刈り取り
黄金色に染まった小麦畑の中、私は『発掘』カマを振るい続けていた。養父であるグラソー子爵領のとある村に今日は来ている。
一振で出現する空気の刃が、まるで見えないコンバインが駆動するかのように小麦を一列に刈り取っていく。
当然だけど人に当たったらとても危ない。人払いはしてもらっているがザンディーラの石を使って嗅覚を強化し、人がいないか注意しながら作業する。噎せかえるような草いきれの中、いたちに似た体が細長いモンスターも適当に追い払う。
害獣ではあるけど、血で小麦を汚したくないということにしておく。夏と秋の境目のよく晴れた日は感傷的な気分だ。
発掘カマは便利だけど魔力を吸いとるので、誰でも使える訳ではない。私のほかにはいつも私の作った食事を食べて身体強化しているカルロ、ゼフさん、キーラだ。この4人でグラソー子爵領とグラソー子爵と姻戚関係にある伯爵領の小麦刈り取りを担うのだからこの時期はとても忙しい。
しかも小麦の刈り取り時期はとても短い。早くしないと品質が下がる可能性がある。キーラとゼフさん組は別の村に、カルロは少し離れたところで作業をしている。
「ふう……」
美しい黄金色を眺める余裕もなく私はバッサバッサと発掘カマを振りまくる。今年は魔力が高まっているから自分でも信じられないくらい早い。一区画を二分ほどで終わらせた。そもそも私が使っている発掘カマは70回くらい発掘を繰り返したもので、性能がほかのメンバーのものとは段違いなのだ。その分魔力を吸うけど。
「カルロー、私は終わったからそっち行くね」
作業中であるカルロに声をかけて移動する。ドッディの石で聴覚強化しているカルロは、姿が見えないくらい遠くでも大体聞こえている。
「俺ももう終わるから、その辺で休んでていい」
カルロの声が聞こえるくらいまで近づくと、大声でそう言われた。
「わかった」
それでは、と私は持ってきたレモンタルトを取り出し、自分へのご褒美として食べ出す。レモンの皮のすりおろしを生地に入れて焼き、表面にはレモン果汁入りアイシングをかけてあるので爽やかな香りとたっぷりの砂糖が脳内にエンドルフィンを分泌させる。
去年までは途中で食べ物を補給する必要があったから念のため持ってきたけど、今は生きてるだけでその辺から魔力は補給できるので必要なかった。
とはいえ、お腹が空いていなくてもお菓子は別腹、心の栄養だから。そう言い訳して飲み込む。
ふと、刈り取りが終わって見通しが良くなった小麦畑からカルロが私を見ていた。
「……カルロ今、太るぞって言わなかった?」
「いや、言ってない!気のせい」
幻聴かな?
全ての刈り取りを完了させると村長と村民がお礼を言ってくる。
「今年も本当にありがとうございました」
「いいえ、見事に実っていて楽しかったです」
「いやいやそれはユリアレス様のご指導と肥料があってこそで……」
「いえいえ皆様の管理が適切でしたから……」
などと恒例の取り組みを終えて村長と村民に見送られ、私とカルロは急いで村を出た。とっとと出ないといつまでも続くし、厄介事を頼まれかねない。
「ふう、次の村に行かないとね」
「そうだな」
私はミルに、カルロはディープ号に騎乗して空中を移動する。雲は高いところにあり、風は涼しくやはりもう夏ではないのだと実感した。木々の緑も黄色味を帯び初めている。
子爵領にある別の村でも淡々と、素早く作業を終え、村長に声をかけてさあ帰ろうかとしたときだった。
「あの、厚かましいとは承知の上ですが……お二方にお願いがあります」
村長が苦悶の表情で私たちを呼び止めた。大体いつもこうなのだ、二、三回に一回ちょっとしたクエストが発生する。
「えっと……」
「実は、しばらく前から村の離れに野盗が住み着いてしまったのです。女子供は怖がるし、最近では夜な夜な村の畑から作物を盗んで行くのです。憲兵に訴えても、現行犯じゃないとか、確たる証拠がないと捕まえてくれません。どうか奴らを追い払って頂けませんか?」
村長はすごい勢いで説明をしてきた。
私は視線をカルロの水色の目と見合わせる。カルロは広い肩を少しすくめた。
「……盗難があったという畑に案内してください」
私は村長に案内を頼んだ。人間はただ倒せばいいってものじゃないからモンスターより少し面倒だけど仕方ない。だって作物の泥棒は絶対に許せない。
案内されたのは、栗の木が連なる広い畑だった。
「ほかの畑も荒らされますが、一番被害額が大きいのがここです。栗は高いですから」
「なるほど……しかも栗の実は落ちてる落ちてないって話になっちゃいますよね」
「それだけじゃなく枝を揺らしたり、ひどいときは切り落としたりしているんです。人間の足跡も複数ありましたから間違いないんですが、憲兵は誰のものかわからないと」
村長は腹立たしげにうなる。足跡鑑定なんてこの世界にないし監視カメラもないので仕方ないが、栗好きとしては私も非常に腹が立つ。
「かくなる上は、村の腕の立つものたちで夜中に張り込むしか……」
「危ないのでやめてください。私たちが何とかしましょう」
一緒に来た火灰狼であるミルは犯人の足跡と示された足跡に鼻を近付けて嗅いでいる。私もザンディーラの石を使えばわかるけど、村長の前で足跡の匂いを嗅ぐ訳にいかない。私も一応子爵令嬢だ。ミルは、白銀の長い睫毛を一度瞬かせ、黒く輝く瞳で私を見つめた。村長の言葉に嘘はないと言っていると思う。
「……村長、憲兵を呼んで来て下さい。私の名前を出せばすぐ来てくれると思います」
「は、はい!!」
結構年齢の高そうな村長だが、意外と軽快に走っていった。憲兵はこの村に常にいるわけでないので一時間強くらいか。
「ユリィ、どうするんだ?」
「罪が立証できないなら憲兵の目の前で罪を犯させればいいじゃない。いつものおとり作戦ね」
「あれか……」
カルロはあんまり乗り気じゃないようで表情が曇ったが、私の見た目が一応少女であることを生かしたおとり捜査は違法ではない。捕らえた後に栗泥棒を吐かせるのはそう難しくはないだろう。
「だってもし普通の人が襲われて怪我でもしたら大変じゃない」
そう言って私はしゃかみこんでザンディーラの石を使う。さっきミルが言った通り、足跡の匂いの先に5人いるのが感じ取れた。




