12 脱走
「なーんでお前と一緒だといつもこうなるのだ?」
部屋の中心に置かれた、背もたれのない円形のソファに寝転びながら、マルがボヤいた。
「違う。地球で暮らしていた時はこんなことはなかった。どっちかというとお前が原因だ」
「我のせいにするな。お前の悪人面が原因であろう」
「爬虫類に人の顔をどうこう言われたくはない」
不毛な言い争いの声が、他に誰もいない室内に虚しく響く。
俺とマルは拘束された後、このバカでかい宇宙船の、どこかの一室に監禁されていた。
身体の自由こそ奪われてはいないものの、高周波ブレードや宇宙船にあった物資はすべて没収されしまった。
「まあ、なにか知らんが、ここはずいぶんと快適な牢屋だからあまりうるさくは言わんが」
マルはぐでーっと脱力しながらソファの上を転がりまわる。
実際、ここは犯罪者を閉じ込めておくにしてはあまりにも場違いな部屋だった。
上等なカーペットの敷かれた部屋の中央には広い円形のソファ、壁には絵画やポスターが掛かっており、部屋の隅には観葉植物まで置かれている。
おそらく、職員の休憩室にでも使われていた所に押し込まれたのだろう。
独房に空きがないのか、それともこっちの方が監視しやすいのか、理由は分からないが俺たちにとっては不幸中の幸いだった。
もちろん、だからといっておとなしく閉じ込められているつもりはないが。
「ぐっ……」
起き上がろうとして身体に力を入れた瞬間、脇腹の辺りに鈍い痛みが走った。
重力に押し潰されていたせいで、肋骨にヒビでも入ったのかもしれない。
ちくしょう、あの地球人め。覚えてろ。
「まあ痛めつけられたのはかわいそうだが、あの男の言い分も一理あるのではないか? このままおとなしくしておれば我らも故郷に帰れてハッピー。誰も不幸にはならん。スリサズの奴が向こうで何をしようが遥か彼方の出来事なのであろう。もはや我らには関係あるまい」
「フン、冷血動物め」
吐き捨てるように言い返したものの、地球に行ったことのないマルにしてみれば、そう思うのも無理はないのかもしれない。
しかし俺の方はというと、良くも悪くも地球に深く関わりすぎていた。
あの星には世話になった仲間もいるし、スリサズの暴走によってその仲間たちが苦しむ様子もこの目で見てきた。
他人事で済ませられる時期はとうに過ぎてしまっている。
それに、あのゲオルグという男。
重力に潰されそうになった時、あの男からは殺意を感じた。
フィノが止めなければ、あのまま圧死するまで続けていただろう。
そんな人間が、おとなしくしていれば何事もなく帰してくれるとも思えない。
「俺はここから脱出する。お前はいたけりゃ勝手にしろ」
「懲りん奴よのー」
相変わらずゴロゴロしているマルを放っておいて、俺は部屋の中を調べにかかった。
まず入口の扉の前に立つ。スライド式の自動ドアで取っ手すらついていない。扉のすぐ横にカードを差し込むスリットがあり、おそらくこれが鍵穴なのだろうということは推測できるが、もちろんカードキーなんて持っているはずもない。
「チッ」
イラ立ちまぎれに扉を蹴飛ばすと、思ったより大きな金属音がした。
「おい! 静かにしろ!」
不意に扉の向こうから男の声が聞こえた。
なるほど、見張りぐらいは立たせているらしい。
「う~む……何も出てこないな」
一通り部屋内を調べて回った後、早くも手詰まりになってしまった。
こんなハイテクの塊みたいな宇宙船の中で、素人が簡単に抜け出せるような穴が見つかるはずもない。
「おい、こっちに変な機械があるぞ」
気づけば、ソファで転がっていたマルが起き上がり、俺と同じように部屋を探索していた。
もっとも、脱出に協力しようなんて気はさらさらなく、ゴロゴロしているのに飽きただけのようだが。
「変な機械?」
「ほれ、見るからに怪しかろう」
マルのすぐ側にあったのは、背の高い、縦長の四角い物体。
上半分はガラス張りになっており、向こう側にはジュースやコーヒー、その他色とりどりの飲み物の缶が並んでいる。
「って、なんだ。自動販売機か……」
「じど……? なんだそれは?」
不思議そうに聞き返すマル。
まあ、俺は地球で暮らしていたことがあるから知っているが、初めて見た時は同じような反応だったのかもしれない。
「ここにコインを入れるところがあるだろ。金を入れてボタンを押すと飲み物が出てくるんだよ」
「ほぉ、面白そうだな」
「ま、金なんて持ってないからやって見せることはできんが」
「え~」
期待の眼差しから一転して、がっかりした表情をするマル。
そもそも、ここの通貨がどんなものかも知らないのだから買いようがないだろう。
「むむむ、飲めないと分かると急に喉が渇いてきたぞ」
「……いや、待てよ?」
たしか地球にいた頃、知り合いが金を払わずに中身を取り出しているのを見たことがある。
「マル。ここに電気を流してみろ」
俺はそう言ってコインの投入口を指す。
聞いた話では、ここに静電気を流すと内部の機械が誤作動を起こし、中身が出てくるらしい。
要は窃盗だが、どうせ捕まっている身だ。多少罪を重ねたところで今さらどうってことはないだろう。
「ここか? よーし……うおりゃあぁぁぁ!!」
バチバチバチ――!!
「おい! 少しは加減しろ!」
自動販売機は稲妻を走らせながら振動し、やがて煙を吹いて動かなくなった。
「出てこんではないか」
「やりすぎだ馬鹿…………ん?」
…………ガラガラガラガラ!
完全に故障したと思われた自動販売機から、大量の缶を吐き出された。
一応作戦は成功したようだ。二度と動くことはなさそうだが。
「貴様ら! 何をやっている!」
入口の扉が開き、パワードスーツに身を包んだ男が怒鳴りながら入ってくる。
声の感じから、おそらく見張りをしていた男だろう。手には銃身の長いライフルのような武器を構えている。
そりゃあこれだけ騒げば様子を見にも来るか。
「おい、これはどういうことだ!」
大量の飲料の缶が散乱した室内を見て、男が銃口を向けてがなり立てる。
俺とマルは互いに顔を見合わせ、一拍置いてからマルが口を開いた。
「なにもしてないのにこわれた」
「な」
「嘘つけえ! 壊した奴はみんなそう言うんだ!」
棒読みするような言い訳がさらにカンに障ったらしく、見張りの男はますます憤慨する。
「貴様らの処分は上に確認するとして、まずは缶を回収する。勝手に飲まれちゃかなわんからな」
言いながら男は銃を置き、両手で部屋に散らばった缶をかき集め始めた。
……ふと入口の方を見れば、扉は開けっ放し。
見張りの男は銃を置き、両手は缶で塞がっている。
「拾うの手伝おうか?」
「ん? じゃあそっちに転がったのを……ぐほっ!」
置かれていた銃を拾い上げ、男の無防備な後頭部に銃床を思いきり叩きつけた。
「ずいぶん不用心なことだな」
こんなことで脱走できてしまっていいのだろうか。
と申し訳ない気持ちになりながらも、奪った銃を手に開けっ放しの入口に向かう。
しかし、
「き、貴様ら! そこを動くな!」
同じようにパワードスーツを着込んだ男がもう一人、入口の前で銃を構えていた。
しまった。見張りは二人いたのか。
「くらえ!」
ドゥッ――!
脱走の現場を目の当たりにしたもう一人の見張りは、躊躇なく銃の引き金を引く。
「んぎゃッ!」
マルが叫びながら後方に吹っ飛ぶ。
当たってしまったようだが、俺の方も状況を確認している余裕はない。
「くっ!」
その場から飛びすさりながら、奪った銃を相手に向けて撃つ。
「うがッ……」
男は悶絶しながら、うずくまるように前のめりに倒れる。
照準は定まっていなかったが、腹に命中したようだ。
「マル! 大丈夫か!?」
見張りが動かなくなったのを確認し、俺はマルに駆け寄る。
「う~ん……我が死んだら骨は海にまいてくれぇ~……」
マルは腹を押さえながら、かすれた声でそんなことを言っている。
傷口を確認しようと押さえていた手をどけると、腹にめり込んでいる弾丸が見えた。
しかし、めり込んではいるものの皮膚は貫いておらず、出血もしていない。
ドラゴンといえども、銃の直撃を食らえばこの程度では済まないはずだ。
「なんだ、この弾丸は?」
腹から弾丸を抜き出し、まじまじと観察してみると、奇妙な点に気づいた。
形状こそライフルの弾丸のようだが、表面が柔らかく、強く握ると押し返すような弾力がある。
どうやら、ゴムで出来ているようだ。
ということは、さっき俺が撃ったのも……?
「……うげぇぇ」
うつぶせに倒れた見張りの男を見ると、同じく腹にゴムの弾丸をめり込ませ、胃液を吐きながら気絶していた。
なるほど、殺さずに敵を制圧するための武器といったところだろうか。
下手に殺さなくて済むなら、逃げるためにせいぜい活用させてもらおう。
「銃を持っていると目立つな……よし」
俺は倒れている見張りの片割れからパワードスーツを脱がせ、着替えた。
サイズが微妙に合っていないが、この程度なら怪しまれないだろう。
ヘルメットで顔の判別はできなくなっているおかげで、銃を背負えば完全に警備員にカムフラージュできる。
他の警備員が服を奪われたことに気づけば調べられるだろうが、スリサズを探す時間を稼ぐには十分だ。
「こら! 我を置いていくな!」
準備を整え部屋を後にしようとした矢先、いつの間にか起き上がっていたマルに呼び止められた。
ゴム製の弾丸とはいえ相当な威力があったはずなのだが、回復の早い奴だ。
「なんだ、結局ついてくるのか?」
「バカ者。こんな惨状の中におれるか。我がやったと思われるだろうが」




