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「その辺に落ちてる私の武器は絶対触らないでくださいね」


 贄を中央に集めたり『発掘』した石を拾い集める作業に忙しい隊員に向かって大声を出す。並の人が触ると失神するので回収しないといけない。私は早々に目的の剣を見つけ、カルロのところに戻ろうとする。


 しかしカルロは若い隊員たちに囲まれていた。


「カルロ隊長は今年は戦わなかったんですね!残念です」


「いやでも、今年のユリアレス様は凄かった。まともに戦ってるのを見たのは俺、初めてでしたが鬼気迫るものがあったというか、ちびるかと……」


「俺も!あんなすごい人と先日、特別訓練できたのもカルロ隊長のおかげっすよ!俺、その話を飲み屋ですると必ず受けますから!」


 彼らは一気に笑い声をあげる。何やら盛り上がっているようなので私は石柱の陰に隠れた。


「俺もユリアレス様の訓練受けてみたいです!カルロ隊長からお話して頂けませんか?」


「いや、あれは危険だからもうやらない。やるなら俺が訓練をつける」


 それまで黙っていたカルロは急にはっきりと宣言した。危険とは、どちらに対してなのかは判然しないけど。私と以前手合わせした太めの隊員もうんうんと同調した。


「そうだぞお前、今日遠巻きに見てるだけで漏らしそうだったんだろ?ユリアレス様に正面から睨まれてみろよ、それだけでお前なんてすくみあがるぜ」


 また彼らは大声で笑う。カルロにだけ聞こえるよう、私は小さく小さく呟いた。ちょっと失礼じゃない?私は怖くないし優しいのに。


「あー……ユリィは別に怖くないぞ、普段は。ああ見えて優しいし」


 カルロにはしっかり聞こえたようで私の発言を繰り返すように話し始めた。いいぞ、がんばれ。


「どう優しいんすか?むしろあんな人とずっと一緒にいれるカルロ隊長ホント尊敬しますよ!命がいくつあっても足りなそうじゃないですか」


 声の高い隊員が、カルロに対しておべっかを使う。誰かを誉めるために誰かをけなすのは感心しない。


「……俺が怒らせても絶対に殴ってこないし優しいと思う」


 カルロは悩む様子も明らかに何とか答える。いや、普通に私の優しいエピソードあるでしょ?と私は声を出しそうになる。殴ってこないから優しいとか不幸体質の人か?


「まじですか?!優しいですね。俺なんてちょっと浮気がばれたくらいで彼女にぼこぼこにされましたよ」


 だけど食いつく隊員がいた。まあそれは何とも言えない。


「それはお前が悪いんだろ」


 ほかの隊員が当然の指摘をしてまた何人かが笑う。


「でも確かに、以前ユリアレス様に訓練してもらったときもあんなに強いのに誰にも怪我させなかったし優しいですよね」


「確かに、俺があれだけ強かったらもっと暴れ回ってる。何で普段農民の支援とかやってるんですかね?」


 ――思った以上にいい評価になった。だけど逆に出づらくなって私はこの場を離れようとした。これは恥ずかしいやつ。


 だけど折り悪く、どこかへと姿を消していたミルが彼氏のイケメン火灰狼(コールティコ)を連れて私に駆け寄ってくる。巨大な二頭にじゃれつかれて、石柱に隠れていた私の存在が彼らにばれてしまった。


「あ、ユリアレス様!そこにいらしたんですか?」


「えっ?今ここに歩いて来ただけです!」


 私は苦しい嘘をつく。フードを被った、明るい茶色い瞳の隊員は頷きながら私に歩を進めてきた。


「そうですか。やっぱり火灰狼をそれだけ懐かせるのも人徳があってこそなのでしょうね!」


「まあ、ミルは無意識に殺そうとしてきますけどね」


 ミルと私はべったりの仲だけど感覚の違いなのか、ただ遊んでるつもりなのかあと一歩で死、という瀬戸際を何度も経験した。


「あはは!!ご冗談を」


 この隊員はなかなか世渡り上手なようでにこにことした笑みを崩さない。人懐っこい人なんだなと私は一応愛想笑いをした。


「ユリィ、あっちで何か拭くものもらってこよう」


 突然カルロに腕を引っ張られて私は行き先もわからず歩き出した。カルロの顔を見上げると目が合う。


「私、まだそんなに汚れてる?」


「いや、そうじゃないけど……」


「じゃあこの辺にいようよ。もう来るんじゃない?」


「ああ」


 人影もまばらな、別の石柱に私は寄りかかった。ミルとミルの彼氏狼も近くに座り、上空を見上げている。輝く銀色の体毛は雨を弾き、ふわふわのボリュームは損なわれていなかった。カルロは自分の着ているマントの懐を探り、濃紺の防水マントを取り出した。それを広げて私に頭から被せる。


「そ、そんなの持ってたの?」


 何とか顔を出して私は問うがカルロは何も答えず、さっきの隊員たちの方向を睨んでいた。今日は動き回る予定だったので雨具は持ってこなかった。別に雨に打たれたからって私が風邪をひくとも思えないし、いいやと思っていたけどいつの間に用意してたんだろう。


 雨と風が一層強くなり会話もできない轟音の中、一瞬気が遠くなる。運動した後にじっとしていると眠くなってしまう。滝のような雨と渦を巻く暴風が時間の感覚を奪って意識が朦朧としたとき、突然に明るくなり晴れ間が広がる。いわゆる台風の目現象だ。


 澄み渡った青空に苔むした巨大な岩――黒嵐竜(ヌウアルピリ)親子が浮かんでいた。


 黒嵐竜(ヌウアルピリ)親子は祭壇に山と積まれた贄に近づいた。顔とおぼしき(ひび)れが歪み、黒い渦を()かばせる。光すら屈折して吸い込むそれは、贄を次々と圧縮するように呑み込んでいった。何度見ても不思議な光景で、暴風雨を耐えている間に異次元に迷い込んでしまったのかと思える。


 あるいはあの渦の向こうはまた異世界に繋がっているのかもしれない。こんな世界があるのならきっとそうなのだろう。


 ちなみにこの親子も、毎年同じ個体なのか別個体なのか良くわからない。本当に謎の多いモンスターだ。


 贄を吸い込み尽くした黒嵐竜(ヌウアルピリ)親子はさっさと上空に消え去った。私の情緒などお構い無しだ。さっきよりは短いと思われる暴風雨を我慢して、ようやく晴れになる。


 いそいそと隊員が二人祭壇に上がり、筒から伸びた導火線に火を点ける。景気の良い発射音と昼間の花火が青空に広がった。終わりの合図だ。


 拍手と歓声がわっと上がり、私は思考の坩堝から現実に立ち返る。


「ユリアレス様、カルロ特別隊長こちらでしたか!今年もありがとうございました」


 防衛隊長が私たちを見つけて、雨露を散らしながら駆け寄ってきた。手には私が黒い布を入れてきた袋を持っている。


「こちらは拾い集めた翠色の石でございます。陛下に献上なさるとか」


「ええ、まあ……」


 このままあげる訳じゃないけど。私はずっしりと膨らんだ袋を受け取った。これだけあればお守りを作るのに十分足りそうだ。高い魔力も感じる。


「素晴らしいですね。持っていると鎧を着ていても体が軽く感じます」


 獰翼竜(ヴェラプス)の石にそんな効果があるとは知らなかった。まああの巨体でありながら翼は割と小さかったのでそんなものかもしれない。


「陛下の大事な御身を守るために使いたいと思います。防衛隊の皆様のお力添えあってのことと私から必ずご報告致します」


 明日お守り作ろう、そう決めて私は笑みを隊長に向けた。やや間があって、隊長も微笑んだ。





 この後はどういう訳だか防衛隊による感謝の宴が開かれる。


 続々と空飛ぶ馬車が到着して会場が設営され、炭を起す匂いが漂い始めた。別にこんなことしなくてもいいと始めの頃は遠慮していたけどもう慣れてしまった。それに防衛隊員にとっても楽しい催し物らしい。私は密かに、お盆で親戚が集まった感覚になっている。


 設営の力仕事を手伝ったりすると皆からお菓子がもらえるのでうろちょろしていた。


「ようユリィちゃん!今年はすごかったな」


 昔からいる隊員などは気軽に声をかけてくれる。何となく見覚えのある、マント越しでも体格の良さがわかる大柄な人だ。


「それ程でもないですよ」


「だけど縦にばっかり伸びて横の成長が足りないんじゃないか?それだけの力を使うと食っても食っても足りないんだろ?」


 そう言って私に山盛りの肉料理を載せたお皿を押し付けてきた。私は自分では健康的な体型をしていると思ってるけど。というかこのおじさんと比べればほとんどの人が細いうちに入りそうだ。


「ちゃんと食べてますよ」


「肉を食え肉を。これはこの日の為に隊の皆で蹄羚牛(パトリウムヌー)を生け捕りにして、しばし肥らせてから絞めて5日程熟成させたからうまいぞ!」


 おじさんは肉に対してとてもこだわりがあるらしい。ちゃんと仕事してるのかな?という疑問はあるが気合いは伝わった。私はあらかじめ一口サイズに切って焼いてある肉を口に入れる。香ばしい炭の香りと甘い脂、塩が絶妙においしい。


「おいしいです!」


 これは完全に焼き肉だった。しかも脂の乗った牛肉に近い。


「だろ?いっぱい食べてくれよ」


 嬉しそうに満面の笑みを浮かべるおじさんだが、名前は知らない。名前を聞くには年月が経ちすぎてしまった。


「カルロにもあげてきます」


 私はもう一皿もらってその場をあとにした。カルロに聞けばわかるかもと思ったのだ。


 人だかりを探せば簡単にカルロを見つけることが出来た。周りの人たちにことわりを入れて端に連れていこうとすると、酔っ払いの隊員たちが囃し立てるが無視する。


「ねえ、体格のいい肉好きのおじさんの名前わかる?」


「そんなやついっぱい居すぎてわからない。まあ俺も名前がわからないまま適当に合わせてるから、気にしなくていいと思うぞ」


 カルロは微かに首を振り、苦笑して答えた。


「だよねえ……」


 誰かが弦楽器を弾き、歌い始めていた。賑やかな宴は終わりそうにない。

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