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異世界帝国戦記  作者: val
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第2話【彼と艦魂たちの平和な(?)日常】

今回から多数の艦魂が登場。ようやく後書きに出せる数を登場させられました。


どうでもいいけど、第1話の3倍近い分量です。何故か。

 幸人が大和に着任してから1週間が過ぎた。『大和』の艦内にある大和の自室では、主である大和と数人の艦魂がお茶を飲んでいた。


「はあ、いつも言ってるような気がするけど、姉さんの淹れたお茶っておいしいなあ」


「そうですね。普通に淹れているだけのように見えるのですが、何か秘密でもあるんでしょうか?」


 大和にそっくりな外見の少女が感心したように言うと、長い黒髪をポニーテールにした少女が相槌を打つ。彼女らは戦艦『武蔵』と重巡洋艦『高雄』級一番艦『高雄』の艦魂だ。彼女らは大和と同じく第1艦隊の所属である。


「ええっ?そ、そんなことないよ」


 褒められて照れる大和に、ショートカットの11、2歳ぐらいの外見の少女が勢いよく飛びついた。


「お姉さまって、何でもできて凄いですよね!私、憧れちゃいます!」


 彼女は軽巡洋艦『雪風』級一番艦『雪風』の艦魂だ。姉妹艦としての大和との繋がりは艦種からしてまったくないが、何故か大和に懐いている。大和にじゃれつく彼女に、ほんわかとした18歳ぐらいの少女が話しかけた。


「駄目だよお、雪ちゃん。大和ちゃんが困っているでしょう?」


 間延びした声の彼女は空母『赤城』の艦魂だ。雪風は大和にしがみついたまま赤城をきっと睨みつけた。


「赤城司令!私と大和お姉さまの仲を引き裂こうとでもいうのですか!あと、『雪ちゃん』はやめてください!」


「……なんという被害妄想。昼ドラ的修羅場フラグが立つ予感がします」


「赤城が相手なら大丈夫だとは思うけど。大和姉さんもいるし」


 憤怒に顔を赤く染める雪風を、高雄と武蔵は完全な傍観者の立場になって見つめる。大和は悲しそうな瞳で雪風を見た。


「雪ちゃんって呼ばれるの嫌い?だったら普通の呼び方に戻すけど……」


「いえ、とんでもありません!大和お姉さまならいいんですが、他の人にそう呼ばれるのは我慢できないんです!」


「ええ〜?私じゃ駄目なの〜?一応上官だよ〜?」


「赤城司令は黙ってください!」


 言い争う雪風と赤城(というか一方的に雪風が怒鳴るのが主な騒音の発生源)。なんというカオス、と高雄が内心で呟いた時、不意に大和が真剣な顔つきになる。


「雪ちゃん、いえ、雪風」


「は、はい!」


 声音まで打って変わって別人のようになった大和に雪風は反射的に直立不動の姿勢をとる。今の大和は、相手に有無を言わせず黙らせるオーラを全身から発していた。


「上官に対する態度は度が過ぎてはいけません。改めなさい」


「は、はい。ですが……」


「言い訳は認めません」


 ばっさりと切り捨てる大和の態度に雪風はがっくりと項垂れる。大和の矛先は赤城にも向いた。


「赤城さんも、もう少し司令としての威厳を持ってください」


「……ごめん」


 年上のはずの赤城にすら容赦なし。しょんぼりする赤城をしばらく見ていた大和だったが、ようやくいつもの雰囲気に戻る。その様子を、傍観者の二人はずっと見ていた。


「さすがね、姉さん。私には真似できないよ」


「大和司令も慣れてしまったのでしょう。私は慣れてしまいたいとは思いませんが」


 これが彼女らの日常の光景。今回もこれで騒動は終わりになる、そのはずだった。


「それにしても、大和ちゃん最近仕事とか早くなったよねえ」


 何気なく発された赤城の言葉。それに反応して高雄が口を開く。


「そうですね。何だか無理矢理空き時間を作ろうとしているようですが、何かありましたか?」


「え?な、何にもないよ?」


 大和は慌てて否定するが、その仕草を見た赤城が意地の悪い笑みを浮かべた。


「もしかして、気になる人がいるとか?それで、その人と一緒にいたいから頑張ってるとか……」


「ばっ、馬鹿なことを言わないで下さい!お姉さまはそんな軽い方ではありません!」


「軽いかどうかは別にして、姉さんが恋愛感情を持ちそうな人は『大和』にはいなかったと思うけど」


 赤城の言葉に反論する雪風と武蔵。何気に二人とも大和司令が恋愛しないと言ってるような……と高雄は緑茶をすすりながら思う。


「そんなことありませんよね、お姉……さま……?」


 賛成意見を求めようとし途中で尻すぼみになる雪風の発言に首を傾げ、武蔵たちは大和の顔を見やり、その訳を理解した。大和は頬を赤く染め、その視線は落ち着きなく動いている。武蔵、高雄、雪風の三人は大和を凝視し、からかおうとした赤城ですら二の句が継げないでいる。部屋の中に奇妙な沈黙が下りた。


「あ、あれ……?もしかして……図星だった?」


 その場の雰囲気をなんとか打開しようとした赤城が口を開くが、大和はびくりと震える。その場にいる誰かが何か言うよりも早く、大和は大きな音を立てながら椅子から立ち上がった。


「あっやり残した用事思い出したからちょっと行ってくるねそれと適当に過ごしてていいよそれじゃ!」


 息継ぎひとつせずに言い切ると、大和は脱兎の如く部屋を飛び出した。あとに残された四人はしばらく何も言えず固まっていたが、一番最初に回復したのは高雄だった。


「……どうやら、図星らしいですね」


「……驚いたわ。まさか大和姉さんが恋愛に目覚めるなんて……」


「大和ちゃんって意外と羞恥心なかったんだねえ」


「武蔵さん、まだ恋愛と決まったわけではないでしょう。赤城さん、羞恥心は関係ないでしょうし、まずあなたが持ってください。そして雪風、何故軍刀を抜き身のまま持ち出すのか説明しなさい」


 驚愕の表情を浮かべる武蔵と相変わらずマイペースを貫いている赤城に突っ込みつつ、高雄は雪風にも言葉を向ける。その内容に慌てた武蔵が振り向くと、雪風が軍刀(もちろん真剣)を抜いたまま引きずって外へ出ようとしていた。目から光が消え、時々「…うふふ」などと、ぞくりとする声を漏らしている。危険を感じた武蔵は雪風にしがみつく。


「ちょ、ちょっと雪風!何やってるの!」


「武蔵さん、離してくださいよ。私は、お姉さまを誑かした泥棒猫を斬りに行かないといけないんですから……うふふふふ」


「な、何恐ろしいこと言ってんの!早くその軍刀を放しなさい!」


「なんという昼ドラモード。これは期待せざるを得ない」


「武蔵ちゃん頑張れ〜」


「そこの二人も見てないで手伝ってえ!」


 武蔵の絶叫が『大和』に響き渡った。







 なんとか雪風の暴走を止めた後、武蔵はぐったりしながら口を開いた。


「はあ……疲れた……」


「お疲れ様です。しかし、ヤンデレというものを初めてリアルで見ました」


「それ、違うと思う。というか、手伝ってくれたっていいじゃない」


 武蔵が恨めしそうに高雄を睨みつけると、彼女は視線を逸らした。


「……まだ生きていたいので遠慮させていただきました」


「いや、私も死にたくはなかったけどね」


 そう言いながらも武蔵は雪風を見た。先ほどから何一つ言わない彼女は、止まると同時に魂が抜けたように椅子に座りこんでいる。……その口から何か出ているように見えるのは疲れからくる幻覚だと信じたい。


「……とにかく、私たちの早とちりっていう可能性も否定できないわけだし、まずは事実を確かめましょう」


「そしていい男なら略奪愛するんですね、分かります」


 真面目な顔で言う高雄を、武蔵は呆れた目つきで見た。


「前からずっと聞きたかったんだけど、あなた、どこから電波受信しているの?」


 高雄は首を傾げて答える。


「電波なら我々は全員送受信しているでしょう。通信とかレーダーとか。昭和前半の連合艦隊というならば納得しますが」


「……その言い方がわざとなら、私はとっくにキレてるわよ。ああ、頭と胃が痛い」


「頭痛薬と胃薬いります?」


 そう言いながら懐から薬の箱を取り出す高雄。誰のせいよ!と心の奥底で絶叫しつつ、武蔵はこの三人から絶対に目を離さないことに決めた。主に自身の頭と胃、それと周囲の安寧のために。


「でも、ど〜やって確かめるのお?本人に聞くわけじゃないよね?」


「それは当然です。姉さんの後ろをこっそり追っていくんです」


「段ボール被ってですか?」


「………………決行は明日にしましょう」


 武蔵は溜息をひとつ吐くと自艦に戻っていった。赤城と高雄も同様に帰っていく。ちなみに、未だ茫然自失の状態の雪風は赤城が連れて帰った。







 翌日、どこかへと向かう大和を、武蔵、高雄、雪風の三人は尾行していた。さすがに段ボールを被ってはいない。高雄が本気でやりそうになり武蔵がまた胃を痛めるという出来事はあったが。さらに、彼女の精神にダメージを与える原因がもうひとつあった。


「……大和お姉さまに近づくものには死を……!」


 血走った目で前日よりもさらにひどい言葉を吐いている雪風である。赤城によると、目を覚ました直後からこんな調子らしい。武蔵は彼女に関しては考えるのを止めていた。なんというか、禍々しいオーラを発散している雪風には近づくことすらできそうにない。いつもマイペースで滅多なことでは動揺しないという赤城を震えあがらせ自室に閉じ込めるようにしたぐらいだったらしい。両手には五寸釘と藁人形、金槌を持ち、背中には不自然なほどに膨らんだリュックを背負っている。恐る恐る中身を聞いたところ、「……知りたいですか?いいですよ。あなたの人生が保証できなくなりますけどね……」と実にイイ笑顔で言われればおとなしく引き下がるほうが賢明だろう。


「あ、大和司令が部屋に入りました」


 目視できる距離なのにわざわざ双眼鏡を使って監視している高雄が報告してきた。三人が部屋の前に立ち、掲げてある部屋名を見ると、『副長室』と書いてあった。


「あれ?確か大和姉さんの所の副長って……」


「着任わずか1か月で乗組員に対するわいせつ行為で憲兵に引き渡された冴えない中年中佐がいなくなってから不在のままでしたよね」


「……そこは、説明乙、とでも言えばいいのかしら?」


「よくわかっていらっしゃる」


 そんなのんきな会話をしている二人の横を、雪風が黙って通り過ぎようとし、高雄に羽交い絞めにされる。


「雪風。何しようとしているの?」


「は、離してください!私にはお姉さまの貞操を守る義務があるのですよ!」


「いや、どうしてそうなるのよ……」


 先ほどの会話から良からぬ状況を想像したらしい。暴れる雪風に、高雄はわざとらしく溜息を吐いてみせた。


「もし、お前が乱入して大和司令の仕事の邪魔をしてしまったらどうする?もしかしたら、司令はお前のことを嫌いになるかもしれないぞ?」


 その一言に、雪風の動きがぴたりと止まる。


「そ、そんなことありません!大和お姉さまは、その程度のことで機嫌を悪くするお方なはずがないです!」


 叫び声にもいまいち覇気がない。高雄は止めをさすことにした。


「それはお前の都合のいい妄想ではないのか?そんな妄想に囚われているようでは、大和司令の心はお前とは距離を置くかもしれないぞ。それでもいいのなら敢えて止めないが……」


 高雄が腕を組みながら雪風を見る。雪風はしばらく葛藤していたようだったが、渋々ながら暴れるのを止めた。


「……仕方ありません。けれど、どうするんですか?」


「これを使いましょう」


 そう言って高雄は懐から機械を取り出した。それは、細長い棒の先に小型のカメラと集音マイクを付けたもので、その根元は彼女の持つ小型のモニターにつながっている。武蔵は呆れた表情で彼女の手元の機械を見た。


「……もう突っ込むまいと思ってたけど……どこから出したの、それ?」


 艦魂が自艦ならともかく、他艦で物を発現出来る能力は使えない。では、高雄はどこからそれを出したのかと疑問に思ったのだが、それに対して彼女は薄い笑みを浮かべた。


「それは企業秘密です」


 その笑みを見て、武蔵は追及するのを止めた。何となく、深入りすると、危険な目に遭うと直感的に感じとったらしい。


「ではさっそく……」


 高雄はドアをほんの少しだけ開けると、棒をその隙間へ差し込んだ。雪風は息をのんで、武蔵は疲れたように溜息を吐き、それでも興味があるのか画面を覗き込んだ。最初に映ったのは、机に向かい何かしている若い男の後ろ姿だった。その隣では、何故か大和が机を並べて書類仕事をしている。


「普通に何もないね……」


「というか、何故大和司令は御自分の部屋で仕事しないんでしょう?」


 半分こうなっていることを予想していた二人は別に何とも思っていなかった。しかし、これでも納得しない人物が一人。


「で、でも!まだ何もないだけで、これから何かあるかもしれないじゃないですか!」


 必死になって言う雪風。それを見て、高雄も思案するように唸る。


「……確かに、これだけではまだ何とも言えないかもしれませんね」


「でしょう!?」


「……どう見ても間違いが起こりそうにないと思うのは私だけかしら」


 武蔵は天を仰いだ。どうして自分は損な役回りしか来ないのか。そう小一時間ほど誰かに問い詰めたいと思ったが、不毛なことだと思い直した。おそらく、今の彼女を常識的な人間が見れば、十人中十人が彼女を苦労人と見て同情を寄せてくれるだろう。彼女からすれば、「同情するなら立場を変わって!」と涙目で詰め寄ってくるだろうが。


 これで何も起こらないのならよかったのだが、世の中そうはうまく行くようにはできていないらしい。集音マイクが室内の会話を拾った。


『御国中佐、お茶をお入れしましょうか?』


 そう言って大和が立ち上がった。それに反応して、青年は手を動かしたまま顔だけを大和に向ける。


『え、いいよ、自分でやるから。お前の手を煩わせる必要なんてないし』


『お疲れでしょうから、私がやります。それに、その書類書き間違えてますよ』


『へ?うわ、やっちまった』


『ほら。少しお休みになったらどうですか?』


 大和は微笑みながら画面の外に出る。そちらに急須などが置いてあるのだろう。御国と呼ばれた青年は伸びを一つすると、壁際に据え付けられたベッドに大の字になって寝転がった。しばらくして、大和がお盆に緑茶の入った湯呑を2つ乗せて戻ってきた。どこか嬉しそうな表情をしているのは武蔵の気のせいだろうか。湯呑を渡すと、大和は青年の横へ腰かけた。


『中佐、お待たせしました。どうぞ』


『お、ありがとう。悪いな』


『私が自分からやりたいと言ったのですからいいですよ』


 そんな会話をしながら、二人は緑茶を啜る。その光景を見ながら、高雄がぽつりと呟いた。


「どうやら、赤城司令の妄想は、残念なことに間違っていなかったようですね」


「妄想って……まあ、そうかもしれないけど……」


 そう返事をした武蔵は、不意に起こった黒い波動に気づき、その発生源に視線を移した。発生源は最早言う必要もないだろうが、雪風である。


「お姉さまにお茶汲みさせて……その上、隣に座るなんて……ふふふ、あの男は死に値する行動をしていますね……お姉さまの隣にいられるのは私だけだというのに……ふふっ、ふふふふふ……」


 これは本当にまずいと武蔵は冷や汗を流しながら考えた。どう見ても危険人物にしか見えない。人間社会にこんな人間が存在したら、まず精神的に問題があると思われて施設送りだろう。そこまでに怪我人が百単位で出るかもしれないが。


「……決めました。明日、この男の動向を探ります!」


「……何でそうなるの!?」


「この男とて人間!お姉さまはこの男に騙されているようですが、この私の目は誤魔化せません!必ず、裏の顔があるはずです!」


「……とりあえず眼科行ってこいと思ったのは私だけでしょうか」


「奇遇、というか奇跡のレベルで意見が合うわね。こういう場面で。けど、そこに精神科も含めたほうがいいんじゃないかしら」


「……それも含めましょうか」


 一人で気合を入れている雪風を横目に、巻き込まれた高雄と武蔵は諦めの色を浮かべ、深く嘆息した。







 さらにその翌日、幸人は誰かの視線を感じ目覚めた。何というか、殺気が込められているのは気のせいだろうか。その発生源に視線を移し、幸人はそちらへ足を向けた。昨晩閉めたはずのドアが少し開いている。ドアを開けて通路の左右を見回すが、誰もいないのを確認し、首を捻りながらドアを閉めた。




 ―副長室に面した通路の曲がり角。そこに武蔵と高雄が雪風を必死に抑えようとしていた。ただ癇癪を起こすだけなら放置でいいのだが、光が反射しないように刃を黒色で塗ったナイフを持って侵入しようとしたところを見たなら抑えるのが当然だ。どう見ても暗殺しようとしているとしか思えない。さすがの高雄もこの程度の常識は持ち合わせている。感情に流された雪風を止めるのは一苦労だったが、なんとか宥めることに成功した。


「落ち着きなさい雪風!今日は監視するだけでしょう!?」


「……つまり、明日になったら殺っていいんですよね?」


「違ーう!」


「相変わらず苦労してますね」


「そう思ったのならちょっとは自重してえ!」


 三人とも小声で言い争う。高雄は、未だどす黒いオーラを放射している雪風の首筋に、黙って手刀を叩き込んだ。ぐったりとなる雪風を抱え、高雄は小さく息を吐いた。


「初めからこうしていればよかったんですね」


「……今そう思ったわ」


 そんなことをしているうちに、再び人影が姿を現した。今度は軍服を着ている。どこかへ歩いていく彼を、武蔵と高雄はこっそりと付いていった。




 結局、起床時間まで1時間ほどだったので、二度寝するのも止め、幸人は露天測距所に上がることにした。途中、艦橋で当直任務(航海中でないのであくまでも形式的にではあるが)に就いている士官に挨拶しつつ、幸人は露天測距所につながるハッチを開けた。


 現在の時刻午前4時。まだ日の出の時間には早いため、港内は薄暗いが吹いてくる風が眠気覚ましにはちょうどいい。幸人が伸びをしながら大欠伸をしていると、ちょうどそこへ大和が現われた。


「あ、中佐。おはようございます。早いですね」


「おはよう、大和。うん、なんだか変な殺気を感じてさ。二度寝するのも何だから起きたんだ。」


「殺気、ですか?誰のでしょう。中佐、誰かに恨まれるようなことしました?」


「それがさっぱり。少なくとも1週間で恨み買うようなことしてないんだけどなあ。一応仕事も真面目にこなしてるつもりだし」


 実は、八つ当たりに近い殺意を受けているのだが、当然ながら彼が知るはずもない。不可抗力である。


「そういえば、大和っていつもこの時間にここに来るの?」


「ふえ?え、ええ。そうです。ここって高くて景色がいいので」


「景色って、まだ暗くて何も見えないけど」


「ほ、ほら!日の出ですよ!私、転移できますから、ぎりぎりまでここにいても大丈夫なんです」


 頬を僅かに染める大和。本当は、たまたま幸人を見かけたので追いかけただけで、彼に会いたいがためにわざわざ来たのだが、本当のことを言うのは無理なので大和は苦しい言い訳をした。だが、幸人は「へえ、そうなんだ」と完全にその言い訳を信じている。その様子を見ると嘘をついていることに罪悪感を抱いてしまう。タイミングよく、起床時間を知らせるラッパが鳴った。


「っと、そろそろ行かないと。じゃあ、また後で」


「はい」


 幸人は勢いよくラッタルを駆け下りていった。それを見送った後、大和も姿を消した。




 武蔵と高雄は、『大和』の隣に停泊している『武蔵』の露天測距所から二人を観察していた。雪風はまだ沈黙したままだ。


「仲いいですね、あの二人」


「そうね。じゃ、続きはまた後にしましょうか」


 そんな言葉を交わすと、彼女らも瞬間移動した。







 朝。起床後の各部署の責任者の打ち合わせや部署内での当直確認などを終え、幸人は書類の束を抱え自室へと向かっていた。その途中、同じく紙の束を持った大和と出会った。


「あ、御国中佐。今からお仕事ですか?」


「うん。今日も苦情処理が大半みたい」


 幸人は苦笑しながら答える。平時における副長の役割は、艦長の仕事の補佐などもあるが、主には苦情処理―陳情処理が多い。出された意見などを選別し、余計なものを省いて艦長に提出するものである。普通なら5〜6件程度らしいのだが、何故か幸人が着任して以来10倍近くに増えていた。その中身も、ほとんどがどうでもいいことばかり。匿名性なので誰がやったのかは分からないが、幸人は、若造が上に立つのを嫌う古参兵あたりの仕業だと思っていた。だからといって何か対策するわけでもないが。


「大変ですね。お手伝いしましょうか?」


 大和は誰がやったかを知っていた。意見箱の前に張り付いていれば、消灯時間の直前に紙の束を箱にぶち込む人間を見れた。こちらは艦魂なのでその人間には気づかれなかったが、それを幸人に言うことはなかった。言っても苦笑いで済ますような人だと分かっていたからだ。


「いや、気にしないで。そっちだって溜まるだろうし。これぐらいならどうにでもなるさ」


 部屋に入りながら幸人は答える。実際、彼にとっては戦術関係の論文を書かされるよりは容易いものだった。ただ、物量があるだけなのだから。大和も微笑んで自分の仕事にとりかかった。しばらくの間、お互いに声を発することなく、ただ文字を書く音だけが響いていた。




 昼。幸人が顔を上げると、ちょうど昼食の時間だった。


「僕、ちょっと昼食ってくるよ」


 そう言うと、大和は慌てたように立ち上がった。


「あ、じゃあ私も一緒に食べてもいいですか?」


「いいけど……他の艦魂と食べたりはしないの?」


「今日は中佐と食べたい気分なんですっ!」


 大和の強い口調に、「そ、そう……」としか言えない幸人。尤も、彼女と食べることが嫌なわけではないので、共に食堂に行くことにした。


 食堂は昔と変わらず、士官用と下士官・兵用に分けられている。そのため、昼時だというのに食堂にいる人影は少ない。幸人は自分用のトレーを持つと隅の方のテーブルに座った。一人ならどこだっていいのだが、大和と話すときは、当然ながらその姿が見えない人間の方が多いのだから虚空に向かって話す変人と思われるだろう。さすがにそんな認識は要らないのでこうして目立たないように座るのだ。大和も自分用の食事を発現させ席に座る。


 大和の話してくる笑い話や愚痴などを食べながら聞く幸人。この食事は、5割近くが合成食材だ。これは『大和』に限ったことではなく、陸空海三軍全ての食事に当てはまる。理由は至って単純。平時はただの税金の無駄遣いな軍隊よりも、一般市民に天然食材を流通させるべきだとの意見が大半だからだ。尤も、昔に比べれば格段に状況は良くなっているらしい。昔は天然物2割、合成食材8割が当然だったそうだ。黎明島にある天然食料供給施設が稼働しているからこそ今の食品状態があるのである。余談だが、未だ100%でない一般市民に優先的に天然食材を供給し軍人は合成食品で我慢しろという意見が出て激しい論争になったりしたこともあるそうだ。


 この状態も、戦時下ならば天然食材が軍に優先的に供給されるようになるらしい。閑話休題。


 しかし、合成品といっても味が多少劣る程度だ。なので、『転移』後に生まれ、合成食材の味に慣れた幸人の世代にとってはどっちだっていいというのが本音である。


「さて、これから当直か」


 食べ終わった後、幸人はトレーを持って席を立った。大和も空になった食器などを消す。


「頑張って下さい。私はこれから艦魂の会議がありますから」


「そう。それじゃあそっちも頑張れ」


 そう言って二人は一度別れた。




 夜。当直任務を終え、通路を自室に向かって歩く幸人の前に人影が現れた。


「こんばんわ、中佐」


「やあ、大和……って、今日で何度目だよ」


「な、何ですか!?その変人を見るような目は!」


 また出会った大和に、幸人は呆れた視線を向ける。どう見ても偶然ではない。


「1日に3回も会うなんて偶然もいいところだろ」


「こ、こんな狭い艦内なら3回は少ないほうです!」


「……そうかな?」


「中佐は……私と会うのが嫌なんですか?」


 瞳に涙を浮かべながら上目づかいに見つめてくる大和の視線に、幸人はうろたえ始めた。


「い、いや、そういうわけじゃないけどさ……」


「そうですよね。こんなべたべたと張り付く女なんて嫌いになりますよね。当然ですよね」


 だんだんと沈み込んだ表情になる大和を見て、幸人は慌てた。実は、彼は女の子の泣き顔にとても弱かったりする。


「そ、そんなこと言ってないぞ!」


「……じゃあ、今夜は中佐のお部屋で徹夜してもいいですか?」


「う、うん…………へ?」


 流れに任せて頷いてしまった幸人だったが、大和の言葉を頭の中で反芻して慌てて否定しようとした。が。


「それじゃあ準備してきますね」


「ちょ、ちょっと待て!今のなし!というか準備って何だ!?」


 完全にパニックになった幸人の様子を見て、大和はくすりと笑った。


「中佐、落ち着いてください。準備って言っても残しておくとまずいものを持ってくるだけですから」


「そ、そうか……」


「……変な想像してませんでしたか?」


 ほっと息を吐く幸人に、大和は不審げな視線を向ける。


「そ、そんなはずないだろう!?」


 してました、などと正直に言うわけにはいかない幸人。大和はしばらくジト目を向けていたが、やがてその目元を和らげた。


「信じます。中佐ならそういうことはしないと思いますから」


 そう言われると良心にぐさりとくる。だが、根本的な問題が解決していないことにも気づいた。


「それでは、私はこれで……」


「ちょ、ちょっと待った!何も僕の部屋でやらなくてもいいじゃないか。自分の部屋があるんだから……ごめん、僕が悪かった。悪かったから泣かないで!」


 俯いて肩を震わす大和に慌てる幸人。結局のところ、泣き顔になられると相手の言うことを聞くしかない。そんな自分の性格を、幸人は初めて恨んだ。大和は顔を上げるとにっこりと笑った。計画通り、と顔に書かれているように見えるのは気のせいだろうか。というか気のせいであってほしい。


 胃薬が欲しいと思う彼には、「同志よ!」という心の叫びらしきものが聞こえたような気がしたが、疲れからくる幻聴だと自分を納得させた。


「では、私はこれで……きゃっ!?」


「大和!?」


 浮かれていた大和だったが、どうやったのか、自分の右足に左足を引っ掛け、バランスを崩して幸人の胸へ倒れこんだ。突然のことだったので一瞬硬直していた幸人だが、何とか持ちこたえ一緒に倒れるのは防いだ。


「お、おい。大丈夫か?」


「……はう」


 幸人が心配して声をかけるが、大和は顔を赤くして答えない。受け止め方を間違えたかな?と見当違いなことを考えていた幸人の視界に、飛んでくる何かが入ってきた。




「この……変態があ!」


 雪風はそう叫びながら幸人に対して飛び蹴りを仕掛けていた。今までは武蔵と高雄に抑えられ身動きが取れずにいたが、幸人が大和を抱きしめた(角度的にそう見えただけ)場面を見た瞬間、その拘束を破っていた。彼女の脳裏にあるのは、目の前の男を叩き潰し、大好きなお姉さまを救い出すこと。ただそれだけだった。そして、相手を倒すのは簡単、と油断していたがために、青年の目が鋭くなったことに気付かなかった。


 幸人は大和を軽く押して自分から離すと同時に、最小限の動きで雪風の飛び蹴りを避けた。驚愕する雪風だったが、それだけでは終わらなかった。


 幸人は避けるときに腕を振り上げていた。そして、その腕を―雪風の小柄な体に叩きつけた。


「がっ……!」


 その一撃はピンポイントで雪風の腹部に入る。彼女は通路の床に叩きつけられた。衝撃で肺の中の空気が吐き出され、意識が一瞬遠のく。その一瞬の間に、勝負は決まっていた。半開きになった口の中に無理やり差し込まれた黒い塊。申し訳程度に点いている照明の光を受けて鈍く煌めくそれは、拳銃だった。それも、安全装置セーフティが既に外されている。雪風を見るその目は、冷たかった。雪風は、生まれて初めて恐怖というものを味わった。


「お前、何者だ?何で僕を狙った?」


 平静な声が恐怖心を煽る。ガタガタと震える雪風を一瞥し、幸人は呆れたように息を吐いた。


「答えられないか。じゃあ、とりあえず手足を撃って拘束させてもらうか。後でゆっくりと聞かせてもらう」


 低くなった声が、彼が本気だということを表していた。生命の危機に曝されていた雪風を救ったのは、先ほど突き飛ばされた大和だった。


「ちゅ、中佐!待って下さい!この子は軽巡洋艦『雪風』の艦魂ですよ!」


 それを聞き、幸人は黙って拳銃を雪風の口から引き抜くと銃口を拭いてからホルスターにしまった。大和はまだ震えている雪風に近寄ると、その小柄な体を抱きしめた。


「もう、大丈夫だからね。雪ちゃん」


「お姉さま……ううっ」


 嗚咽を漏らし始めた雪風を見て、幸人は困惑した。これでは、事情を知らない第三者が見たら、どう見ても幸人が少女を泣かせた悪人だ。実際、泣かせたのは事実だが、先に仕掛けてきたのは彼女の方だ。どうすればいいのか分からず、天井を仰いだ彼は、新たに駆け寄ってくる二人の少女に気づいた。




「……つまり、僕は大和に変なことをしていないかと疑われていたわけだね」


 やってきた二人―武蔵と高雄に説明を受け、幸人は嘆息した。確かに、疑われる要素はいくつかあったような気がするが、それは彼が望んでやったことではない。


「ごめんなさい。止められればよかったんですが……」


「いいよ。僕もやりすぎたと反省してるから」


 相手を止めるだけならなにも拳銃を引き抜く必要はなかった。体術で抑え込めばよかったのだ。反射的に銃を引き抜いてしまった自分の行動を、彼は深く反省していた。


「では、改めて……第1艦隊所属、戦艦『大和』級二番艦『武蔵』の艦魂、武蔵です」


「同じく、第1艦隊の重巡洋艦『高雄』級一番艦『高雄』の艦魂、高雄です」


「僕は『大和』副長の御国幸人中佐。これからもよろしく」


 三人は改めて自己紹介し合った後、まだ大和に慰められている雪風に視線を移した。


「ほら、雪ちゃん。挨拶しないと」


 大和に促され、雪風は幸人を見つめた。


「第1機動艦隊、軽巡洋艦『雪風』級一番艦『雪風』の艦魂、雪風……」


 そこまで言って、彼女は挑むように幸人を睨みつけた。


「お姉さまは私だけのお姉さまよ!あんたみたいな奴には渡さないんだから!覚えてなさい!」


 そう言い捨てて、雪風は全速力で走り去った。後に残されたのは、突然のことに呆気にとられる幸人と苦笑いを浮かべる大和、それに肩をすくめる高雄と胃のあたりを擦りながら溜息を吐く武蔵だった。







 4月19日。前の世界だと特別な日ではない。この世界における日本でもそれは変わりない。ただ一か所、旭日島を除いて―。


 その日、幸人は艦橋へ召集された。行ってみると、各部署の長クラスの士官が海図を囲んで集まっていた。


「む、来たか。副長」


 ドアを開けて入る幸人に、青柳が振り向いて応対する。幸人は彼に軽く頭を下げると、士官たちの仲に入った。


「諸君らも知っての通り、明日は第二種台風襲来の予定日だ。これに伴い、旭日島に存在する全ての艦艇は直ちに退避するようにとの通達があった。各員は全力でこの自然災害に対処してほしい」


 ここでいう『第二種台風』とは、毎年4月20日にやってくる旭日島の周辺のみで発生する嵐のことである。規模は最大級の台風並みと大きいが、これの特徴はもう一つある。強力な磁場嵐も伴っているのだ。これによる電子機器の破損を防ぐため、旭日島とその近辺にいる船は電子機器の電源を落とさなければならない。そして、哨戒機も出せないために、旭日島鎮守府が最も緊張する1日なのだ。全て監視は目視である。


 また、海が大荒れになり、各港にも津波がやってくるため、無用な損傷を防ぐ目的で海軍の艦艇は退避させられる。この、大荒れの海を一日中乗り越えなければならないため、旭日島所属の艦隊勤務の人間にとっては気を緩められない日になる。


 緊張した面持ちで退出する士官たちに混じって艦橋を出ようとした幸人は、後ろから背を叩かれた。振り向くと、航海長の内海うつみ信人のぶと少佐が笑っていた。


「そうがちがちになるなよ、中佐。そんなんじゃ、本番に持たないぞ?」


「え?そんな顔してます?」


 自分の顔を触って確かめようとする幸人を見て、内海の後ろにいた砲雷長の能代のしろ太一たいち少佐がにやにやしながら割り込んできた。


「副長殿。今からそれでは先が思いやられますなあ」


「ちょっと、砲雷長!」


 内海が窘めるように声をかけるが、能代はそのまま出て行ってしまった。


「悪いな、中佐。あれでもいいやつなんだが」


「いえ、お構いなく。なんとか持ちこたえて見せますよ」


「よし、その意気だ」


 内海は笑って再び幸人の背中をバンバンと叩く。幸人も苦笑しながらそれを受けた。







 …………………………本当なら、毎年恒例、で済まされるはずのこの嵐が、日本という国にも嵐を呼ぶことになろうとは、この時、誰も考えていなかった……………。

作者「……おっかしいなあ」

大和「どうしたんですか?」

作者「いや、大和と赤城はともかく、その他の性格が予定とかけ離れたものだから……」

武蔵「……具体的には?」

作者「予定では、武蔵の立場に高雄が入って、武蔵は完全な傍観者扱いだったはずなんだけど……」

高雄「……どう見ても予定外です。本当に(ry」

武蔵「自重しなさい、高雄。で、雪風は?」

作者「あそこまでひどくなかったはず……で、君たち、なんでそれぞれの主砲がこちらを向いているのかな?」

雪風「当然、作者をフルボッコにするためでしょう」

作者「待て、話せばわk……」

武蔵・高雄・雪風「問答無用!」

作者「ギャアアアア!?」

大和「ああ、作者さんがボロ雑巾より酷いことに……」

赤城「まあ、次回になったら復活してるでしょうし、今のうちに予告しちゃったらあ〜?」

大和「……そうですね。さて、次回は日本に暗雲が立ち込めそうです。次回、第3話【発端〜ファーストコンタクト〜】(仮)です」

赤城「題名は作者の都合と気分とノリで変わるかもしれませんので、ご了承くださ〜い」

大和「……内容まで変わってなければいいんですけどね」

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