13 潜伏~ひと時の休息~
部屋から逃げ出した後、しばらく長く暗い廊下を走ると、上に続く長いハシゴと閉じられたマンホールの蓋が見えた。そこで俺たちは初めて、自分が地下にいることに気づいた。
「ここは……」
マンホールを開けて地上へ出ると、外は生垣に囲まれた小さな公園になっていた。
「まだ脱走には気づかれてないようだな」
周囲に誰もいないことを確認してから、俺は近くのベンチに腰かけた。
「しかしここは本当に船の中なのか?」
隣に座ったマルが、空を見上げながら呆けたように言う。
たしかに宇宙船の天井があるはずの上方には、抜けるような青空が広がっていた。流れる雲や鳥の影まで見える。
なにかスクリーンのようなもので投影されているのだろうか。
「あんたたち妙な所から出てきたねえ」
「……!?」
不意に後ろから声が掛かり、反射的に警備兵から奪った銃を向ける。
「おいおいおい、待ってくれよ兵隊さん。違法な商売はしてないよ」
「商売?」
振り向いた先にいたのは、トラックのような大型の車の中で両手を上げているエプロン姿の男だった。
車には厨房が付いており、男はそこで何か焼いていたのか、白煙と共に食欲をそそる香りが辺りに広がっている。
これも地球で見たことがある。たしかキッチンカーとかフードトラックとか呼ばれているものだ。
目の前の男は、どうやら何かの屋台を引いているところだったようだ。
俺のことは警備員だと思っているらしい。奴らのパワードスーツを着ているのだから当然か。
「ああ、すまん」
一言謝罪をして、銃を下げる。
「あんた昼休み? それともサボり? ハハハ、サボりがバレたと思ったから銃向けたとか?」
「あ~……まあそんなとこだ」
おしゃべりな店主だな、と思いながらも適当に話を合わせる。
ふと視線を変えると、看板にでかでかと描かれた料理の絵が目に入った。
「……ほう、ハンバーガーの屋台か」
「なんじゃそれは?」
横で俺に問いかけるマル。
地球の文化が出てくるたびに質問されるのは面倒だが、俺も同じ立場ならそうなっていただろうし仕方がない。
「地球の食い物だ。たぶん宇宙一うまいぞ」
「やけに大げさな物言いよのう」
言い過ぎだとは俺自身も思ったが、地球にいた頃はそれぐらいうまく感じたものだ。
地球から転送装置で追放されてまだそんなに経っていないが、あの暴力的なまでの塩味が懐かしい。
「あんた、サボりは黙っててやるからさ。なんか買っていってくれよ。サボるにしても何もないんじゃ口寂しいだろ?」
「そういうことか。だがあいにく手持ちが……いや、ちょっと待て」
逃げている間、変装しているパワードスーツのポケットに何か違和感があったのを思い出した。
ポケットの中を探ると、何枚かの硬貨と、クシャクシャに丸められた紙幣が一枚出てきた。おそらくパワードスーツの持ち主の物だろう。
「これで二人分、足りるか?」
「はいよ毎度あり。ドリンクはサービスしとくよ」
ここの通貨が分からないのでとりあえず紙幣を一枚差し出すと、紙箱に入ったハンバーガーとドリンクのセットが手渡される。
逃亡中だからあまりのんびりとはしていられないが、俺もマルもここに来るまで何も食っていない。
これからスリサズを探すことも考えると、腹ごしらえはしておいた方がいい。
「ほれ、食ってみろ」
「ふ~ん、どれどれ」
はむっ。もぐもぐもぐもぐ……
マルが豪快にかぶりつき、無言のまま咀嚼する。
「どうだ、うまいだろう」
「なんでお前が自慢げなのかは知らんが、そうだな……うまいことはうまいのだが手がベタベタして食いづらいしバランスよく齧らんとすぐバラバラになってしまうし肝心の中身も素材の味がせんというか塩とソースで誤魔化しているだけというかお前こんなものばかり食っておったら早死にすもがっ――」
「やっぱり黙って食え」
たらたら不満を述べるマルの頭を押さえ、強制的に口を閉じさせる。
爬虫類のくせに注文の多い奴だ。
◆
「あの、お言葉ですがエージェント・フィノメール。こんな方法で本当にSSSを無力化できるのですか?」
「なんだ。文句でもあるのかね。ロジャースくん」
ゲオルグからSSS監視の任務を預かった私は、彼に二つの条件を出した。
一つ目は監視場所や方法は私に一任すること。
ゆえに私は今ここ、倉庫の一画を借り、完璧なSSS監視システムを構築したのである。
「はあ、いえ……しかし……リンゴ、ですよね? これ」
二つ目は警備員兼助手としてスタッフを一名置くこと。
そのスタッフが今、煮え切らない態度で私の監視システムを見ている彼、ロジャースだ。
「SSSにはテクノロジーによる防御は通用しない。逆に乗っ取られてしまうからね。これなら果物の微弱な電力でSSSのほとんどの機能を発揮できないようにしておき、なおかつ貴重な内部データは破損しない、いわゆる生かさず殺さずの状態にしておけるのだよ」
「う~ん……しかしこんな透明なカバーだけで大丈夫なのですか? なにかこう、物理的にもっと厳重に閉じ込めておいた方がいいのでは?」
ロジャースはなおも納得いかないといった顔で、レストランで出てくる料理のように皿の上に乗せられ、半球状のカバーを被せられたリンゴと、そこに張り付いたSSSを見ている。
「大丈夫。周囲から絶縁されている限りSSSはリンゴから離れられない」
「う~ん」
なかなかしつこいなこの助手。
私が惑星N1180EVに侵入している間に発見した画期的な方法だというのに。
「いいから君は見回りにでも行ってきたまえ。捕らえた異星人もそうだが、SSSを悪用しようとする輩はいくらでもいるわけだからね」
「はっ! 失礼します!」
敬礼し、倉庫から出ていくロジャース。
「あ、ついでに何か間食できる物を買ってきてくれるかな。ドーナツとコーヒーがいいんだけど」
返事はない。
念のため倉庫から出て左右の廊下を見回すと、ロジャースの姿は影も形も無くなっていた。
優柔不断のようだが行動は早い男だ。
「……よし」
追加で声をかけたのは、いなくなったことを確認するためだ。
これでもう一つの任務に集中できる。
「ゲオルグのオフィスは……と。たしかこっちだったかな」
私は倉庫の壁に手をつき、手首のマルチツールを起動させる。
「探知機能・ 音声のみ 」
この倉庫とゲオルグのいるオフィスの間に、他の部屋や倉庫がないことは確認済みだ。
よってマルチツールによる盗聴を阻害する物はない。
「さあ、エージェント・ゲオルグ。何を隠しているかキリキリ喋ってもらおうか」
「失礼します!!」
さっき出て行ったばかりのはずだったロジャースが戻ってきた。
私はとっさに壁から手を離し、マルチツールの光を隠す。
「な、なんだ! 助手とはいえ入室の許可を取ってから入れ!」
「いえ、ドーナツとコーヒーを買ってきたので……」
「ああそう……聞こえてたのか」
優秀なのか無能なのか分からない奴だ。助手を取ったのは失敗だったかもしれない。




