おとり作戦
「どうカルロ?普通の村娘に見える?」
私と同じく村人の服に着替えたカルロに向かって私は両手を広げて披露する。
おとり作戦のため、村内で何軒か家を訪ね、私と同じくらいの年頃の女の子から服を買い上げた。作業用とはいえ私とカルロの今日着てきた服では高級感がありすぎるからだ。
「うーん、俺にはモンスターが変身してるようにしか見えないけどまあ知らないやつなら騙せるだろ」
「一言多いなあ……」
「素敵ですよ、ユリアレス様は何を着ても」
服の持ち主の女の子は私とカルロのやり取りに笑いながらも、誉めてくれた。空気が読める女子だ。
「憲兵が着いたみたいだし、行くか」
カルロが憲兵の到着を察知したので私は女の子の家を出て、ふたり組の憲兵隊と合流した。
憲兵のひとりは村人風の格好をした私とカルロに一瞬訝しげな表情をしたが、後ろからついてくる巨大な銀色の狼、ミルを見てすぐに態度を改める。
写真などないこの世界、私の名前は有名だが私が私である証明はほとんどミル頼りになっている。ミルみたいに輝く銀色で巨大な火灰狼は野生には絶対にいないし、そもそも人には懐かないからだ。
「ユリアレス様、カルロ様。この度は野盗退治にご協力頂けるそうで、誠に感謝致します」
「ご苦労様です。今から私が野盗の巣窟に向かいますのでそれをばれないよう物陰から見ていて下さい。野盗が私の持ち物や私自身を襲ったら、捕まえる……そんな感じでよろしくお願いいたします」
「はい。いやしかし、またお二人に頼る形となって申し訳ないです。我々も奴らを捕まえたいとは思っておりましたが」
「まあ野盗が手を出してくれるかはお約束できませんけど」
良く見たら見覚えのある憲兵の顔に私は曖昧に笑う。
「そろそろですね……」
匂いをたどり、村のはずれの森の中を歩くと、あばら家が見えてきた。何かを煮炊きしている匂いと煙も上がっていた。憲兵たちは茂みに隠れ、カルロには獣道にうつ伏せに倒れてもらう。
「助けてください!お願いです!」
私はなるべく弱々しくあばら家の扉を叩く。すぐに床材の軋む音が聞こえて、蝶番が外れそうな扉が開かれた。この家は元々は誰かの炭焼き小屋だったと聞いている。
「なんだ?こんな所に……」
どこにでもいる村娘かと油断して隙だらけの男が顔を覗かせた。髭が延び放題で汚い印象だ。部屋の奥にも人影が見える。
「兄が突然倒れてしまって……私ひとりでは運べません!村まで運ぶのを手伝ってもらえませんか?」
あばら家からギリギリ見えるところにカルロは倒れている。そういえば地面に倒れているのが嫌でカルロあんな顔をしたのかもしれない。
「だってよ?どうする兄貴」
出て来た男は中にいる男に問うている。奥にいるのがリーダー格なんだろうか。私はもう一押しと懐から皮袋を取り出す。普段はお金を持ち歩かないが、刈り取りの時期はこんなこともあろうかとお金は結構用意している。
「お礼はします!お願いです、兄は体が弱いんです、早く何とかしないと死んじゃうかも……」
私は膨らんだ皮袋から銀貨を三枚取り出した。一般的な感覚で言えば十分な謝礼だと思うが、男たちの視線は皮袋に集まっている。もう一押しかな?
私はわざとに中身を少しこぼす。鮮やかな金貨が戸口に散らばった。
「す、すみませんこれは兄の治療費ですので全部はお渡しできませんが……お願いします、早くしないと兄が……」
全然襲って来てくれないので私は金貨を適当に集め、皮袋をそこに置く。そして彼らに背を向けて、カルロの元へ駆け寄った。
「しっかりしてお兄ちゃん!」
背中を揺さぶるがカルロはぴくりとも動かない。という演技をしている。適当に兄は体が弱いと口走ってみたけど体格が良すぎると思った。野盗たちはのろのろと家から出て来た。
しかし、全然襲って来てくれない。仕方なく演技を続ける。
「い、息をしてない……?!」
息はもちろんある。私はカルロの上半身を隠すように寄りすがる。
「お兄ちゃん!私をひとりにしないでよ……ううっ」
カルロは動かない。すごい、私なら笑っちゃうと思う。私の肩の震えは泣いているように見えるといいけど。
そのとき、殺気を感じたので私は横に転がった。
「蜂に……刺されるかと」
私が立ち上がると、棍棒を構えた野盗が驚いた顔をしていた。
「ああ?!蜂なんてどうでもいいだろ、お前は兄と一緒にここで死ぬんだから」
「ど、どういう意味ですか?」
「兄は死んだようだし、あの金、もういらないだろ?俺たちに寄越せ。お前は大好きなお兄ちゃんと同じところに送ってやるよ!」
「それは私を殺すということですか?」
「だからそうだって言ってんだよ!」
良く喋ってくれていい人だ。ほかの野盗たちもそれぞれ武器を構え、一斉に私を殺そうとしている。ひとりは私が置いておいた皮袋を握っている。これはいい感じだ。
「殺さないで下さい!そのお金も返してください!」
安全のため、カルロから離れて皮袋を持った野盗に走り寄ろうとするが、別の野盗が立ち塞がる。木漏れ日を反射してギラギラした剣を向けられた。
「返すわけないだろ、おい早く始末しろ」
「でも高く売れそうな顔をしてるし殺すには惜しい、足を切って逃げられないようにして売り飛ばすか」
余程なめてかかっているのか、剣はスローモーションのように向かってきた。軽く肘を当てると湾曲した剣は鈍い音を立てて刀身が地面に落ちる。
「はっ?!」
「はい!ここまでで大丈夫です!ご協力感謝します!」
野盗が驚きの声を上げたとき、監督――もとい憲兵たちが茂みから飛び出してきた。もういいかとカルロも体を起こし、ひとり、ふたりと制圧する。私も愛用の短剣を押し当てて適当に気絶させる。最後の野盗に向かって私が足を踏み出しかけたとき、もうカルロが顎を殴って昏倒させていた。勝負は一瞬で終わった。
「えー、暴行未遂、窃盗、それから誘拐未遂の罪状でしばらく牢の中にぶちこみますね。栗泥棒の件も吐かせるようにして、密売先を調べておきます」
憲兵たちはてきぱきと野盗5人を縛り上げた。護送用の馬車を呼ぶために狼煙を上げている。
「よろしくお願いします」
「はい、私どもとしても善良な村人が怪我を負う前に犯罪者を逮捕できて良かったと思っています。言い訳のようですが、怠慢で放置していた訳ではないんですよ……」
「わかっていますよ、憲兵の皆さんが全ての畑に夜中張り込むなんて不可能ですから。私とカルロはたまたま体調を崩して襲われたところにあなたたちが居合わせて捕まえて下さった、それだけのことです」
私と憲兵たちは大人の笑みを交わした。
「ユリアレス様、カルロ様、野盗退治まで協力して下さって本当に本当にありがとうございました」
「ありがとうございました!!」
村長と村民たちは何度もお礼を言ってくるが、長居するとまた別の頼みを言われそうなので私達は早々に立ち去った。日が沈むのも早くなってきた。
「あの野盗たち、今日はなかなか殺そうとしてきてくれなかったね。私、やっぱり子供のときより育ってきてるし強そうに見えちゃうのかな?」
ミルに騎乗して、薄暮の空を飛びながら鹿毛の馬ディープ号に騎乗しているカルロに話しかける。
「もうおとり作戦はやらないからな」
私の質問には答えず、不機嫌そうにカルロは告げてきた。
「あ……演技とはいえ死んだことにされたの嫌だった?ごめんね。あと長く地面に倒れてるの嫌?」
「いやそれはどうでもいいけど。ああいうのは俺がひとりで夜中畑に張り込んでれば捕まえられるし、これからはそうする」
「それって……闇討ち?キャンプ?いいな、私もそれやりたい」
闇に乗じて討ち取るのは得意とするところだし、キャンプもしてみたい。牧場のことがあるので私は一度も自宅以外に泊まったことがない。徹夜で動いてるときはあったけど。
カルロは半目気味に私を見た。空中を移動しているのでよそ見をしてもぶつかることはない。ディープ号はとても賢いし。
「ユリィは放っといた方が危ないからな……わかったよ」
「やった。明日か、あさって辺りに頼まれないかな」
「ない方がいいけどな」
「あ、確かに」
うっかり犯罪を願ってしまったので心中反省会をする。明日は三ヶ所くらい無事刈り取りを終わらせたい。




