二つめのお守り
宴のあと、私は家に帰ってすぐさま就寝した。そして皆が寝静まる真夜中にそっと目を覚ます。すっかり体力も回復して頭もクリアだ。今、お守りを作ろう。
横で仰向けでピスピス鼻を鳴らして眠っているミルを起こさないようにそっとベッドを降りた。ミルの前脚がぴくっとしたが起きはしない。モンスターの本能を疑いたくなるが、アクセサリーボックスを持って部屋を出た。
家から歩いて少々の、広い牧草地に私はボックスを置く。大量の獰翼竜の石と、隙間時間に狩った様々なモンスターの石が入っている。
この時間は虫も鳥もあまり鳴いていない静かな時間だ。私はエミリアーノ陛下への感情を整理すべく目を閉じた。
陛下自身から拒否されても、長年の野望を捨ててでも、ディセンバルト公爵に汚い疑いをかけられても、毎日睡眠時間を削ってでもエミリアーノ陛下を健康にしたくて毎日お城に通った理由を私は私に説明できないでいる。
彼に頼まれたわけでもない。
実の母親に毒殺されかけてから王宮の食事がほとんど食べられないという陛下に対して、同情心や義務感だけでこんなにがんばれただろうか。
私は結局、私がして欲しいことを陛下にしていただけなのかもしれない。傷ついている彼に勝手に共感して、彼を癒せば自分の心も癒せるのかと陛下に優しいふりをしていたんだろうか。
やはり、答は出ない。まあいいかと湿った草の匂いを深呼吸と共に吸い込んだ。
光が射さない暗闇の中でも世界には魔力が満ちていて、意識して目を切り替えると満天の星空の中にいるみたいだ。私はボックスの中の石に手を翳した。
もう武器も道具も使う必要はなく、石は私の魔力によってどろどろと溶けていく。逃げ出す魔力はほとんどなく、全て私の制御下にある。青い光が花咲くように散りばめられて美しい。
彼と私の治らない心の傷に、幾重にも絡む複雑な感情を背負って歩かねばならない彼の支えになるようにと、私の願いの結晶を創り出す。
全ての魔力を纏め、手のひらにすくい上げた結晶は碧く輝き、中心は夜空のように色濃く、金色の星があちこちに煌めいていた。
「きれい……」
自分で『創造』したものとはいえその美しさに心奪われる。それにこれはエミリアーノ陛下を思わせる色合いで私は少し笑ってしまう。エミリアーノ陛下は確かに私の心の中に存在していた。
これを見せたら、彼はどんな顔をするだろう?
日が登ってからお城からブルータスが飛んできて、今日の訪問時間が知らされた。嘴が大きく派手な色彩をした嘴極鳥であるブルータスを訓練したので、伝書鳩のようにお手紙を運んでもらえるようになった。私が特製のご飯をあげているので誰にも撃ち落とせないスピードと強さを持っていて機密文書も安心だ。
「ふうん、いつもより早いのね」
昨日は黒嵐竜防衛戦があって流石に訪問出来なかったが、無事例年通り終わったという報告は当然済んでいる。
一連の事情を知っているカルロがそれでやっと終わるのかという顔で私と肩に留まるブルータスを見ていた。
「お待ちしておりました、ユリアレス様」
お城に着くとエミリアーノ陛下付きの女性騎士、ネイさんが出迎えてくれた。黒髪を短く切り揃えた大人っぽい女性だ。
表向きは国王陛下ではなく、ジェイクを訪ねているのでいつも通りジェイクの執務室に向かって歩いているとき、曲がり角からバタバタと忙しない足音が聞こえた。ぶつからないよう立ち止まると侍女と思われる女性が私とネイさんの前に立ちはだかった。
「ユリアレス様がお通りです。道をあけなさい」
ネイさんが侍女を睨み付けるが、黄褐色の髪をシニヨンにまとめた彼女は牧場で生まれたばかりの仔牛のように足を震わせながら私に詰めよって来た。
「あ、あの、ジェイク様とユリアレス様はどんなご関係なのですか?」
「幼なじみですけど」
そう答えて私は彼女の横をすり抜けて歩きだした。心の中で完、という字を右下につける。
「ま、待ってください!」
彼女が叫ぶので仕方なく私は振り返った。
「何ですか?」
「わた、私はジェイク様が好きなんです!だから幼なじみとしか思ってないなら頻繁に来るのは止めてください!」
「貴様、失礼だぞ。確かニコーレと言ったか。報告しておくからな」
ネイさんが懐から地獄のメモ帳のようなものを取り出して何か書き込んでいる。この人はこういう役割もしてたのか。
それはともかく、私はニコーレに言われなくても明日からしばらく来れないのだが、彼女に言われたから来なくなったと思われるのも癪だった。
一言くらいなら言い返してもいいかな。
「……うるさいですね、ジェイクが好きなら本人に言って下さい」
私は眼を飛ばすためニコーレに近づいた。
「私なんかに話しかけるより、よっぽど簡単だと思います。努力の方向をお間違えでは?」
「あう……でもユリアレス様は……」
一言を越えてるし、いけないなと思いつつ私は言い出すと止まらない。
「大体、男女だからっていちいち勘繰らないでもらえますか?人間関係って好きだの嫌いだの、そんな簡単なものじゃないんです」
あ、これは八つ当たりだなと言いながら自覚する。ニコーレがかわいそうになってきたので私は踵を返し、黙って歩きだした。もうニコーレに呼び止められなかった。
しかしネイさんが小走りにネイさんがついてきて私の耳元にささやく。
「ユリアレス様、私、今のぐっと来ちゃいました」
「え?いやちょっといじめちゃったかなと自己嫌悪してましたが……」
「いいんですよ!私も女であるというだけで、陛下を好きなのかといちいち勘繰られることが本当に多くて!そうなんですよ、確かに尊敬申し上げていますがそんなのじゃないんです!」
「……」
ネイさんは興奮しながら私の耳元でしゃべるので吐息にぞくぞくするし、正直ネイさんは陛下のことを好きだと、私も勝手に思い込んでいた。何も言えない。
とんだブーメランだった。
「ただユリアレス様のおかげで健康的になった最近の陛下には少しばかり……動悸を抑えられませんが……」
「私もです」
「いえ!私の知る限り、ユリアレス様はジェイク様に次いで平静を保ってらっしゃるお方です!やはり鍛え方が特別なのでしょうか?」
「あはは……」
そう。私の『発掘』の魔力を込めたお菓子や料理を毎日食べた陛下はとても健康になり、痩せぎすの体も立派になった。
私の作ったものを食べると、その人の体が本来持っている潜在能力を何倍にも引き上げられる。身体強化、として物理的な力が強くなるのだと私は理解していた。
だけどエミリアーノ陛下は身体強化された結果、とてつもないオーラを放つようになった。即位してそもそも持っていた王としてのカリスマ性が開花したのかもわからないが、相対する者の色んな記憶も感情も彼方へぶっ飛ばし、ただただ陶酔してしまう、そんな魅力が今の陛下にはある。
「では、私は陛下を呼んで参りますので」
ジェイクの執務室前でネイさんと別れる。
「ジェイク、来たよ」
軽くノックして入室すると、すぐにジェイクに抱きつかれる。そのまま軽く飛びはねているジェイクは本当に子犬っぽい。
「ユリィ!昨日は大丈夫だった?毎年だけど心配したよ」
「全然大丈夫、今日も早くに目が覚めちゃったくらい」
「ええ!ちゃんと寝たほうがいいよ。顔が冷たいよ?」
私の頬に手を当てて顔を覗き込んでくるジェイクについ聞いてみたくなる。
「ねえ、ジェイクは……」
「ん?」
「お城で働いてる人で……仲良くなった人とかいる?」
ジェイクは何と言っても天使のようにかわいいし人当たりもいいので好意を持つ女性が現れるのは当然だ。
だけど私は転生して、やっと自力で寝返りを打てるくらいの赤ちゃんの頃から、隣にいるジェイクを見てきたし、何でもない物音に泣き出すジェイクをあやしたりと面倒を見てきたつもりだ。出来ればいい感じの人と付き合って欲しい。
ジェイクは栗色の大きな瞳を瞬かせ、優しげな微笑みを浮かべた。
「そんな人いないよ。僕にはユリィだけ。友達もいないくらいだよ」
「そ、そう?やっかみが多いの?」
それはそれで心配になる。
「僕はここに仕事しに来てるからどうでもいいことだよ。それにユリィのお守りがちゃんと守ってくれてるから」
そのとき、陛下が入室してきた。
「ユリアレス、調子はどうだ?」




