15 宇宙管理局の陰謀
ニューラから住所を教わり、俺たちはジェンセンの住むマンションの正面入口まで来ていた。
「……ほへー」
天高くそびえる超高層マンションを見上げ、マルが間抜けな声をあげる。
俺も声にこそ出さなかったが、おそらく同じ気持ちだっただろう。
宇宙船内に街があるだけでも驚きだが、こんな物まで建てる必要があるのだろうか。
ゲオルグあたりの趣味か?
「ジェンセンの部屋は55階だって言ってたな……」
外からエントランスを眺めると、手前に受付と、奥の方には上階へ続くエレベーターが見える。
まずは受付でジェンセンを呼び出さないと上には昇れないようだ。
幸い、今の俺は警備員の機動服を着ている。上手くやれば入り込めるかもしれない。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
「あー、ジェンセン博士を呼び出してもらいたいんだが」
「申し訳ありません。お呼び出しには部屋番号で指定していただかないと……」
「そうか、たしかニューラの書いたメモに……5507号室だ」
「少々お待ちください」
受付は受話器を取り、ジェンセンに内線をかける。
「……はい、警備服を着た方が……はい……どうぞ、ジェンセン氏です」
二、三言交わした後、俺に受話器が手渡された。
『ジェンセンだが、どちら様かな?』
「俺だ、ジョンだ」
『おお、お前さんか。いいところに来たな』
「なに?」
『詳しいことは部屋で話そう。念のためエレベーターではなく非常階段で上がってきなさい』
「非常階段?」
「マンションの裏にある。鍵は開けておいたから入れるはずじゃ」
ジェンセンはそれだけ言うと通話を切った。
俺は一度建物を出て、マルと共に建物の裏に回ると、ゴミ置き場の隣にポツンと付いたドアを見つけた。ドアを開け、中に入る。
「……55階……だったよな……?」
「こ、これを登るのか……?」
空の彼方まで続くかのような非常階段を見上げながら、俺たちは呆然と立ち尽くした。
◆
「お疲れさん。結構時間がかかったのう」
55階分の階段を駆け上がってきた俺たちに対し、出迎えたジェンセンはしれっとそう言った。
玄関を開いた途端、俺とマルはフラフラになりながら部屋の中に倒れ込む。
「ゼェッ……ゼェッ……あ、当たり前だろ……」
「み、水……」
中に案内された俺たちはリビングのソファーで身体を休め、出されたペットボトルの水を一気に飲み干した。
「プハァ~生き返る~。こんなに水が美味いと思ったのは兄弟に袋に詰め込まれて何もない砂漠に置き去りにされた時以来だぞ」
「久しぶりに聞いたな。お前のいじめエピソード」
「すまんな。お前さんたちの事情を考えると、念を入れておきたかったのでな」
「さっきも言っていたがどういうことだ? 俺たちが追われているのを知ってたのか?」
「ワシも知ったのはついさっきのことじゃ。脱走した異星人が街中に潜伏しておるから、見つけ次第通報しろと連絡があってな」
この都市艦の中で俺と面識があるのは、ジェンセンとニューラぐらいだ。
隠れ場所としてジェンセンを頼ると踏んだのかもしれない。
「お前さんには恩がある。助けてやりたいのはやまやまなんじゃが、あやつらに世話になっておる身としては表立って協力するわけにもいかん」
「分かってる。俺も長居するつもりはない。ただスリサズを探すために何でもいいから情報が欲しい」
「SSSか……レジスタンスは人類の手に負えんと判断して追放する道を選んだが、あれを政治的、軍事的に利用しようと考えている組織はいくらでもおるじゃろうて。何せ、あれ一つで地球全体を支配していたのだからな」
「あんたはここの研究に協力していると聞いた。何か知らないか?」
「……ワシが協力しておるのは、ダーク・ゾーンに関する研究じゃ」
ダーク・ゾーン。
モンスターが無限に沸いて出てくる穴、のようなものだったはずだ。
それがスリサズと何か関係があるとは思えないが……。
「連中は『ダーク・ゾーンはどういう条件で発生するのか』、『そこからどんな強力な魔物が出てくるのか』をしきりに知りたがっておった。それ自体は特におかしいことではないのだが、あやつらがSSSを回収したと聞いて、嫌な想像がワシの中に生まれた」
そう言ってジェンセンは、一枚の写真を俺たちに見せる。
写っていたのは、複雑な回路や配管が組み合わさった大型の機械。見ただけでは何をする機械なのか想像もつかないが、俺はそれに見覚えがあった。
「……亜空間転送装置に似てるな」
俺を地球へと転送した亜空間転送装置。写真に写った機械は、それをちょうど小型にしたように見える。
「これはダーク・ゾーンを疑似的に発生させる実験装置じゃ。まだ一度も成功しておらんがな」
「ダーク・ゾーンを発生させる?」
それが何を意味するのかは分からなかったが、いざという時の対抗策を考えるためだけにしては危険すぎる実験だ。そこまでする必要があるのだろうか。
「この装置を見た瞬間、ワシは思った。連中はそれがどうして発生するのか、ではなく、どうやったら発生させられるのかを研究しているのではないか、とな」
「つまり……宇宙管理局はダーク・ゾーンを自分の手で開こうとしてるってことか?」
「時間と場所を問わず、自由にダーク・ゾーンを発生させることができるならば、そこから出現する魔物を兵士として、いや兵器として利用できる。そんなところじゃろう」
「馬鹿な。モンスターは無差別に人を襲うんだぞ? 呼び寄せたところで自分たちも危険に晒されるだけだ――いや」
そういえばいたな……モンスターを完璧に統率し、軍隊を編成して暴れまわってた地球人が。
だがあれは魔王の肉を食ったという、かなり特殊なケースだ。再現しようとしてもできるとは思えない。
「ワシの勘違いならそれに越したことはないが、嫌な予感がする。ダーク・ゾーンを発生させる実験が失敗しておるのは、装置の持つ演算能力の不足が原因じゃ。SSSを使ってそれを補完しようと考えておるのなら説明もつく」
「我にはさっきから何を言っておるのかさっぱり分からんのだが、結局スリサズの奴はどこにおるのだ?」
途中から話についてこれず、ソファーの上をごろごろしていたマルが水を差す。
そもそも最初から聞いてなかったのかもしれない。
「お前、話の腰を折るなよ」
「いや、たしかに長話しすぎたかもしれん。正確な場所は分からんが、この都市艦の機密情報は地下に保存されているようじゃ。……これを持っていくといい」
ジェンセンが薄い板状の機械――タブレットを俺たちに見せる。
タブレットには、どこかの地図が描かれている。
「これが都市艦内の地下部じゃ。このタブレットが認証キーにもなる。ワシが入ることを許可されている一部の場所だけだが、役に立つじゃろう」
「助かるが、そこまでしてくれていいのか? 俺たちはこの船の中じゃ犯罪者だぞ」
「まあ疑われたら無理やり奪われたことにでもするかの」
「フッ、じゃあありがたくもらっておく」
プルルルルル――――
俺がタブレットを受け取るとほぼ同時に、部屋の壁に立て掛けられた受話器が鳴り出した。
「そろそろおいでなすったかな……」
言いながらジェンセンが受話器を取る。
『こちらは警備部の者です。脱走中の異星人についてお話しを伺いたいのですが』
「ああ、今ちょっと立て込んでおるのでな。10分ほど待っていてくれるかね」
ジェンセンが受話器を持ったまま、空いた手で玄関の方を指さす。
今の内に早く出ていけということだろう。
「よし、行くぞマル」
「え? またあの階段を下りるのか? 我はまだ足が痺れて……」
ブツクサ文句を言うマルの首根っこを掴んで俺は足早にジェンセンの部屋を後にした。




