爵領は今どんな感じなの?」


「小麦の刈り取りを領民総出でがんばってるよ。貢納は何とかなりそうだけど、来年からの農業について専門家のユリィに助言してもらいたいところだけど忙しいかな?」


「それくらいなら全然大丈夫!ちょうど今、王立植物研究所で調べた国内の土地の資料があるから」


 私の言葉に、アミルの青灰色の瞳がテーブルに放り出されている手紙を捉えたので慌てて手紙をくるくる丸めた。違う、これじゃない。


「その資料は……すごい量だから私の部屋にあって、あとで見に来て。夕食のあと」

「う、うん。わかった」


 思わず強めの口調になってしまったけど、アミルが気遣うように微笑む。私は夕食を作ってくれているハンナさんを手伝おうとキッチンに向かいながらそっと手紙を魔法で燃やした。魔法は手紙も燃やせるし料理にも役立つ。






 夕食のあと、ハーブティーを大きめのポットに用意して私は自分の部屋で資料を広げていた。資料は閉じ紐でくくられただけの簡素なものだが分厚く何冊にも及び、ここだけ雑然としてしまっている。ベッドやソファ、テーブルなど必要最低限の家具以外はあまり物がなく、女の子らしい小物がない部屋がふと気になってきた。


 考えたらアミルを部屋にちゃんと呼んだのは初めてだ。気絶してるところをアミルが看ていてくれたときには部屋を見ただろうけど。


 ぬいぐるみなどは趣味じゃないし、もらってもミルが嫉妬して燃やすので置いていない。となるとこの部屋で一番かわいいものはミルかもしれない。


「ミル、ブラッシングしようね」


 いいわよ、と言いたげにミルは顎をつんと上げた。その白銀の顎下を、怪魍猪(ボタニボア)のブラシで優しく梳かす。


「ミル、彼氏とは最近どうなの?順調なの?そうだよね、毛艶もいいもんね。かわいいよ、綺麗だよ」


 美容師気分でミルを褒めながらブラッシングしていくと段々体がだらしなく開いていく。何せミルはシングルベッドなら占領するくらい大きく中々終わらないのでミルが飽きないように常に褒め称える必要がある。


「いいよいいよ、ミル、もっとお腹見せて」


 盛り上がっているときに控えめなノックの音がした。私は身を跳ねさせ、ミルも私に驚いて巨体を反転させる。


「ど、どうぞ?!」

「大丈夫?何か大きな音がしたけど……」


 アミルが心配そうに入室してくるが、別に何もない。ミルは気持ちを落ち着けようと自分で毛繕いを始めている。


「ミルがね、大きいから大きな音がしただけ……」


 言いながらミルとアミルの語感が似すぎてるし毛の色まで偶然似てしまった問題に恥ずかしさがこみ上げてきた。さっきのミルとの会話がアミルに聞こえてたらどうしようと思いながらブラシからミルの銀色の毛をむしり、袋に詰める。


「あの……アミルとミルは名前が似てるけど、深い意味はないから気にしないでね」


 深い意味はないも何もジェイクがミルに『アミル』と名付けようとしたんだけど。ジェイクはたまに小悪魔。


「ああ、俺の国ではこういう名前多いから気にならないよ。カミルとかタミルとかファミル、ジャミルとかたくさんいるんだ」


「そうなんだ……?」


 アミルの言葉に私は安心すると同時に聞いてるだけでミルがゲシュタルト崩壊してきて混乱した。アミルにソファを勧め、気持ちを落ち着けようとポットのハーブティーを注ぐ。エルダーフラワーシロップも入れているので、甘くて爽やかな香りだ。


「ええと、領地の農業についてだったよね?」


 私はカップと読み込んだ資料の一葉をテーブルに置き、ソファの向かいにかけて話を始めた。


「私の持ってる資料によるとアミルの買ったオリヴェーロ領は湿地が多く一般的な小麦の育成には不向き……。ただ灌漑や整地を先代男爵がちゃんと指示していなかったのもあるかもしれない」


「王立植物研究所って設立して間もないのに情報が早いね。その通りだよ。ところでそっち疲れない?」


 アミルは私の座ってる背もたれのない長椅子を気にしている。確かに対面だと文字は読みづらい。


「偶然だけど優秀な所員を雇えて調査が早いの………大丈夫」

「ユリィ、こっちに座ったら?こんなに空いてるんだし」


 アミルが何でもないことのように座面を手で示している。確かに三人掛けのソファにはかなり余裕がある。だけど、だからこそどの辺りに座るべきか難しい。見慣れたソファもそこにアミルが居るだけで違うものに見えてくる。私は間隔が空きすぎでもなく近すぎでもないベストと思われるポジションになるべく身を小さくして座った。でも、ちょっと変な間が――時間のことだが――出来た。


 私は照れ隠しに現在まだ2名しかいない所員の説明をした。元防衛隊の門番のタルクウィニオとヴェンチズラオという。


 私が公爵とケンカ中に、タルクにはお世話になった。しかしモンスターの侵入を許したとして公爵は防衛隊にクレームをつけ、責任を取らされる形でタルクと、そのとき一緒に門番をしていたヴェンチズラオは免職となった。なので私は二人を王立植物研究所の所員としてスカウトしたのだ。


 土地や作物の調査は、税を上げるつもりかと農家の人にいちゃもんをつけられる可能性が大いにある。元門番のふたりなら腕力も会話力あるしその点安心だ。


「とにかく、ふたりを研究所に雇えたのも、嫌がらせしてきた公爵のおかげってわけ」


 私がそう話を締めると、アミルは大きく頷いた。


「毒も薬になる、の典型だね」

「本当にそう」


 言いながら頭の中で閃くものがあった。湿地が多いならいっそのこと小麦ではなく米作に切り替えるのもありかもしれない。


 今まではなかったけど、いつ冷害が起こるかはわからない。米は水田なので、小麦よりは冷害に強い。何なら魔法で水温も上げられる。でもアミルの領地だしあまり私欲や私情で発言するのは良くないかな――


 湿害に強い種の小麦もあるといえばある。私は立ち上がって別の資料の束を開いた。そう、最早国中の小麦の種も、全ての作物も私のもの。王立植物研究所という王命の名の下に全て召し上げることができる。権力って素晴らしい。


 気がつくとアミルがじっと私を見ていた。青灰色の瞳が笑っている。


「あ……ごめん私……」

「いや、楽しそうだから見てた。気持ちはわかるよ。好きなことって夢中になるよな」

「色んな案があって、何から話せばいいのか……」

「ゆっくりでいいよ」


 ゆっくりなんてしていられない。植物の研究でやりたいこと、試したいことはいっぱいある。どれも数年や数十年と時間がかかることだ。


「アミル、私がんばって長生きするから。アミルの領地ももっと良くしたい」


 何だか久しぶりに燃えてきた。


「そう言ってくれると、買った甲斐がある。とはいえ俺もファリード家の一員だから商売は得意なんだ。俺なりに投資した分を回収する策はちゃんとあるから、金銭的な心配はしなくていいよ。農地は好きに使って欲しい」


 アミルの発言に私は少し驚いてしまう。確かにアミルは商売上手なポンさんの甥だし、故郷でも不労収入が相当あるとは言っていた。


「だからさ……。婚約の話は取り下げるよ。俺も早すぎたと反省してる」

「あ、それはえっと……」


 急に部屋が寒くなった気がした。私もアミルも黙りこくる。国王からもそういうのは禁止されたとは言い出しにくい。でもすごくわがままでバカみたいな感情だけど寂しい気がした。私って汚すぎる。


「いいのかな?俺にそんな寂しそうな表情を見せて」

「えっ?」


 俯いていた顔を上げるとアミルは少しだけ笑っている。


「その顔が見れただけでも十分な気がしてきたな」

「そんな」


 口元を覆ってみるけどアミルの強い眼差しに落ち着かない。だから何でずっとアミルのターンなんだろう。負けっぱなしな気がする。


「爵位を買ったのは、俺がそう簡単にこの国を離れないっていう意思表明でもあったから。ユリィが安心してくれたらそれでいいよ」

「何それ……」


 私はアミルといるとすごく感情が変になって気持ちが上がったり下がったりしてしまう。この何分の一かでもアミルにそうなって欲しいという欲望に気づいて私は急いでかき消した。


 結局、小麦の収穫は一週間で終わる予定なので直接オリヴェーロ領に視察に行く約束をした。


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