もし、日陰に咲く一輪の花があったら
僕らはいつも
"思いやり"と"自己満足"との間で
揺れている
1.優等生の救済
「あっ」
ある日、ひとりの女の子が
高い壁に囲まれた空き地の隅、
ちょうど日陰になっている場所に咲いている
一輪の花を見つけました。
鮮やかなピンク色をした、
とても綺麗で、可愛らしい花でした。
しかし、その一輪以外、周りに花は
一つもありません。
このままでは、おひさまの光が十分に当たらず、
花は枯れてしまうでしょう。
「どうしよう……うーんと、うーんと…」
しばらく、辺りをうろうろしながら
女の子は考えました。
どうしたら、この花を枯らさずに済むのかを。
それから、何か閃いたのか
手をぽんっと叩きました。
「植木鉢に移して、私の家のお庭で育てよう!
あそこなら、おひさまの光がたくさん当たるもの」
女の子はさっそく植木鉢を持ってきて、
その花を移してあげました。
「さぁ、これからはおひさまの光をたっぷり浴びて、もっともっと大きくなるんだよ」
2.正義の味方の破壊
「ん?」
ある日、ひとりの男の子が
高い壁に囲まれた空き地の隅、
ちょうど日陰になっている場所に咲いている
一輪の花を見つけました。
鮮やかなピンク色をした、
とても綺麗で、可愛らしい花でした。
しかし、その一輪以外、周りに花は
一つもありません。
このままでは、おひさまの光が十分に当たらず、
花は枯れてしまうでしょう。
「……お、おれがなんとかしなきゃ…!」
しばらく、辺りをうろうろしながら
男の子は考えました。
どうしたら、この花を枯らさずに済むのかを。
それから、何か閃いたのか
手をぽんっと叩きました。
「そうだ。この壁を壊せばいいんだ!」
男の子はさっそく、
お父さんの工具箱から金づちを持ってきて
陰を作っていた壁を、壊し始めました。
とても頑丈な壁でしたが、
やがてささやかな穴が空き、
そこから射したおひさまの光が、
ちょうど花に当たりました。
「よし。これからはおひさまの光をたくさん浴びて、もっともっと元気になれよ」
手をぱんぱんっと叩きながら、
男の子が満足気に言った……その時
「こら!誰だウチの壁に穴を空けたのは!!」
という声が、壁の向こう側から聞こえました。
「やべっ、バレた!じゃーな、花!!」
あっという間に走り去ってしまい、
男の子の姿は見えなくなりました。
3.寂しがり屋の自己投影
「……ぁ」
ある日、ひとりの女の人が
高い壁に囲まれた空き地の隅、
ちょうど日陰になっている場所に咲いている
一輪の花を見つけました。
鮮やかなピンク色をした、
とても綺麗で、可愛らしい花でした。
しかし、その一輪以外、周りに花は
一つもありません。
このままでは、おひさまの光が十分に当たらず、
花は枯れてしまうでしょう。
「……一人ぼっちは、寂しいでしょう。私も、同じだから」
しばらく、辺りをうろうろしながら、
女の人は考えました。
どうしたら、この花を孤独から救えるのかを。
すると、そんな女の人に気付いて、
腰の曲がったおばあさんが声をかけました。
「なにか探し物?」
「あ、いえ。実はこのお花にお友だちを…えと、ここにたくさんのお花を植えたいのです」
「この空き地を、お花畑にしたいのかい?」
「はい」
女の人が答えると、おばあさんはにっこり笑って
「私の古くからの友人が花屋なんだ。ちょっと、頼んでみるよ。
あなたの素敵な願い、ぜひ一緒に叶えさせて」
そうしておばあさんは、
お花屋さんをやっている友人に声をかけ、
その噂を聞き付けた他の友人たちと、
その子供と、さらにその子供たちも参加して、
みんなで空き地いっぱいに、花の種を植えました。
もちろん、女の人も一緒です。
たくさんの人と笑いながら、
汗を流し、泥だらけになって
全ての種を植えた女の人は、
花に笑顔を向けました。
「ほら。これでもう、寂しくない」
4.自暴自棄の自尊心
「…ヒック」
ある日、酔っ払いのおじさんが
高い壁に囲まれた空き地の隅、
ちょうど日陰になっている場所に咲いている
一輪の花を見つけました。
鮮やかなピンク色をした、
とても綺麗で、可愛らしい花でした。
しかし、その一輪以外、周りに花は
一つもありません。
このままでは、おひさまの光が十分に当たらず、
花は枯れてしまうでしょう。
「あーあー気の毒になぁ。こんな空き地じゃ、ロクな栄養もないだろうに」
着崩れたよれよれのスーツを引きずるように、
おじさんはふらふらと花に近付きました。
そして手に持っていたビール瓶を高く掲げると、
「運がいいなお前。今日はおじさんのおごりだ。遠慮せずに、飲め飲めぇ」
びちゃびちゃびちゃ
時々しゃっくりをしながら、
おじさんは花にビールをかけました。
「そら、いい景気付けになっただろ。ん?」
がははと笑いながら
花のすぐ横に、崩れるように座りました。
「お前はいいよなぁ。そうやって咲いてるだけで、人の目に留まる。
そんでぱーっと一花咲かせた後は、潔く散れるもんなぁ」
そこでまた一つ、しゃっくりをしてから
「俺なんかは、だめた。誰にも認めてもらえねぇし、過去の栄光に縋って、新しい仕事を始めることもできねぇ」
俺はよ、と言ってから、今度は深いため息をついて
「俺は…潔く散れなかったんだよ。プライドが、許してくれなかった」
という呟きを最後に、声は途絶えました。
それから、どれだけの時間が経ったでしょう。
長かったかもしれないし、
短かったかもしれません。
そんな沈黙を破ったのは、
やはりおじさんの声でした。
「そうか……」
そう呟いた彼の目は大きく見開かれ、
きらきらと輝いていました。
「そうか…そうだよなぁ……ぐふっ、あはは!」
急に笑い出したおじさんは、すくっと立ち上がると
「やっぱりお前は可哀相なヤツだ!なんせ、自分で動くことができないからなぁ!足がないもんなぁ!!」
小さな花に向かって、声を張り上げました。
そして、自らの存在を誇示するかのように
両手を大きく広げ、
「それに比べて俺は幸せだ!なんてったって、足がある!どこへでも行ける!
そう、どこへでもだ!!」
おじさんは狂ったように笑って、笑って
やがて疲れたのか、ぴたりと止まって、
「だから、俺はこの足を使って、お前みたいにそこから動けないやつを助けることにした。
嘘だって?見てろよ、まず手始めにお前を助けてやる」
言ってからおじさんは、ふらふらと走りだし
戻ってきた時には、
両手いっぱいの肥料を抱えていました。
「さぁ、新しい仕事を始めるぞ!!」
5. ××の××××
「………」
ある日、黒髪の若い人間が
高い壁に囲まれた空き地の隅、
ちょうど日陰になっている場所に咲いている
一輪の花を見つけました。
鮮やかなピンク色をした、
とても綺麗で、可愛らしい花でした。
しかし、その一輪以外、周りに花は
一つもありません。
このままでは、おひさまの光が十分に当たらず、
花は枯れてしまうでしょう。
「…………」
その人間はポケットに手を突っ込んだまま
しばらくその花をじっと見つめていました。
そして
「……今日は、いい天気だね」
そう言いながら、蒼く澄み渡った空を仰ぎました。
「……もし、君を見つけたのが
僕ではない、他の誰かだったのなら
君をどうにかしようと、悩むかもしれない。
それぞれが思いついた最善の方法で
君を助けようとしたかもしれない。
けど、僕はそんなことはしない。
だって、君がそこにいるのは、君の事実だから。
『こうしてあげたい』、
『ああしてあげるべきだ』。
勝手に想像して、君をどうこうするのは
君のためじゃない。
全部、自分のためになってしまうから。
君だって、そこじゃあ十分な光が当たらないのを
承知の上で、そこに根を張ったんだろう?
ならこれは、僕の問題にすべきでは、ないんだよ」
誰に言うでもなく、ぽつりぽつりと呟いてから
少し笑って、くるっと背を向けました。
「まぁ、日向に出たいんなら、自分から動き出すことだね」
そう言い残して、すたすたと歩き出し、
そのまま去ってしまいました。
それから、春が終わって。
一輪の花は、短い命を散らしました。
しかし、その花が残したたくさんの種たちは
皆、日向を目指して飛んで行ったのでした。
また来年、この空き地には
たくさんの花が咲くのでしょう。
*おわり*
数ある作品の中から目を留め、お読みいただきありがとうございます。
相手を思って行動したつもりでも、結局は自分という基準を通すことでしか考えられないわけで。
『思いやり』と『自己満足』は紙一重というか、むしろ同義だなと、常々感じます。
でも、それでいいと思う。
結局、その人を救うのはその人自身だけど。
自分のことに置き換えて相手を慮れるのも、人間らしさだから。