08 新たなる場所へ
「というわけで、ドラゴンには逃げられた。だがそこそこ痛めつけてやったからもう山には来ないはずだ」
俺はギルドの受付嬢に、リアリティが出るように戦闘の様子を詳細に伝えながら、精一杯でまかせを報告した。
「ふ~ん? じゃあ、はいこれ」
受付嬢はあまりいい顔をしなかったが、机の奥から金貨の入った袋を手渡してきた。
「え? いいのか?」
「決まりだからね。まさか嘘ついてるの?」
「い、いや……」
【予想より簡単に信用されましたね。『病床の母親の治療費のためにお金が必要だと涙ながらに語るシーン』の台本は廃棄しておきます】
そんな台本は知らないが、それにしてもあっさりしすぎている。
俺は半信半疑のまま袋を受けとった。
「……ずいぶん軽くないか?」
報酬は2000ゴールドのはずだが、袋の見た目も重量もとてもそんなに入っているとは思えなかった。
「あんた、依頼書ちゃんと見てないの?」
受付嬢が壁に貼られたドラゴンの討伐依頼ポスターを指さす。
「賞金の下になにか小さく書いてあるな……『討伐証明を持ち帰らなかった場合の報酬は1/10とする』? ってことはこれ200ゴールドか?」
「言っとくけど一週間以内にまた被害が出たら、あんた捕まるからね。実際に持ち逃げする詐欺師も多いから」
うーむ。
報酬ゼロも覚悟してきただけに、貰えただけでもありがたいと考えるべきなのか。
【没案にしていた『息子の手術費用のために大金が必要だと人質にナイフを突きつけながら訴えかけるシーン』を上演しましょうか】
「それじゃ強盗だろ」
胡散臭そうな視線を向け続ける受付嬢に礼を言い、俺はギルドを離れた。
外で待っていたマルが手を振ってくる。
「おお、どうだった?」
「お前のおかげで報酬は1/10だ。二度とあの山には入るなよ。少なくとも一週間は」
「? まあ戻る気はないが」
【裏を返せば一週間おきにあの山で騒ぎを起こして退治する自作自演を繰り返すことで無限ループが可能ということに】
「表だけ見てろ」
◆
ギルドからさほど離れていない、冒険者ご用達の宿屋。
当面の生活費を手にした俺たちは、その日の部屋を取り、一階の酒場で食事をしながら今後の方針を話し合っていた。
「で、これからどうするんだ?」
俺は安酒のジョッキを片手に二人――機械とドラゴンだが――に聞いてみる。
正直に言えばこの町でもう少しゆっくり仕事をしていたかったのだが、どうもそういうわけにはいかなそうだ。
「決まっておろう。我を南に連れて行き、ドラゴンの仲間と合流するのだ。……この黒焼きはなかなか美味であるな」
串に刺され真っ黒に焼かれたトカゲを骨ごとバリバリ齧りながらマルが言う。人間の姿になっても食事の仕方は人間らしくなるわけではないらしい。
【哺乳類が哺乳類を食べるのは珍しくありませんが、爬虫類が爬虫類を食べるのはなかなか見られるものではありません。SNSに動画を投稿しておきましょう】
「で、お前迷子なんだろ? 南に行ったところで、どこに帰ればいいか分かるのか?」
「ふん、近くに行けば分かるわ。……たぶん」
【それについてですが、こちらをご覧ください】
スリサズの目がテーブルに向かって光を放つ。
すると、平らなテーブルの上に地図が表れ、さらに山や海、町の建物一つ一つまでが立体的に映し出された。
「おお!?」
「な、なんだこれは? なにかの魔法か?」
世界をそのまま縮小したような詳細な地図の風景に、俺とマルは驚きを隠せなかった。
【排泄物……いえマルの電力を吸収した時に一時的に機能が回復したので、広域スキャンをかけてこの星全体の地理データを取得しました。これはその一部を投影したものです】
「次排泄物って言ったら踏み潰すぞクソ虫」
暴言を吐くマルを無視して、スリサズは続ける。
【大気の流れと気温の変化から推測すると、ここから南の方角にあって、ドラゴンのような大型爬虫類が生息できる場所は次の三ヶ所に限定されます。南東の砂漠、南の密林、そして南南西の平原です。心当たりはありますか?】
「おお! その中なら密林だな! もっと小さい頃に木が一杯ある所で暮らしてた記憶があるぞ!」
「密林か……ここから海を挟んで四日はかかるな。船に乗るにも今の金じゃ足りないぞ」
「な~に、また仕事をして稼げばよいではないか。お前が」
寄生する気満々か、こいつ。
「ところで、地図のここだけぽっかり空いておる場所はなんだ?」
マルが立体地図の一部分を指さす。
今いる町と、目的地である密林のちょうど中間あたり。その一部だけが、切り取られたようになにも存在していなかった。
【この部分だけは何度スキャンをかけてもデータが取得できなかった場所です。この星の技術ではあり得ないことですが、その地点の周囲には強力な侵入妨害装置が働いているようです】
「よく分からんが……そこにお前と同じような機械がいるってことか?」
【原因は不明ですが、地球と同等の技術を持ったなにかがあると思われます】
「あんた達、南に行こうとしてるのかい?」
突然、酒場のマスターが話しかけてきた。
「いやあ、すげえ地図だなあ。これどうやって映してるんだい?」
「ま、まあ色々あってな。それより南がどうかしたのか?」
「ああ、今は南の方は荒れてるらしいんだ。なんでも最近、モンスターが急に狂暴になったらしくてな。ほれ、ちょうどこの辺りのせいだよ」
マスターが地図の空洞になった地点を指さす。
「ここがなにか知っておるのか?」
「知ってるかって話なら、この世界の誰もが知ってると思うぜ? 魔王が住んでるって伝えられてる『魔大陸』だよ。ここからモンスターが溢れ出してるのさ」
「あ……そうか」
すっかり失念していた。この位置は確かに魔大陸だ。
俺のような冒険者たちの最終目標。魔王が住むという塔が中央にそびえる孤島。
俺もかつての仲間たちと共に、今もそこを目指しているはずだった。
クビにさえならなければ。