28 レッドエージェント
地球人の男は拾い上げた銃を俺に向ける。
よく見ると、ただの銃ではない。形状こそ小型の拳銃だが、明らかにそれ以上の技術が使われている、複雑な機械の塊だった。
「情報じゃあこの星の人間は銃弾ぐらい避けられるって聞いてるが、こいつはどうかな?」
キイィィィィン────。
「む?」
銃の先端に光が集まる。
光は徐々に大きくなり、握りこぶしほどの光球となった。
「受けてみな!」
ドウッ────!!
銃口から光球が放たれる。
「くっ!」
俺はとっさに横に飛び退き、元いた場所を光の弾が通過する。
光球は客車の壁の鉄板を削り取り、同じ大きさの円形の穴を開けた。
「外したか。これ反動がでけーんだよなぁ」
男はボヤきながら手に持った銃を見つめる。
【レーザーピストルの一種だと思われます。防御の意味はなく、当たった箇所は消滅するものと考えてください】
「撃たれる前に言え」
こちらは弾切れのライフルが一丁。銃の柄で殴るぐらいはできるだろうが、飛び道具が相手ではその距離まで接近するのも難しい。
「ここはやはり魔球2号の出番か……」
【投げたいだけですよね】
自分の張り付いたリンゴを妙な手つきで握る俺に対し、やや焦った声で止めるスリサズ。
「いくら避けてもいいけどよ。列車が無くなっても知らねーぜ?」
男が言うと、再度銃口に光が集まり始める。
「“フレア・ガン”!」
俺の後方から声が聞こえ、飛び出した火の玉が男の手前の床で弾ける。
「なんだぁ?」
火の玉の飛んできた方向へ振り返ると、客車の屋根の上にフィノが立っていた。
屋根から飛び、俺の隣に降り立つ。
「フィノ! 乗客の避難は済んだのか?」
「ある程度安全が確保できたんでね。それよりもジョン、気をつけろ。そいつは『レッドエージェント』だ!」
フィノが目の前の男を指さしてそう呼んだ。
「レッドエージェント?」
「危険な敵性宇宙人や生命体の退治を任務にしている荒事専門のチームだ。宇宙管理局の中でも武闘派の集まりさ」
武闘派──。
たしかにあの男の持っている銃は、今まで見た地球の武器よりも一回り強力に見える。
「ケッ、裏切り者のマーガレット・フィノメールか。探す手間が省けたぜ」
男は銃口の照準を、俺からフィノに移動させる。
「コラ────ッ!! よくも我をボールにしてくれたな!」
バンッ! と客車のドアが開き、怒りの形相のマルが現れた。
「お、戻ってきたか。魔球1号」
「だ~れ~が魔球じゃ誰が!」
「また新キャラかよ……ど、どいつを狙えばいいんだ?」
またしても新たな闖入者が現れ、男は銃口を所在無げに左右に動かす。
ピピピピッ……ピピピピッ────。
その時、どこからか電子音が流れた。
男は銃を俺たちに向けたまま、空いた手で懐を探り、小型のタブレットを取り出す。
「はい、こちらエージェント・ステッペン……じゃなかったレッド3。あれ? 2だっけ? めんどくせーな。コードネームとかいらねーだろ、これ」
どうやら通信機で仲間と会話しているらしい。
一見隙だらけだが、銃を向けられたままである以上、こちらから迂闊に動くのは危険だ。
「こっちはターゲットに接触したぜ。SSSと裏切り者のフィノメール。異星人ジョン・ドウにお供のモンスターだ。情報通りならこれで全員集合ってわけだな」
「お供でもないわ。何者だ貴様は」
マルがツッコミを入れるが、ステッペンと名乗った男は構わず通話を続ける。
「え? 撤退? これから面白くなるとこなのによ。──実験はもう十分? はいはい、分かりましたよ」
露骨に嫌な顔をしながら、通話を切る。話しぶりからすると、今から逃げるつもりのようだ。
「だってよ。お仕事の辛いとこね、これ」
「黙って逃がすとでも思ってるのか?」
「命令もあるけどな。もう時間切れなんだよ。ほれ」
ステッペンはそう言って親指で列車の進行方向を指す。
「一体何を言って…………ッ!?」
俺は前方の景色を見て、絶句した。
街。
まだかなり遠いが、ある地点を境に不毛の荒野が終わり、整地された歩道と建物が見える。
列車の到着駅だ。
「ハハハ! まあ頑張りな!」
ステッペンはそう言って駆け出し、列車から飛び降りる。
そのまま地面を転がりながら、視界の外へ消えていった。
「……妙だな。このヘルハウンドと奴らは何か関係があるのかな?」
フィノが口元に手を当てて考え込む。
「それどころじゃない。このままじゃ大群を引き連れたまま街に突っ込むぞ!」
【この列車の乗客数は70人ほど。今は魔物の標的はこの列車に集中していますが、このまま街に入ればより多くの餌場を求めて拡散し、手がつけられなくなるでしょう】
「じゃあ列車を止めさせるかい?」
「そ、そんなことしたら我らはどうなるのだ? 何もない荒野で立ち往生ではないか!」
このまま突っ込めば街の人間が犠牲になる。
だからといって列車を止めれば乗客や俺たちが危険だ。
「くそ、どうすればいい?」
良い案が浮かばないまま、考えている間にも列車はどんどん街に近づいていく。
シュンッ────。
諦めかけたその時、青い閃光が走り、列車のすぐ横を並走していたヘルハウンドの一団を飲み込んだ。
「!? ……なんだ?」
閃光は列車の周囲を薙ぎ払うように天から降り注ぎ、纏わりつくヘルハウンドを一掃していく。
これは……ドラゴンのブレス?
「……………………母上?」
マルがつぶやく。
『──人間よ。借りは返したぞ──』
どこからともなく、そんな声が聞こえた。




