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16 逃亡劇

 俺たちはジェンセンの部屋を離れ、55階下の地上に向かって非常階段を逆戻りしていた。

 同じ階数を降りなければならないというのはさすがにうんざりするが、上りに比べればいくらかは楽だ。

 非常階段のフロアは吹き抜けになっているため、階下の様子がすぐに分かることもこちらに有利に働く。もし警備員がエレベーターではなく階段を使って上ってきたとしても、気づくのは俺たちが先だろう。

 ドアを隔てたすぐ隣には、逃げ込めるマンションフロアもある。鉢合わせしそうになったら通り過ぎるまで隠れていればいい。

 そう頭の中でシミュレーションしながら、10階分ほど降りた時のことだった。


 ――ガチャッ。

 次の踊り場に降りようと足を踏み出した瞬間、すぐ背後にあるドアが開いた。


「げっ……」


 出てきたのはパワードスーツを着た若い警備員の男。今の俺と同じ格好をしている。

 なんでこんな中途半端なフロアから出てくるんだ? 非常階段を見張るのは理解できるが、それなら一階から上って来い。

 と心の中で悪態をつくが、文句を言ったところでどうしようもない。


「……」


 警備員の男は、無表情のまま俺を見ている。

 それが不審者を見る目なのか、それとも単に見知らぬ同僚を見る目なのか、判断がつかない。

 しかし、俺の予想では前者の可能性がかなり高かった。

 いっそのこと有無を言わせず銃で撃つか? ゴム弾なら殺すことは無いだろう。


「驚きました。すでに一人捕まえていたんですね」


 肩に掛けた銃を取ろうと腕を動かした瞬間、男が口を開いた。


「捕まえた……?」


 一瞬、意味が分からなかったが、俺はジェンセンの部屋を出た時から、マルの首根っこを掴んで引っ張っていることに気づいた。


「グェー、いい加減放せぇー……」


 演技ではない、素の声でマルがうめく。

 警備員の男はこの様子を見て勝手に勘違いしてくれているらしい。


「ところで、もう一人の脱走犯は?」

「い、いや分からん。俺が見かけたのはこいつだけだった。まだジェンセンの部屋にでも隠れてるんじゃないか?」


 とっさに思いついたことを喋る。その場しのぎの嘘だが、俺にしては上出来だろう。


「そうですか……とりあえず、その状態ではまた逃げられます。念のため拘束しておきましょう」


 男は俺からマルを取り上げ、手足に手錠を掛ける。


(おいコラ貴様! 我を見捨てる気か!)


 マルがそんなことを言いたげな目で俺を睨む。


(落ち着け。隙を見て助けてやるから、今はおとなしくしてろ)


 俺も視線と軽い身振りで伝える。が、伝わっているかどうかは怪しい。

 マルが叫んだり暴れたりして他の警備員が集まってくるのだけはなんとしても避けたい。


「ところで、名前をお聞きしても? 新人なもので、まだ全員の顔と名前が一致しなくて」


 男は一旦、マルを床に転がし、俺に握手を求めてきた。


「俺か? あー……」


 なんと答えようか迷いながら、握手に応じる。

 と、次の瞬間には足元から重力が消えていた。


「な……!」


 景色が回転し、背中から地面に叩きつけられる。

 握手した手を引っ張られ、一瞬の内に前方に投げ飛ばされたのだ。


「ぐあ……!」

「普通は作戦中に握手なんか求めませんよ。異星のジョン・ドウ」


 この野郎、最初からバレてたのか。

 男は投げ飛ばすと同時に俺の肩にかかっていた銃を奪い取り、素早い動作で銃口を俺に向ける。


「ゴム弾につき、躊躇なく撃たせてもらいます」


 ドォン――ッ!!

 宣言通り男は俺の顔面に向け、ためらいなく引き金を引いた。


 ……しかし、ゴムの銃弾は目標に命中することはなく、俺の目の前で()()()()()()()踊り場の壁に当たった。


「え……!?」


 男の淡々とした表情に、初めて狼狽の色が浮かぶ。


「悪いな。俺の方も借りさせてもらったぜ」


 俺の左手には、大型のアーミーナイフが握られていた。

 男の腰に差してあった物を、投げ飛ばされた時に抜き取っておいたのだ。


「馬鹿な……ゴム弾とはいえ、至近距離の弾丸を真っ二つにするなんて……」

「こっちの星じゃできるんだよ。地球人!」


 うろたえながらも次弾を撃とうとする男に、奪ったナイフを投げつける。

 男はかろうじて銃の柄で弾いたが、俺はその隙をついて飛びかかり、鳩尾(みぞおち)を目がけて膝を打ち込んだ。


「がはっ……」


 瞬間的に呼吸を止められた男は、腹を抑えながらうつぶせに倒れ込み、そのまま起き上がることはなかった。


「ふう」


 なんとかこの場を切り抜けられたことを確認し、一息つく。

 それにしても、下っ端の警備員にしてはなかなか骨のある奴だった。


「休んでおらんで早くこの手錠をなんとかせんか!」


 戦闘の間、地べたに転がされたままだったマルが俺に向かってがなり立てる。


「分かった分かった。騒ぐな」


 俺は気絶している男の身体を探り、手錠の鍵を探す。


「ん? こいつは……」


 男の内ポケットには、手錠の鍵の他に、携帯用の通信機が入っていた。


 ザ……ザザザ……。

 手に取った瞬間、通信機からノイズが走る。

 どこかと通信しようとしているようだ。仲間の警備員だろうか?


『ザザ……あーもしもし、ロジャースくん?』

「こ、この声は……」


 真面目なのかふざけているのか分からない、あまりにも聞き覚えのある女の声がノイズに混じって聞こえてきた。


『仕事中すまないが、帰りに何か甘い物でも買ってきてくれるかな。できればこの前のドーナツとコーヒー、あれはなかなか気に入ったよ』

「おい、フィノ……」

『…………あ、ヤバい』


 ブツッ。

 と一際大きな雑音を立てて通信が切れた。


「おい! 逃げるな!」





 私はマーガレット・フィノメール。宇宙管理局の超絶優秀なエージェントだ。

 と自画自賛してみるぐらいには今、私は上機嫌である。

 というのも、長官から預かっていた『もう一つの任務』を果たすことができたからだ。

 長官から私だけに与えられた極秘任務……それはこの都市艦の内情と、エージェント・ゲオルグの身辺を探ることだった。


 私はもう一度、腕に装着したマルチツールで盗聴した内容を再生する。

 調査の結果、ゲオルグは決まった時間に我々の知らない周波数に対して何度か通信を行っていることが分かった。

 そして、これがその通信の内容というわけだ。


『――はい、SSSは無事に回収しました。近い内に地球に持って帰ります。――例の異星人ですか? フフッ、まさか。律儀に帰してやる必要などないでしょう。頃合いを見て宇宙に放り出しておきますよ。――もう片方のダーク・ゾーンの魔物はどうしますか? ――はい、ではこちらの実験台にでも……』


 よしよし、いい感じに悪者っぽい雰囲気だね。

 エージェント・ゲオルグ。君はいつも周りに愛想を振りまいて、私よりもどんどん先に出世していったが、今初めて君の本性を見れている気がするよ。

 通信相手がはっきりしないが、やっぱり例のスポンサーかな?


『――はい、もう一つの要素(ファクター)もすぐに回収します。――A.E.計画(プロジェクト)は万事順調です』


 このA.E.計画というのは何のことだろう? 宇宙管理局でも聞いたことがない略語だ。

 “アメリカ(American)英語(English)”……

 “アルベルト(Albert)アインシュタイン(Einstein)”……

 あるいは、数学用語で“ほとんど(Almost)いたるところで(Everywhere)”っていうのもある。

 だが、どれもしっくりこない。長官ならば何か知っているのだろうか。


 とにかく後はこの録音をゲオルグに気づかれないように長官に届けるだけだ。

 一仕事終えたせいか、なんだかどっと疲れた。脳が休息を要求しているようだ。

 どれ、ロジャースに甘い物でも買ってくるようパシらせ……もとい任務を与えるとしよう。

 そう考え、私は部屋に備え付けられた通信機を使い、彼との通話回線を開く。


「あーもしもし、ロジャースくん? 仕事中すまないが、帰りに何か甘い物でも買ってきてくれるかな。できればこの前のドーナツとコーヒー、あれはなかなか気に入ったよ」

『おい、フィノ……』


 明らかにロジャースのものではない、ドスの効いた聞き覚えのある声が返ってきた。


「…………あ、ヤバい」


 大急ぎで回線を切る。

 この部屋からでは向こうの状況は分からないが、通信機を奪われていることから、ロジャースはもうジョンに倒されてしまったのだろう。

 しかも今の通信で、ここの位置情報がバレてしまったかもしれない。

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