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23 魔大陸横断鉄道

 線路に沿って歩いていくと、いつしか周囲の風景は木に覆われた山道から開けた平野に変わっていった。

 そのままさらに伸び続ける線路をひたすら辿って行く。


「お、あれが駅なんじゃないか?」


 フィノが指さすと、線路に隣接するようにポツンと小さな建物が一軒建っているのが見えた。

 近くには先ほど横切っていった機関車も停まっている。

 建物に近づくと、小窓から顔に(すす)の付いたいかつい男が顔を出した。

 この機関車の運転士だろうか。


「あんたたち、どっから来たんだ? この辺はずっと先まで何にもないから降りる客なんていないんだけどな」

「ちょっと事情があってな。乗せてくれるか?」

「もちろん。どこまで行きたい?」

「あー……そもそもここはどの辺なんだ?」

「おかしなこと聞くねえ、あんた」


 我ながらそう思う。


「ここは旧魔大陸領、山岳部付近の駅だよ。さっきも言った通り、何もないから誰も乗り降りしない。俺みたいな機関士は休憩できるから構わんがな。ハッハッハ」


 ここは既に魔大陸だったのか。

 言われてみれば山を下りた後の景色には見覚えがある……気がする。


「これは都合がいいね。アダムの死体も案外すぐ近くにあるかもしれない」

「ん? 死体?」

「いや何でもない。えーと、勇者と魔王が戦った塔があったはずだ。そこに行きたい」


 不穏な単語に反応した機関士を、何とか話題を変えてごまかす。

 過去に俺がアダムを殺した魔王の塔。

 死体を探すならまず目指すべきはここだろう。


「ああ、なるほど。あそこは人気スポットだからな。大勢の客が行きたがるんだ」

「え? 観光地になってるのか?」

「勇者様が魔王を倒した記念ってことで、戦場で使われた武器や戦いの記録を展示する博物館が建てられたんだ。そこに行くつもりじゃなかったのかい?」

「どこの星でも商売人は逞しいね」

「うーむ……」


 苦笑しながら肩をすくめるフィノに、俺は返す言葉が見つからずこめかみを押さえる。

 自分たちの繰り広げた死闘が見世物にされているというのは複雑なものがあるが、今はそんなことに文句を言っても仕方がない。

 それに、博物館になっているなら探し物をするにはかえってやりやすいかもしれない。


「とにかく俺たちはそこに行きたい。頼めるか?」

「はいよ。三名で200ゴールドね」

「……………………ゴー……ルド?」

「だから運賃だよ。ハハハ、まさか通貨知らないわけじゃないよな」


 一瞬、何のことだか分からなかった。

 忘れていたわけではないが、地球で生活したり、宇宙を当てもなく飛び回っていたりでそれどころではなかったのだ。


「地球でも買い物ぐらいはしただろう? ドルとか使って」

「いや、その時の俺は施設で暮らしてたから自分で金を使うことはなかったんだ。買い物の仕組みも分からなかったから施設の仲間に全部任せてた」

【あなたが滞在していたのはホームレスや孤児の衣食住を支援するボランティア施設です。しかし正当なカリキュラムを踏まず、本人にも社会復帰の意思がなければあなたのような高齢ニートが出来上がるのです】

「やかましいぞポンコツ」


 思い返せば、最初に魔大陸に上陸した頃から金のやり取りというものを一切していなかった気がする。

 さらに地球に転移した時に、こっちの世界の持ち物はほぼすべて失くしてしまっていた。

 今の俺たちは正真正銘、無一文というわけだ。


「おいおい、あんたらマジで一銭も持ってないのか? うーん……」


 機関士の男は頭を掻きながらしばらく考えごとをし、やがて再び口を開いた。


「じゃ、こうしよう。博物館までは乗せてやれないが、ここから一番近くの町で降ろしてやる。そこで仕事を貰って、タダ乗りした分とあんたらの目的地までの運賃をまとめて稼ぐんだ。駅員には俺が話を通しといてやるよ」

「いいのか?」

「なんだかわけありみたいだし、置き去りにしてこの停留所に住み着かれても困るしな」


 話の分かる男で助かった。

 とにかく町まで行けば、金のことはどうとでもなるはずだ。

 アダムの死体探しには少しばかり出遅れてしまうが、この状況では他に手はないだろう。


「さあ、そうと決まれば乗った乗った。もうすぐ出発時間だぜ」

「すまん、恩に着る」

「それじゃ次に乗る時は少し割増で払って貰おうかな。ハッハッハ」





「へえ、大したもんだね」


 艶やかな革製の座席シートを見て、フィノが感心したように声をあげる。

 客車両の中は、人一人分ぐらいの通路を挟んで、向かい合わせに配置された二人掛けの座席が連なっていた。


「なるほど、観光客向けってわけだ」


 木製の床や壁はどこも綺麗に磨かれており、彫り物の装飾まで入っている。

 タダ乗りするのが申し訳なく思えてくるような立派な客車だった。


【SNS映えのする良い車両ですね。写真に撮っておきましょう。後で加工しますが】


 ゴム弾のライフルに張り付いたスリサズから、カシャカシャとシャッターを切る音が聞こえる。

 こいつの言うSNSとやらは一体どこに存在するのだろう、などと考えながら適当な座席に座る。


「……むむ?」


 最後に座ろうとしたマルが肘掛けに手を乗せたまま、ふと動きを止める。


「ニャ~」


 どこから潜りこんだのか、いつの間にか一匹の猫がマルの座ろうとしていた席に陣取っていた。

 待っていても座席から離れる気配はなく、のんびりと毛づくろいしている。


「おい、そこは我の席だぞ。さっさとどかんか」

「ファ〜」


 その席が気に入ったのか、マルが凄むのも無視して、猫は毛づくろいを終えると今度は丸まって昼寝を始める。


「ほほーう、下等生物めが。我が警告を無視するとはいい度胸ではないか」

「おいマル。余計な問題を起こすな。他の空いてる席に座ればいいだろ」

「猫ごときに席を奪われたとあってはドラゴンの名折れ! 生物としての格の違いをその身に分からせてくれるわ!」


 ほぼ難癖に近い理由で、マルと猫の意味不明な闘いが勃発した。


「どかぬなら無理やり引きずり降ろしてやるぞ!」

「あっ! この! おとなしくするのだ!」

「いだだだだ! 爪を立てるな!」


 ――そうこうしながら数十秒後。


「おのれ、覚えてろ! バーカバーカ!」


 弱い。

 顔中にひっかき傷を作ったマルは、まるっきり三下のような捨て台詞を吐いて客車の外へ出ていってしまった。

 勝者の猫は相変わらず座席に陣取ったまま、ひと暴れして疲れたのか再び昼寝に入っている。


「いい勝負だったね」

「ていうかどこに行くつもりだあいつは?」


 まあ、せいぜい他の車両を探検しているといったところか。

 列車はすでに走り出しているから、まさか飛び降りたりはしないだろうし放っておいても問題あるまい。

 町に着いて、列車を降りてからゆっくりと探せばいいだろう。

 そう思って俺も仮眠でも取ろうと目を閉じた。





「なあ、いいだろ? ちょっと食事だけでもさ」


 軽く寝入りそうになったその時、俺の頭は軽薄そうな男の声によって起こされた。


「俺も来たばっかりでこの辺のこと知らないんだよね。君みたいな綺麗な子が案内してくれると嬉しいなあ」


 見ると、一組の男女が車両の入口の前で話し込んでいた。

 声の印象と同様に軽薄そうな茶髪の優男に、膝まで届きそうな長く青い髪をした美女だ。

 さらによく観察すると、男の方が壁に手をついて一方的に話しかけ、女の方は無表情でそれを聞き流している様子だった。


「どうもナンパみたいだね」

「まったく、他の客もいるってのに。ああいうのは他所(よそ)でやれ他所で」


 眠りを妨害された八つ当たり混じりに毒づく。


「……む?」


 女の方と一瞬、目が合ったような気がした。

 まじまじと見すぎたか?


「ねえ、無視するのはひどいんじゃない? せめて名前だけでも聞かせ……うぐおぉっ!!」


 ペラペラと話していた男が突然、苦悶の声をあげる。


「すまん、遊んでいる暇はなくなった」


 女が初めて言葉を返すと同時に、手の平全体で男の顔面を掴み上げていた。

 そのまま指先でギリギリと男の頭蓋骨を締め付けている。


「うがああぁぁッ! あ……あた……頭が割れるっ!!」


 よく見ると、男の足元が少し浮いている。

 顔面を掴んだまま、片手で男を持ち上げているのだ。

 そのまま軽く腕を振り、客車の入口から連結部に放り出した。


「ひ、ひいいイィィィ!!」


 男は情けない悲鳴を上げながら別の車両で逃げ去っていく。

 自分よりも小柄な女に顔面を締め上げられ、しかも片手で投げられたのだから無理もない。


「さて……」


 男を軽々と持ち上げ、投げ飛ばした当の女がこちらに近づく。

 そして、座席で寝ていた猫の首根っこを何気なく掴み、客車の通路に降ろすと、そのまま空いた座席にどかっと腰掛けた。

 ちょうど俺やフィノと向かい合わせになる位置だ。


「えーと……ジョンのお知り合い?」


 一瞬、この女がフィノや長官の言っていた宇宙管理局の敵なのかとも考えたが、フィノの口ぶりからすると違うようだ。

 俺の方も、目の前の女について何も記憶がない。

 しかし、誰かと似ているような気がする。

 流れるような青く長い髪、ややつり上がった目の奥には、爬虫類のように縦に伸びた瞳孔。

 ――爬虫類……ドラゴン?


「……マルドゥークが世話になっているようだな」

「あんた、まさかマルの母親か?」

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