初めての戦い
村の中心部、鐘が設置されている辺りに着くと、そこには巨大な白モグラのようなモンスターがいた。
塔と同じくらいの背の高さなので4メートルくらいだろうか。白モグラは鐘が設置された塔の根元に穴を掘り、横倒しにしてしまう。鐘が何かとぶつかって、耳が痛くなるほど大音量が響いた。
「みんなは?!」
私は担いでいた女性をその辺に放り投げ、辺りを見回す。女性はぐったりしているが命に別状は無いだろう。
昔は弓の名手だったというロック爺が弓矢を射ているのが見えるが、矢は弾かれ完全に無視されている。
「あっ村長!!」
村長を見つけて駆け寄ろうとすると、村長は慌てて両手を前に出し、人差し指を唇に当てる。
この世界でも同じ、静かにしろの合図だ。
「……?」
私は近づいて目で質問する。
「大きい声を出しちゃいかん。あのモンスターは目がないから、音に反応するようだ。それで塔は壊されてしまった」
顔面蒼白の村長は小声で教えてくれる。手まで震えて、おじいちゃん早く逃げてと言いたい。
「ユリィ、アウグスは?」
「家にいます」
「そうか…昔のあいつなら足止めできただろうが……」
私の記憶にもある足を怪我する前のお父さんは、闘牛士のように、牛の猛追をひらりひらりとかわしていた。
「ユリィ、お前も逃げなさい。今、王都に救援を呼びにいっているから」
「あとどのくらいですか?」
「あと1時間半くらいか…」
馬車を飛ばしても往復2時間だから仕方ない。
ジェイクは今王都で仕事中だからいいとして──
「ジェイクのお母さんは今どこに?」
彼女が心配だ。
「女性は皆高台に避難している。だからお前も……」
村長の言葉に私は歯噛みする。
「いえ、村長が逃げてください。救援が来るまで私が足止めします」
あのモンスターは動きがのろい。ルシファーの素早さの半分もない気がする。使われていない畑に誘導して、時間稼ぎくらいはできそうな気がする。そうしなければ建造物の少ないこの村は、1時間くらいで全て更地にされてしまいそうだ。
モンスターは匂いを嗅ぎまわるように頭を動かし、廃屋を見つける。
顔を地面に突っ込みずるずると潜っていく。そして、下から持ち上げて小屋を倒してしまった。木片と土埃が舞い上がり、住み着いていた鼠たちが飛び出した。
モンスターは小さな前足で鼠たちを木片ごとかき集めて口に運ぶ。
「あれはキモモグラね」
いつの間にか黒ずくめの女性が復活して後ろに立っていた。
「普段は地面の下で眠っているけど数十年に一度起きてきて全てを食べ尽くすと言われているわ」
「本当にそんな名前?」
私はあまりにひどい名前に驚く。
「本当は違う。なんかどうでもいい感じの名前…あっドッディだったわ!!」
「お嬢さん、どちら様か知らないがそんなことはいいから早く逃げなさい」
村長が当然の常識をぶつける。
「あらお嬢さんだなんて……アンジェラよ。特別にアンジーって呼んでいいわよ」
黒ずくめのくせにアンジェラって、天使って柄かなあ?
でもアンジェラの名前こそ今はどうでもいい。
「アンジェラ、あれの弱点は?知ってる?」
「えー弱点?ううーん、頭と胴体を切り離せば死ぬんじゃない?」
こんな女じゃなくてさっきの鎌でも持ってくるんだった。私は激しく後悔した。
鎌は家の玄関ドアを押すときに放り出したままだ。
武器も何もないし村に戦力になる人間はいない。
ドッディというモンスターは、音に惹かれたのか水車小屋に向かっていく。脱穀に使う大事な水車が!
「こっちよ!!」
私は手を叩きながら飛び出し、大声を出してドッディに近づく。
ドッディは振り向き、鼻をひくひくさせている。
「こっち!!」
私に向けて長い爪の生えた前足が振り下ろされる。
ぶん、と風圧は感じるが当たりそうもない。
充分避けきれる速度だ。
「村長!!鼠とか小鳥を集めて!おとりにする!」
「………わかった!!」
手を叩きながら放置されている畑に誘導していく。
近くで見ると毛が生えておらず鱗に覆われた表面が微かに粘液で濡れていて気持ち悪い。
「はあっ!!」
試しに蹴りを入れてみたが硬い鱗とその下の脂肪にダメージを吸収されて、全然効かないようだ。
そもそも私はルシファーとじゃれあったりはするけど、私からルシファーに攻撃したことはもちろん無い。
回避は得意だけど攻撃ってよく分からない──
15分ほどあの手この手でこちらに惹き付けていたが、私が捕まらないので飽き始めたのがわかる。
「ユリィー!!」
村長が狙われる危険も構わず大声で私の名を呼ぶ。
近所の鼠取り機をかき集めてきたようだ。弓の名手のロック爺もいた。
「な!に!か!バケツ!とかにいれておいて!は!なれて!!」
私はドッディの攻撃をかわしながら指示を出す。
ドッディが村長たちの方向に向かうが、村長たちは離れてくれたので大丈夫だろう。
動きの遅いドッディより先に鼠や小鳥、小魚の入ったバケツをひっつかみ、ひとつ地面に投げる。
ドッディは目論見通り食いついてくれた。
しかしこの巨躯には全く足りないようで、今度は私の持っているバケツの匂い目掛けて突進してくる。
地面を蹴り、回避するとドッディは苛ついたのか地面を堀り始めた。そして大量の土を私にかけてくる。
「きゃっ!」
土飛沫とでも言うのか、大量の土で視界が奪われる。範囲も広いので完全には避けきれない。
ドッディの爪の気配を感じて後ろに飛ぶ。
勢いでバケツの中身がバラバラ落ちてしまった。
まずい、このパターンを何回かされたらすぐ終わってしまう。ドッディは落ちた餌に夢中になっている。
救援が来るまであと1時間弱か──
「がんばれー少女戦士!!」
まだその辺にいたアンジェラが呑気な大声を出す。
ドッディは声につられてアンジェラにのしのし向かっていった。
「きゃああ?!こっち来なくていいから!」
アンジェラは何となく死ななそうなのでしばらく呼吸を整えたい。
「ユリィ!!」
聞きなれた声がする。
「お父さん?!どうしてここに?!どこにいたの?」
お父さんの姿を見つけ駆け寄る。
「来るのが遅くなってすまない!この足が…」
「危ないから避難してていいのに!」
「ユリィを置いて逃げるわけないだろう!!早く逃げるぞ、建物なんて、あとで直せばいいんだ!!」
お父さんはものすごい剣幕で叫ぶ。
「でも、あのモンスターは動きが遅いから大丈夫だし…」
「ユリィにまで何かあったら俺は…!!」
強く抱き締められる。
「……普段、危険な鶏モンスターの世話してるとき何も言わないのに、変なの」
私は笑ってしまう。
「それは……」
「あれ、お父さんこれ何?」
お父さんの足元にクワが落ちている。
「あ、咄嗟に杖がわりに持って来てしまって」
「これ…」
クワは緑がかった不思議な光を発している。
「そうだ、すごいだろう!お前が発掘したとかいう鉱石を使って作ったんだ。軽くて丈夫だぞ!杖にもすごくいい」
「ありがとうお父さん!!」
私はクワを手に取り、握りしめる。
こんな武器とは言えないものでも、何とかしてやろうじゃない。




