18 腐れ縁、再び宇宙へ
「パスコード1055。エージェント権限により、ロックを解除する」
フィノがトランクからスリサズの入ったカプセルを取り出し、呟く。すると、カシャンと軽い金属音を立てカプセルが二つに割れた。
「ジョン、ここを出るぞ。SSSを使って宇宙船を動かすんだ」
そう言って、スリサズの張り付いたリンゴを俺に投げ渡す。
「おいスリサズ。大丈夫か?」
【遅かったですね。カプセルに閉じ込められている間、タピオカミルクティーを静脈注射するという新しいサービスをクラウドファンディングで提案していたのですが、製品化一歩手前でタピオカの原型を保ったまま通すことのできる注射針が存在しないことが判明し、集めた資金を全額没収されてしまいました】
よし、何も変わってないな。
「エージェント・フィノメール。君のやっていることは重大な違反行為だ。異星人と長く行動しすぎたせいで感化されたのか?」
「おかしいのはそっちだ、ゲオルグ。彼らを処刑するのは宇宙管理局の理念に反する」
「我々の目的はあくまでも地球の繁栄だ。文明レベルの低い異星人がどうなろうと瑣末な問題に過ぎない」
「それも出資者のご意見か? A.E.計画とやらもそいつらが糸を引いているのか?」
A.E.計画……?
俺には何のことだか分からなかったが、その言葉を聞いた途端、ゲオルグが額に眉を寄せ不快感を露わにする。
「……君はまさか長官の……まあいい、裏切者はまとめて処刑するまでだ」
ゲオルグの合図と共に、再び警備員が銃を構える。
しかし、フィノには例の武器が生み出すシールドがある。実弾であろうと通らないのは先ほど証明済みだ。
「芸がないねゲオルグ。弾の無駄遣いだよ」
「それはどうかな? ――上位アクセス権限を行使。エージェント・フィノメールのマルチツールを凍結する!」
ブウゥ……ン……
フィノの腕輪の光が、力を失うように徐々に小さくなっていく。
「な、なんだって……!?」
「上級エージェントは下位のマルチツールを無力化できる。君も知っているはずだろう?」
「く……職権乱用しやがって! だから嫌いなんだ、お前は!」
フィノが声を荒げる。
今はそんなことを言ってる場合じゃないと思うのだが。
「その詰めの甘さが君の出世できない原因さ。改善するチャンスはもう無いけどね」
防御手段を奪ったところで、あらためて警備員に銃を構えさせるゲオルグ。
「フィノ、まだ何か考えはあるのか?」
「フッ……ど、どうしよう……?」
軽く息を吐いた後、泣きそうな顔でこちらを見るフィノ。
ゲオルグの言う通り、詰めの甘い奴である。
「ジョン・ドウ。君もこれ以上悪あがきはしないことだな。いくら異星人の身体能力が高くとも、この状況ではどうすることもできまい」
「そうかい。じゃあ、こうしたらどうなる?」
俺は手に持っていたリンゴを地面に落とし、その上からゴム弾のライフルを突きつける。
もちろん、張り付いているスリサズに向かってだ。
「な……」
「こうされるとお前たちは困るんだろ」
ゲオルグが絶句し、周囲の警備員も互いに顔を見合わる。
奴らにとって最優先目的はスリサズの確保だ。壊されてしまっては俺たちを殺したところで意味が無い。
「言っておくが撃てないなんて思うなよ。俺はこいつには山ほど恨みがあるんだからな。地球人に返すぐらいなら、この場でぶっ壊してやった方が宇宙のためになるってもんだ」
「……ハッタリだな。できるわけがない」
その通り、ハッタリだ。だが分かっていてもゲオルグは手を出せない。
こちらはスリサズを渡せば後は殺されるだけだ。これ以上、失うものはない。
このまま追い詰めたら自暴自棄になった異星人が何をしでかすか、奴にとっては気が気でないはずだ。
「お、落ち着けジョン。SSSを破壊してしまっては宇宙船を動かせないんだぞ!」
「そそそうだぞ! 我らは仲間ではないか!」
フィノとマルが口々に俺を説得にかかる。
……なんでこいつらの方が焦ってるんだ。
【早まってはいけません。私が今までSNSに書き込んだ947,500件の投稿の内、あなたを誹謗中傷する内容を含むものを削除することで手を打ちましょう――――おかしいですね。投稿の99.8%が消えてしまいました】
「引き金を引かないようにしてる理性が負けそうになるから黙ってろマジで」
銃の引き金に掛かっている指に、あとほんの少し力を入れるだけで、弾は発射される。
スリサズは機械の塊だが、コアがむき出しの今の状態ではそう頑丈ではない。ゴム弾でも容易に破壊できるだろう。
「これ以上は時間の無駄だな……いいだろう。君のハッタリに乗って、この場は見逃してやろう」
真面目にこのまま撃ってやろうかと考え始めていた矢先、ゲオルグが不意に口を開いた。
「ずいぶん物分かりがいいな」
「僕としてもこのままSSSを失うのは本意じゃないからね。なに、すぐ返してもらうことになるさ」
「フン、そうかよ」
脅されているのに強気な態度を崩さないゲオルグに、俺は短く答えるとスリサズから銃口を外す。
――瞬間、ゲオルグは片手を突き出し、手首に装着したマルチツールが光を発する。
「……“重――”!」
ドウッ――!
力が発動する直前、ゲオルグ目がけてライフルを発射する。
俺の撃ったゴム弾は、奴の手の平のやや上方、人差し指と中指の第二関節付近に当たり、その両方をへし折った。
「……! ぐおっ……!」
撃たれた衝撃と、指に感じた激痛により、ゲオルグはそのまま後ろに倒れ込む。
まったく、油断も隙もない奴だ。
ゴム弾なのが少々物足りないが、例の重力で痛めつけられた仕返しはできたというところか。
「お、おのれ……!」
「みんな宇宙船に乗り込め! さっさとずらかるぞ!」
周囲が混乱している隙を突いて、俺たちは宇宙船に乗り込み、入口のハッチを閉める。
「フィノメール! “マッカートン財団”から逃げられると思っているのか!!」
俺たちの背後でゲオルグが叫ぶ。
マッカートン――また知らない単語が出てきたが、今の俺たちにゆっくり聞き返している時間はなかった。
しかし、どこかで聞いたことがあるような……思い出せないが、少なくとも良い意味の言葉でないことだけはたしかだ。
俺は奇妙な既視感にとらわれながら、宇宙船のブリッジへと向かった。




