陛下とゲーム
「陛下にお気遣い頂き光栄です」
多分、黒嵐竜防衛戦が終わったことへのねぎらいの言葉なのだろう。エミリアーノ陛下にしてはとても珍しい声かけだった。
陛下が入室してくるだけで部屋の空気が変わる。本当に貴いオーラを放っている。陛下の白皙を彩る金色の髪は獅子のように威厳を持って輝き、碧の双眸は光を集めて強い意志を伝えてくる。
「そうか。後日、正式に報奨を出そう」
元々痩せこけていても綺麗な顔だとは思っていたけど、今は肖像画を超えて美しい。新しいものを描かせるべきだろう。男性らしい貫禄があってすっかり少年の面影は消え去った。国王という責任がそうさせるのかもしれない。
あまり直視しないように私は持ってきたお菓子を出してテーブルのセッティングをする。
今日はプチシューとミニトマトのキッシュ、ロールサンド、チュイールアマンド、ザッハトルテなどを持ってきた。
飾りの果物や生クリームを添えて陛下の前に置きながら声をかける。
「陛下、手品をお見せしましょうか」
この世界にも手品はある。暇をもて余した貴族などが好んでいる。
「ユリアレスが手品?どんなものだ?」
「私の指先を良く見てください……」
私は席に座る陛下の横に立ち、人差し指を立てた。その指先から小さな赤い炎を3連発で出す。タネも仕掛けもない、ただの魔法だ。
素直に驚いて目を見開く陛下の一瞬の隙をつき、テーブルの端で軽く握られている陛下の手の中に、お守りを滑り込ませた。タネも仕掛けもなくただのスピード勝負である。私の速すぎる手技、陛下なら見逃しちゃうのは仕方ない。
「なかなかのものだな。そんな手品が市井では流行っているのか?」
感心している陛下に私は笑ってしまう。
「陛下、手の中をご覧下さい。とうとう陛下のためのお守りが出来ました」
慌てて両手を開く陛下はちょっとかわいかった。開いた右手に燦然と輝く小さな碧い石を見つけ、私と交互に見つめてくる。それは全体に碧く、中心は夜空のように群青で金色の星が散っている。
「これは……」
そのとき私は初めてエミリアーノ陛下の無防備な笑顔を見た。王でも何でもない、ひとりの青年の心からの喜びを私は確かに受け取った。
「エミリアーノ陛下を思って創りました」
「きれいですね。まるで陛下のようです」
ジェイクが向かいの席から陛下の手の中にあるお守りを見て、安心したように大きく息を吐き、肩を下ろした。
「ユリアレス……ありがとう」
エミリアーノ陛下が目を合わせてはっきりお礼を言ってくるなんて、想像もしていなかった。いつもより潤んだ碧い瞳は、お守りより輝いているかもしれない。
「えっ、いえ。陛下を尊敬する臣下として当然の務めです。効果は耐毒、加護、体力回復です。陛下のお好きな装飾品に加工して下さい」
王様なのでほかの宝石と組み合わせてものすごく豪華なアクセサリーにするかもとそのまま渡している。その方がカモフラージュできるし。
「ふむ……では、試しにその真っ黒な菓子を食べてみよう」
陛下は艶々に仕上げたザッハトルテを見ている。まだチョコレートはこの国に出回っておらず、その概念がないと黒に近い茶色の色合いは怪しげに見えるかもしれない。私もかなり前から発注を出してやっと輸入できたものだ。
「お口に合うといいですが」
食後、ザッハトルテを食べて興奮したエミリアーノ陛下が「ゲームをやろう」と突然言い出した。ジェイクもすぐに同調した。
私自身がチョコレートを好きすぎて、考えるだけで興奮するのでうっかりしていた。そもそもチョコレートには興奮作用があり、しかも私が作ると効果が増強しすぎるのだった。興奮した男子ふたりは足早に部屋を出ていくので、その後ろを男性騎士が急いでついていった。
私はあとからネイさんに連れられて部屋を移動する。
普段通らない廊下を通り、王城にあっては珍しい小部屋に案内された。中央に王室の紋章の象嵌細工の円卓と椅子があるだけの部屋だ。カードゲームでもするんだろうか。
「ユリアレスにこれをやろう」
既に座っていた陛下に勧められるまま席につくとすぐ、様々な種類の宝石が絢爛豪華に嵌め込まれた長方形の箱が私の手前に置かれた。トランプケースに見える。
「嬉しいか?」
「あ、ありがとうございます。陛下からこのような美しいものを賜れるなんて、光栄の限りでございます」
「ふむ……」
エミリアーノ陛下が自分の顎に指を当て、じっと私を観察している。正直宝石なんてその辺の石からいくらでも『発掘』できるし、しかもあまり興味がない。
「その中にはカードが入っている。使い方を教えてやろう」
陛下が軽く手を上げると、ネイさんが別のカードケースを持ってきて、私たち3人に裏向きにカードを配った。
配られたカードを見てみると、トランプに似て緻密な絵柄と数字が描かれているが、絵柄は3種類しかないようだ。数字は抜けがあるが1から12だと思う。
エミリアーノ陛下は自信があるのか、堂々と説明を始める。
「ジェイクともこれをやるのは初めてだな。ルールを説明しよう。このゲームは数字の大小は問わない。絵柄だけだ。3種の絵柄は3すくみとなっている。騎士はドラゴンに勝ち、ドラゴンは姫に勝ち、姫は騎士に勝つ」
「わかりました」
「はい」
私とジェイクは銘々に答える。モチーフが違うだけでじゃんけんと同じルールだなと私は思った。姫が騎士に勝つのは笑えるけど。
「まず先攻が手持ちのカードから一枚を手札として選ぶ。そして後攻のものが質問をひとつする。その答えから後攻はカードを決めて、対決するのだ」
「はい」
ジェイクが真剣な顔で頷いた。なるほど、じゃんけんのときに何を出すか相手に一回質問できるという感じか。
「勝ったものがカードを相手から奪える。4周してカードが一番少ないものが負けだ。右周りで始めよう。負けたものは……恥ずかしい話でもしてもらおうか」
陛下がにやっと笑った。これは嘘をうまくつき、相手の本心を見極めるゲームだと私は気づいた。勝負が始まる前から嫌な予感がしていた。




