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20 マッカートン財団

 通信機の向こう側で長官は話を続ける。


『マッカートンは長い歴史を持つ資産家の一族だ。その財力によって主要な企業を次々に買収し、経済面で地球をほぼ支配していたと言える』

「たしかに、地球じゃ金の力ってのは絶大だったな」


 俺の故郷の星にも金銭が存在しないわけではないが、地球ほど多くの人間が執着するものではなかった。向こうの言葉では資本主義というらしいが、とにかく地球では何をするにも金が第一優先という印象だった。

 話を聞く限り、マッカートンというのは、さしずめ地球における大商人といったところか。


『しかし、そんな彼らにもいつしか陰りが見えはじめた。SSSが地球を支配した当時、マッカートン財団の所有する企業を軒並み潰してしまったからだ』

「またお前のせいか」

【富の独占は平等な地球社会にあってはならないことです。それに彼らの所有する企業は、違法な武器の売買や汚染物質を排出する工場、料理人が手を洗わないスシ・バーなど悪質な事業ばかりを行ってきました】


 スリサズは宇宙船の制御盤に張り付いたまま、目をチカチカと明滅させながらそんな言い訳をする。


「最後のはとにかく、まあ悪どい商売やってたってことか」

『だが彼らも完全には力を失っておらず、残った金と共に潜伏していた。SSSが地球外へ追放されるまではな』

「それならなんでまたスリサズを狙う? 追放したままにしておいた方がそいつらには都合がいいんじゃないのか?」

「それは私たち、宇宙管理局が関係しているんだ。ジョン」


 フィノが話に割って入る。


「私たちがダーク・ゾーンの研究を行っていることは知っているね」

「ああ、ジェンセンから聞いた」

『いずれ地球の脅威となる可能性を考えて進めてきた研究だったのだが、奴らはそれを奪い、軍事力として利用するつもりなのだ。SSSはそのための演算装置なのだろう』

「マッカートン財団は宇宙管理局にも多額の投資を行っている。そのコネで奴らの息のかかったゲオルグを送り込み、ダーク・ゾーンの研究を横取りするつもりなのさ」

『そしてダーク・ゾーンの魔物をもって、今度は暴力で地球を支配するつもりなのだろう。かつてのアダムのように』

「アダムのように……か」


 俺は魔大陸での戦いを思い出した。

 地球の兵器で武装したモンスター、銃火に逃げまどう人々。

 あれは一つの島だけでの出来事だったが、今度は地球規模でそれをやろうというのか。


「まったく、その一族にはアダムみたいな奴しかいないのか?」

『マッカートンの一族はみな野心家で狡猾、カリスマ性を持ち人心を掌握する術に長けている。恥ずかしい話だが、私の宇宙管理局もゲオルグがほとんどの実権を握り、奴の意のままに動く組織と化している。協力を取り付けられたのは、そこのフィノメールを含む数人だけだ』

「フィノはゲオルグに懐柔されなかったのか?」

『ゲオルグはエージェントとしても優秀で人望も厚かった。奴の裏の顔を探らせるには、仕事が適当な割には出世欲が強く、異例のスピードで出世を重ねるゲオルグに嫉妬心を抱き、機会があれば足を引っ張ってやろうと考えている陰湿な人間が適格だったのだ』

「ふっふっふ。まあそういうことさ」

「いや褒めてないだろ絶対」


 なぜか自慢げに腕を組んで胸を反らしているフィノに一応突っ込んでおく。


「まあいい、まだ信用したわけじゃないが敵の敵は味方だ。協力してやる」

「ああ、そういえばそんな話だったっけ」


 こいつ……

 やっぱり一発ぐらいゴム弾を撃ち込んでやった方がよかったか?

 と、そらっとぼけるフィノを見てふとそんな考えが浮かんだ。


『ジョン・ドウ。すでに君も他人事ではない。次の奴らの狙いはおそらくN1180EV――つまり君たちの星だ』

「なんだと? どういうことだ?」

「長官。それはゲオルグの言っていた“A.E.計画”と何か関係があるのですか?」

『うむ。マッカートン財団はダーク・ゾーンを人為的に発生させるためにSSSを入手しようとしているが、もう一つ、奴らが必要としているものがある』


 そこで長官の声が一瞬止まり、続けて静かにその存在を告げた。


『アダムの遺体だ』

「アダムの……遺体だと?」


 俺はわけが分からず、長官の言葉をそのまま繰り返す。

 魔大陸の戦いで、俺はたしかにアダムの頭を撃ち抜いて殺した。

 その後、スリサズによって地球に転送されてしまったので、アダムの死体がどうなったのかは知らないが……今もまだあのままになっているのだろうか?

 いや、それ以前になぜそんなものを狙う?


『知っていると思うが、ダーク・ゾーンの魔物は理性を持たない。空間に開いたゲートより現れ、本能のままに破壊をもたらす。たとえダーク・ゾーンを発生させることができたとしても、制御することはできない』

「たしかに、兵器として利用するには使い勝手が悪いですね……」

『だが、人間でありながらダーク・ゾーンの魔物を操り、武器を持たせ軍隊として統率していた者がいたはずだ』


 それもアダムのことだ。

 だが、あれは魔王の死体を食ってモンスターを操る能力を受け継いでいたはず……


「まさか今度はアダムの死体を食おうってのか?」

「いや、そこまでしなくても、死体から体細胞を分析して、必要な成分を取り出して培養し、血清のような形で投与することができれば、誰もがダーク・ゾーンの魔物を操ることができるようになるのかもしれない」

「誰でも魔王になれる? 悪い冗談だ」

『詳細は分からないが、奴らがダーク・ゾーンを制御するにあたり、アダムの遺体を必要としていることはたしかだ。君たちは奴らよりも先にアダムの遺体を見つけ、処分してしまわなくてはならない』


 ということは……帰れるのか? 故郷の星に。

 あまり喜べない状況の中ではあるが、それでも一時あきらめていたことだけに感慨深いものがある。


「ふわあぁ~~~~~~あ。話は終わったか? これからどうするのだ?」


 後ろから、マルが大あくびしながら声をかけてきた。


「なんだお前、寝てたのか?」

「わけの分からん単語が出てくると途端に睡魔が襲ってくるのだ」


 まったく、なんでもかんでも人に丸投げしておいていい気なものだ。


「なら喜べ。俺たちの星に帰れるぞ」

「なに!? ホントか!?」

「帰ってからやることはできたけどな」

「うう……人間どもに巻き込まれて長くこの暗い宇宙の旅を続けてきたが、ついに帰ることができるのか……あ、でも母上はまた怒っておるかもしれんな。なんとかうまい言い訳を……いや正直に言うべきか……でも宇宙人にさらわれたなんて信じてくれるかどうか……」

【それでは座標を入力し、亜光速(ワープ)航法を開始します。衝撃と過重力に備えてください】


 ブツブツ言いながら何かを考えているマルを無視して、スリサズのアナウンスが船内に響く。


『気をつけろ。おそらくゲオルグはエージェントの精鋭を君たちの星へ送り込んでいるはずだ。フィノメールのような諜報員ではなく、対異星人の戦闘のエキスパートをな。自分の星を守れ、ジョン・ドウ』

「言われなくてもそうするさ」


 俺がそう言うと共に通信が切れ、宇宙船の船体が大きく揺れる。

 次の瞬間、宇宙船はこの銀河系から姿を消した。

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